二宮翁夜話 / 続篇
翁曰、一村千石の高にて、戸数百戸あれば、一戸十石に当る。是其の村に住む者の天命なり、之より多きは富者といふべし、富者の務は譲なりと。門人中一人進て曰、予村内にて天命に当れり、予は足ることを知りて、この天命に安んじて、勤倹を守り、年々不足なく暮しを立て、足れりとして金を積て、田畑を買ふ事をなさず、是則譲道に当るべしと。翁曰、是は不貧といふべし、何ぞ譲といふことを得ん、此の如き論老仏者流に多し、悪からずと雖も、今一段上らざれば国家の用をなさず、然らざれば何を以て天恩四恩に報ゆべき、夫勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖して、天命あることを知らず、道に志さず、飽迄も増殖を欲し、又自奉にのみ費すは、云ふに足らざる小人なり、其心志奪にあり。勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖する迄は同じといへども、爰に於て天命あることを能知り、道に志して譲道を行ひ、土地を改良し、土地を開き、国民を助くる、此の如くにしてこそ譲道を行ふと云べきなれ。此の如くにしてこそ国家の用ともなり、報徳ともなるなれ、何ぞ前の不貧者を譲者と云べけんや。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、一村千石の高(たか)にて、戸数百戸あれば、一戸十石に当る。是(これ)其の村に住む者の天命なり、之より多きは富者といふべし、富者の務(つとめ)は譲(じょう)なりと。門人中一人進みて曰く、予(よ)村内にて天命に当れり、予は足ることを知りて、この天命に安んじて、勤倹(きんけん)を守り、年々不足なく暮しを立て、足れりとして金を積みて、田畑を買ふ事をなさず、是則(すなわ)ち譲道(じょうどう)に当るべしと。翁曰く、是は不貧(ふどん)といふべし、何ぞ譲といふことを得ん、此の如き論老仏者流(ろうぶつしゃりゅう)に多し、悪からずと雖(いへど)も、今一段上らざれば国家の用をなさず、然らざれば何を以て天恩四恩(てんおんしおん)に報ゆべき、夫(それ)勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖して、天命あることを知らず、道に志さず、飽迄(あくまで)も増殖を欲し、又自奉(じほう)にのみ費すは、云ふに足らざる小人(しょうじん)なり、其心志(しんし)奪(だつ)にあり。勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖する迄は同じといへども、爰(ここ)に於て天命あることを能(よ)く知り、道に志して譲道を行ひ、土地を改良し、土地を開き、国民を助くる、此の如くにしてこそ譲道を行ふと云ふべきなれ。此の如くにしてこそ国家の用ともなり、報徳ともなるなれ、何ぞ前の不貧者を譲者と云ふべけんや。
現代語訳
翁が言われた。一つの村が千石の収穫高で戸数が百戸あれば、一戸あたり十石にあたる。これがその村に住む者の天命だ。これより多いのは富者と言うべきで、富者の務めは譲ることだ。門人の一人が進み出て言った。私は村内で天命どおりの分にあたっています。私は足ることを知って、この天命に安んじ、勤倹を守り、毎年不足なく暮らしを立て、足りたとして金を蓄え、田畑を買い増すことをしません。これこそ譲道にあたるでしょう、と。翁が言われた。それは貪らないというべきで、どうして譲ると言えようか。このような論は老荘や仏教の徒に多い。悪くはないが、もう一段上らなければ国家の役に立たない。そうでなければ、何によって天恩や四恩に報いられようか。そもそも勤倹して財を積み、田畑を買い求め、財産を増やしながら、天命のあることを知らず、道を志さず、あくまで増殖を欲し、また自分の贅沢にばかり費やすのは、取るに足りない小人だ。その心は奪うことにある。勤倹して財を積み、田畑を買い求め、財産を増やすところまでは同じでも、ここで天命のあることをよく知り、道を志して譲道を行い、土地を改良し、土地を開き、国民を助ける――このようにしてこそ譲道を行うと言うべきなのだ。このようにしてこそ国家の役に立ち、報徳にもなるのだ。どうして先の貪らないだけの者を譲る者と言えようか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・梁惠王章句下魯平公將出。嬖人臧倉者請曰、他日君出、則必命有司所之。今乘輿已駕矣。有司未知所之。敢請。公曰、將見孟子。曰、何哉。君所為輕身以先於匹夫者、以為賢乎。禮義由賢者出。而孟子之後喪踰前喪。君無見焉。公曰、諾。樂正子入見、曰、君奚為不見孟軻也。曰、或告寡人曰、孟子之後喪踰前喪。是以不往見也。曰、何哉。君所謂踰者。前以士、後以大夫、前以三鼎、而後以五鼎與。曰、否。謂棺槨衣衾之美也。曰、非所謂踰也。貧富不同也。樂正子見孟子、曰、克告於君。君為來見也。嬖人有臧倉者沮君。君是以不果來也。曰、行或使之、止或尼之。行止非人所能也。吾之不遇魯侯、天也。臧氏之子焉能使予不遇哉。
