李衛公問対 / 卷中
《尚書》所以慎戒其終,非所以作謀於始也。故《孫子》之法,萬代不刊。」太宗曰:「卿平蕭銑,諸將皆欲籍偽臣家,以賞士卒,獨卿不從,以謂蒯通不戮於漢,既而江漢歸順。朕由是思古人有言曰:
新字:《尚書》所以慎戒其終,非所以作謀於始也。故《孫子》之法,万代不刊。」太宗曰:「卿平蕭銑,諸将皆欲籍偽臣家,以賞士卒,独卿不従,以謂蒯通不戮於漢,既而江漢帰順。朕由是思古人有言曰:
書き下し
『尚書』は其の終はりを慎戒する所以にして、謀を始めに作(な)す所以に非ざるなり。故に『孫子』の法は、万代刊(けづ)らず。」太宗曰く、「卿蕭銑を平らぐるに、諸将皆偽臣の家を籍(ぼつ)して、以て士卒を賞せんと欲す。独り卿従はず、以為(おもへ)らく蒯通は漢に戮せられずと。既にして江漢帰順す。朕是に由りて古人の言有るを思ふ、曰く、
現代語訳
(李靖が言った。)『尚書』は、事の終わりを慎み戒めるためのものであって、始めに謀を立てるためのものではない。だから『孫子』の法は、万代にわたって削ることができないのである。」太宗は言った。「卿が蕭銑(隋末に江陵で帝を称した群雄)を平定したとき、諸将は皆、偽朝の臣下の家財を没収して士卒に賞として与えようとした。ただ卿だけが従わず、蒯通(韓信に謀反を勧めた弁士)でさえ漢に殺されなかったと考えた。やがて長江・漢水の一帯は帰順した。朕はこれによって、古人のこういう言葉を思い出す。
解説
李靖は、『尚書』の威が愛に勝つべしという句は事の終わりを慎む戒めであり、最初の設計ではないと整理する。はじめは愛で結び、最後は威で締める。二つの古典は矛盾せず、適用する段階が違うというのである。続いて太宗は、李靖が蕭銑を平定した際、降った臣下の財を没収して兵に配ることを拒んだ故事を挙げる。蒯通を許した漢の度量にならったその判断によって、江漢の地が帰順したという。敵方にいた人々を罰して取り分とするか、許して味方にするか。統合や買収の後で、相手側の人材をどう遇するかという今日の問題にもそのまま重なる判断である。
関連する章句
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李衛公問対・卷中此れ凡そ将は、先づ愛の士に結ぶ有りて、然る後に以て刑を厳にすべきを言ふなり。若し愛未だ加はらずして、独り峻法を用ふれば、克(よ)く済(な)すこと鮮し。」太宗曰く、「『尚書』に云ふ、『威其の愛に克てば、允(まこと)に済る。愛其の威に克てば、允に功罔(な)し』と。何の謂ぞや。」靖曰く、
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李衛公問対・卷中之を存すれば、則ち余の詭復た増さず。之を廃すれば、則ち貪を使ひ愚を使ふの術、何に従りてか施さんや。」太宗良(やや)久しくして曰く、「卿宜しく之を秘し、外に泄らす無かるべし。」太宗曰く、「厳刑峻法、人をして我を畏れて敵を畏れざらしむ、朕甚だ之に惑ふ。昔光武孤軍を以て王莽の百万の衆に当たる、刑法の之に臨む有るに非ず。此れ何に由るや。」靖曰く、「兵家の勝敗は、情状万殊にして、一事を以て推すべからざるなり。陳勝・呉広の秦師を敗るが如き、豈に勝・広の刑法能く秦に加はらんや。光武の起こるや、蓋し人心の莽を怨むに順ふなり。況んや又王尋・王邑は兵法を暁らず、徒らに兵衆を誇る、自ら敗るる所以なり。臣『孫子』を案ずるに曰く、
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李衛公問対・卷下若し攻めて守を知らず、守りて攻を知らざれば、唯だに其の事を二にするのみならず、抑(そもそも)又其の官を二にす。口に孫・呉を誦すと雖も、心に攻守両(ふた)つながら斉しきの説を妙思せずんば、其れ孰(たれ)か能く其の然るを知らんや。」太宗曰く、「『司馬法』に言ふ、『国大なりと雖も、戦ひを好めば必ず亡ぶ。天下平らかなりと雖も、戦ひを忘るれば必ず危ふし』と。此れ亦攻守一道か。」靖曰く、「国を有ち家を有つ者、曷(なん)ぞ嘗て攻守を講ぜざらんや。夫れ
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李衛公問対・卷中或いは間を用ひて以て功を成し、或いは間に憑りて以て傾敗す。若し束髪して君に事へ、朝に当たりて色を正し、忠以て節を尽くし、信以て誠を竭(つ)くさば、善間有りと雖も、安んぞ用ふべけんや。唐倹の小義、陛下何ぞ疑はん。」太宗曰く、「誠なるかな。『仁義に非ざれば間を使ふこと能はず』、此れ豈に繊人の為す所ならんや。周公は大義もて親を滅す、況んや一使人をや。灼として疑ひ無し。」太宗曰く、
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李衛公問対・卷下太宗曰く、「攻守の二事は、其の実一法か。『孫子』言ふ、『善く攻むる者は、敵其の守る所を知らず。善く守る者は、敵其の攻むる所を知らず』と。即ち敵来たりて我を攻むれば、我も亦之を攻め、我若し自ら守れば、敵も亦之を守るを言はず。攻守両(ふた)つながら斉(ひと)しき、其の術奈何。」靖曰く、「前代此に似て相攻め相守る者、多し。皆曰く、『守るは則ち足らず、攻むるは則ち余り有り』と。便ち足らざるを弱と為し、余り有るを強と為すと謂ふ。蓋し攻守の法を悟らざるなり。臣『孫子』を案ずるに云ふ、『勝つべからざる者は、守るなり。勝つべき者は、攻むるなり』と。
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李衛公問対・卷中此れ蓋し先づ人情の本(もと)悪を為すに非ざるを料る、豈に予(あらかじ)め慮らざらんや。臣頃(このごろ)突厥を討ち、蕃漢の衆を総べ、塞を出づること千里、未だ嘗て一揚干を戮し、一荘賈を斬らず、亦た赤誠を推し、至公を存するのみ。陛下過聴し、臣を擢(ぬき)んずるに不次の位を以てす。若し文武に於いては、則ち何ぞ敢へて当たらん。」太宗曰く、「昔唐倹突厥に使ひし、卿因りて撃ちて之を敗る。人言ふ、卿倹を以て死間と為すと。朕今に至るまで疑ふ。如何。」靖再拝して曰く、「臣と倹とは肩を比(なら)べて主に事(つか)ふ。倹の説必ず柔服すること能はざるを料る。故に臣因りて兵を縦(はな)ちて之を撃つ。大悪を去りて、小義を顧みざる所以なり。人倹を以て死間と為すと謂ふは、臣の心に非ず。『孫子』の〈用間〉を案ずるに、最も下策と為す。臣嘗て論を著して其の末に云ふ、
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