二宮翁夜話 / 続篇
翁曰、我道は勤倹譲の三つにあり。勤とは衣食住になるべき物品を勤めて産出するにあり、倹とは産出したる物品を費さゞるを云ふ、譲は此三つを他に及ぼすを云ふ。扨譲は種々あり、今年の物を来年の為に貯ふるも則ち譲なり、夫より子孫に譲ると、親戚朋友に譲ると、郷里に譲ると、国家に譲るなり。其身其身の分限に依て勤め行ふべし、たとひ一季半季の雇人といへども、今年の物を来年に譲ると、子孫に譲るとの譲りは、必ず勤むべし。此三つは鼎足の如し、一をも欠くべからず、必ず兼行ふべし。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、我道(わがみち)は勤倹譲(きんけんじょう)の三つにあり。勤とは衣食住になるべき物品を勤めて産出するにあり、倹とは産出したる物品を費(つい)さゞるを云ふ、譲は此三つを他に及ぼすを云ふ。扨(さて)譲は種々あり、今年の物を来年の為に貯(たくわ)ふるも則ち譲なり、夫(それ)より子孫に譲ると、親戚朋友(しんせきほうゆう)に譲ると、郷里に譲ると、国家に譲るなり。其身其身の分限(ぶんげん)に依(よ)りて勤め行ふべし、たとひ一季半季(いっきはんき)の雇人(やといにん)といへども、今年の物を来年に譲ると、子孫に譲るとの譲りは、必ず勤むべし。此三つは鼎足(ていそく)の如し、一をも欠くべからず、必ず兼(か)ね行ふべし。
現代語訳
翁が言われた。私の道は「勤・倹・譲」の三つにある。勤とは、衣食住のもととなる物品を努めて生み出すことにある。倹とは、生み出した物品を無駄に費やさないことをいう。譲とは、この勤と倹で得たものを他に及ぼすことをいう。さて、譲にはいろいろある。今年の物を来年のために蓄えるのも譲である。それから、子孫に譲る、親戚や友人に譲る、郷里に譲る、国家に譲る、というふうに広がっていく。それぞれ自分の身の丈(分限)に応じて努め行うべきだ。たとえ一季(半年)半季(三か月)の短い雇い人であっても、今年の物を来年に譲り、子孫に譲るという譲りは、必ず努めるべきだ。この三つは鼎(かなえ)の三本足のようなもので、一つも欠いてはならない。必ず兼ね備えて行うべきである。
解説
報徳の教えの核心を「勤・倹・譲」の三語に凝縮した一条です。勤は衣食住の元を生み出す勤労、倹は無駄に費やさない倹約、譲はそれを他に及ぼす推譲。譲は来年への蓄えに始まり、子孫・親戚・郷里・国家へと広がります。とりわけ、身の丈(分度)に応じて行うべきこと、短期の雇い人でさえ将来への譲りを怠るなと説く点に、尊徳の徹底ぶりが表れます。三つは鼎の足のようにどれ一つ欠けても立たない。勤めて倹しく、そして譲る――この循環が個人も社会も豊かにするという報徳思想の全体像を、現代の私たちの働き方や貯蓄・分かち合いのあり方にも示してくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳勤倹譲推譲分度勤労
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