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論語 堯曰篇堯曰:咨!爾舜,天之暦數在爾躬,允執其中。四海困窮,天祿永終。舜亦以命禹。曰:予小子履,敢用玄牡,敢昭告于皇皇后帝。有罪不敢赦,帝臣不蔽,簡在帝心。朕躬有罪,無以萬方,萬方有罪,罪在朕躬。
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孟子・盡心章句下孟子曰、堯舜性者也。湯武反之也。動容周旋中禮者、盛德之至也。哭死而哀、非為生者也。經德不回、非以干祿也。言語必信、非以正行也。君子行法、以俟命而已矣。
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二宮翁夜話・巻之二小田原藩にて報徳仕法の儀は、良法には相違無しといへども、故障の次第有て、今般畳置くと云布達出づ、領民の内、是を憂ひて、翁の許に来り歎く者あり、手作の芋を持来て呈せり、翁諭して曰、夫此芋の如きは、口腹を養ひ、必用の美菜なれば、是を弘く植て、其実法りを施さんと願ふは尤なれども、天運冬に向ひ、雪霜降り、地の氷るを如何せん、強て植なば凍に損じ霜に痛み、種をも失ふに至るべし、是非もなき事なり、是人の口腹を養ふ徳ある美物なるが故に、寒気雪霜を凌ぐ力なし、食料にもならざる麁物は、却て寒気雪霜にも、痛まぬ物なり、是自然の勢、如何とも仕方なし、今日は寒気雪中なり、早く芋種は土中に埋め、藁にて囲ひ、深く納めて、来陽雪霜の消るを待べし、山谷原野一円、雪降り水氷り寒威烈しき時は、最早是切り暖には成らぬかと思ふ様なれども、雪消え氷解けて、草木の芽ばる時も又必あるべし、其時に至て囲ひ置し芋種を取出し、植る時は忽其種田甫に満て、繁茂する疑ひなし、かゝる春陽に逢ふとも種を納め囲はざれば、植殖す事あたはず、夫農事は春陽立帰り、草木芽立んとするを見て種を植ゑ、秋風吹すさみ草木枯落する時は、未雪霜の降らざるに、芋種は土中に埋めて、此処に埋ると云、心覚えをし、深く隠して来陽を待べし、道の行るる行れざるは天なり、人力を以て如何とも為し難し、此時に至ては、才智も益なし、弁舌も益なし、勇あるも又益なし、芋種を土中に埋るにしかず、夫小田原の仕法は、先君の命に依て開き、当君の命に依て畳む、皆是までなり、凡天地間の万物の生滅する、皆天地の令命による、私に生滅するにはあらず、春風に万物生じ、秋風に枯落する、皆天地の命令なり、豈私ならんや、曾子死に臨んで、予が手を開け、予が足を開け云々、と云り、予も又然り、予が日記を見よ、予が書翰留を見よ、戦々競々深淵に臨むが如く、薄氷を蹈が如し、畳置に成て予免るゝ事を知る哉と云べし、汝等早く帰りて芋種を囲ひ置、来陽春暖を待て又植弘むべし、決して心得違ひする事なかれ、慎めや慎めや
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二宮翁夜話・巻之五或問曰、因果と天命との差別如何、翁曰、因果の道理の尤見易きは、蒔種の生ふるなり、故に予人に諭すに「米蒔けば米の草はへ米の花咲つゝ米の実のる世の中」の歌を以てす、仏は、種に因て生ずる方より見て、因果と云り、然りといへども、之を地に蒔かざれば生ぜず、蒔といへども、天気を受ざれば育せず、されば種ありといへ共、天地の令命に依らざれば生育せず、花咲き実のらざる也、儒は、此方より見て天命と云るなり、夫天命とは、天の下知と云が如し、悪人の刑を免れたるを見て、仏は因縁未熟せずと云ひ、儒は天命未降らずと云、皆米を蒔て未実らざるを云なり、此悪人捕縛に就くを見て、仏は因縁熟せりと云ひ、儒は天命到れりと云、而して之を捕縛する者は上意と云り、此上意則天命と云に同じ、夫借りたる物を約定の通り返すは、世上の通則なり、されば規則の通りふむべきは定理なるを、履まざる時は、貸方之を請求して、上命を以て此規則を履ましむ、爰に至て身代限りとなる、仏は之を見て、借りたる因によりて、身代限りとなるは果也と云ひ、儒は借りて返さゞる故に身代限りの上命降れりと云なり、共に言語上に聊の違ひあるのみ、其理に於ては違ひなし、又問、因縁とは如何、翁曰、因は譬ば蒔たる種也、之を耕耘培養するは縁なり、種を蒔たる因と、培養したる縁とに依て、秋の実のりを得る、之を果と云なり。
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葉隠・聞書第一盛衰を以て、人の善惡は、沙汰されぬ事なり。盛衰は天然の事、善惡は人の道なり。されど、教訓の爲には、盛衰を以て云ふなり。