李衛公問対 / 卷中
此言凡將,先有愛結於士,然後可以嚴刑也。若愛未加,而獨用峻法,鮮克濟焉。」太宗曰:「《尚書》云:『威克厥愛,允濟;愛克厥威,允罔功。』,何謂也?」靖曰:
新字:此言凡将,先有愛結於士,然後可以厳刑也。若愛未加,而独用峻法,鮮克済焉。」太宗曰:「《尚書》云:『威克厥愛,允済;愛克厥威,允罔功。』,何謂也?」靖曰:
書き下し
此れ凡そ将は、先づ愛の士に結ぶ有りて、然る後に以て刑を厳にすべきを言ふなり。若し愛未だ加はらずして、独り峻法を用ふれば、克(よ)く済(な)すこと鮮し。」太宗曰く、「『尚書』に云ふ、『威其の愛に克てば、允(まこと)に済る。愛其の威に克てば、允に功罔(な)し』と。何の謂ぞや。」靖曰く、
現代語訳
(李靖が続けた。)これは、およそ将たる者は、まず兵士との間に愛情による結びつきを作り、そのうえで刑罰を厳しくすべきだということを言っているのである。もし愛情がまだ及んでいないのに、峻烈な法だけを用いれば、うまく成し遂げることはまずない。」太宗は言った。「『尚書』(書経)に『威厳が愛情に勝てば、まことに事は成る。愛情が威厳に勝てば、まことに功はない』とある。これはどういう意味か。」李靖は言った。
解説
李靖は『孫子』行軍篇の、兵がまだ親しみ従っていないうちに罰すれば服さないという趣旨の条を引き、まず愛で結び、そのうえで刑を厳しくするという順序を説く。これに対し太宗は、『尚書』胤征篇の、威が愛に勝てば事は成り、愛が威に勝てば功はないという句を持ち出して、一見逆のことを言う古典との関係を問う。愛と威の順序をどう考えるかは、兵法に限らず人を率いる者の古くからの難問である。今日の職場でも、信頼関係ができる前に厳しい評価や叱責を加えれば、部下は萎縮するか反発する。厳しさが効くのは、先に積み上げた関係があるからだという指摘である。
関連する章句
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李衛公問対・卷中愛は先に設け、威は後に設くべし、是に反すべからざるなり。若し威を前に加え、愛を後に救わば、事に益無し。
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李衛公問対・卷中『尚書』は其の終はりを慎戒する所以にして、謀を始めに作(な)す所以に非ざるなり。故に『孫子』の法は、万代刊(けづ)らず。」太宗曰く、「卿蕭銑を平らぐるに、諸将皆偽臣の家を籍(ぼつ)して、以て士卒を賞せんと欲す。独り卿従はず、以為(おもへ)らく蒯通は漢に戮せられずと。既にして江漢帰順す。朕是に由りて古人の言有るを思ふ、曰く、
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李衛公問対・卷中卒未だ親附せざるに之を罰すれば、則ち服せず。已に親附するも罰行われざれば、則ち用うべからず。
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尚書・胤征威、厥(そ)の愛に克(か)てば、允(まこと)に済(な)る。愛、厥の威に克てば、允に功罔(な)し。
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尉繚子・攻權善き將は、愛と威とのみ。
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李衛公問対・卷中之を存すれば、則ち余の詭復た増さず。之を廃すれば、則ち貪を使ひ愚を使ふの術、何に従りてか施さんや。」太宗良(やや)久しくして曰く、「卿宜しく之を秘し、外に泄らす無かるべし。」太宗曰く、「厳刑峻法、人をして我を畏れて敵を畏れざらしむ、朕甚だ之に惑ふ。昔光武孤軍を以て王莽の百万の衆に当たる、刑法の之に臨む有るに非ず。此れ何に由るや。」靖曰く、「兵家の勝敗は、情状万殊にして、一事を以て推すべからざるなり。陳勝・呉広の秦師を敗るが如き、豈に勝・広の刑法能く秦に加はらんや。光武の起こるや、蓋し人心の莽を怨むに順ふなり。況んや又王尋・王邑は兵法を暁らず、徒らに兵衆を誇る、自ら敗るる所以なり。臣『孫子』を案ずるに曰く、
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