二宮翁夜話 / 巻之一
翁曰、多く稼いで、銭を少く遣ひ、多く薪を取て焚く事は少くする、是を富国の大本、富国の達道といふ、然るを世の人是を吝嗇といひ、又強欲と云、是心得違ひなり、夫人道は自然に反して、勤めて立つ処の道なれば貯蓄を尊ぶが故なり、夫貯蓄は今年の物を来年に譲る、一つの譲道なり、親の身代を子に譲るも、則貯蓄の法に基する物なり、人道は言ひもてゆけば貯蓄の一法のみ、故に是を富国の大本、富国の達道と云なり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、多く稼いで、銭を少く遣(つか)ひ、多く薪(たきぎ)を取(とっ)て焚く事は少くする、是(これ)を富国の大本(たいほん)、富国の達道(たつどう)といふ、然(しか)るを世の人是を吝嗇(りんしょく)といひ、又(また)強欲と云(いう)、是心得違ひなり、夫(それ)人道は自然に反して、勤めて立つ処の道なれば貯蓄を尊(たっと)ぶが故なり、夫貯蓄は今年の物を来年に譲る、一つの譲道(じょうどう)なり、親の身代(しんだい)を子に譲るも、則(すなわち)貯蓄の法に基(もと)する物なり、人道は言ひもてゆけば貯蓄の一法のみ、故に是を富国の大本、富国の達道と云(いう)なり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。多く稼いで銭を少なく遣い、薪を多く取って焚くのは少なくする――これを富国の根本、富国に至る大道という。ところが世の人はこれを吝嗇(けち)と言い、また強欲と言う。これは心得違いである。そもそも人の道は自然のままに任せるのに反して、努め励んでこそ成り立つ道であるから、貯蓄を尊ぶのだ。貯蓄とは、今年のものを来年に譲る、一つの譲りの道である。親が身代を子に譲るのも、つまりは貯蓄の法に基づくものだ。人の道をつきつめて言えば、貯蓄という一法に尽きる。だからこれを富国の根本、富国に至る大道というのである。
解説
貯蓄を「推譲(すいじょう)」の観点からとらえ直した一条です。多く稼いで少なく遣うことを世間はけちや強欲と誹りますが、尊徳はこれを富国の大道だと反論します。その根拠が独創的で、貯蓄とは「今年のものを来年に譲る」行為であり、親が身代を子に譲るのも同じ貯蓄の理に基づく、つまり貯蓄はそのまま譲りの道(譲道)だと説くのです。人が自然のままに流されず、努力によって道を立てるからこそ貯蓄が尊い、という人道観がその土台にあります。目先の消費を抑えて未来や他者へ譲るという発想は、報徳の「推譲」思想の核心です。現代でも、貯蓄や投資、次世代への継承を、単なる蓄財ではなく譲りの行為として見直す視点を与えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳推譲貯蓄富国倹約
関連する章句
-
二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、米は多く蔵につんで少しづゝ炊き、薪(たきぎ)は多く小屋に積んで焚く事は成る丈(たけ)少くし、衣服は着らるるやうに扱(こしら)へて、なる丈着ずして仕舞ひおくこそ、家を富(と)ますの術(じゅつ)なれ、則(すなわち)国家経済の根元なり、天下を富有にするの大道も、其実(そのじつ)この外にはあらぬなり。
-
二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、世の中に事なしといへども、変なき事あたはず、是(これ)恐るべきの第一なり、変ありといへども、是を補ふの道あれば、変なきが如し、変ありて是を補ふ事あたはざれば、大変に至る、古語に、三年の貯蓄(たくわえ)なければ国にあらず、と云(い)へり、兵隊ありといへども、武具軍用備(そなわ)らざればすべきやうなし、只(ただ)国のみにあらず、家も又(また)然(しか)り、夫(それ)万(よろず)の事有余(ゆうよ)無(なけ)れば、必(かならず)差支(さしつか)へ出来(いでき)て家を保つ事能(あた)はず、然(しか)るをいはんや、国天下をや、人は云ふ、我が教(おしえ)、倹約を専(もっぱ)らにすと、倹約を専らとするにあらず、変に備(そなえ)んが爲(ため)なり、人は云ふ、我道(わがみち)、積財を勤(つと)むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが爲なり、古語に、飲食を薄うして孝を鬼神(きじん)に致し、衣服を悪(あし)うして美を黻冕(ふつべん)に致し、宮室を卑(いやし)うして力を溝洫(こうきょく)に尽すと、能々(よくよく)此(この)理を玩味(がんみ)せば、吝(りん)か倹(けん)か弁を待(また)ずして明かなるべし。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、我道は譲道(じょうどう)を貴(たっと)ぶ、譲道は富貴(ふうき)を永遠に保持するの道にして、富貴の者怠るべからざるの道なり、されば我道は富貴を永遠に維持するの道なりと云ふも不可なかるべし、されば富貴者たる者は、必(かならず)我道に入りて誠心(せいしん)相勤め、永遠に富貴を祈るべし。
-
二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、貧(ひん)となり富(とみ)となる、偶然(ぐうぜん)にあらず、富も因(よ)て来る処あり、貧も因て来る処あり、人皆貨財(かざい)は富者(ふうしゃ)の処に集ると思へ共(ども)然(しか)らず、節倹(せっけん)なる処と勉強(べんきょう)する処に集るなり、百円の身代(しんだい)の者、百円にて暮す時は、富の来る事なく貧の来る事なし、百円の身代を八十円にて暮し、七十円にて暮す時は、富是(これ)に帰(き)し財是に集る、百円の身代を百廿円(ひゃくにじゅうえん)にて暮し、百三拾円にて暮す時は、貧是に来り財是を去る、只(ただ)分外(ぶんがい)に進むと、分内(ぶんない)に退くとの違ひのみ、或歌(あるうた)に「有といへば有とや人の思ふらむ呼(よ)ば答ふる山彦(やまびこ)の声」と云(いえ)る如し、夫(そ)れ今有る物は今に無くなり、今無きものは今にあり、譬(たと)へば今有し銭のなくなりしは、物を買へば也、今無き銭の今あるは、勤(つと)むればなり、繩(なわ)一房(ひとふさ)なへば五厘(ごりん)手に入り、一日働けば十銭(じっせん)手に入る也、今手に入る十銭も、酒を呑めば直(じき)になし、明白疑(うたが)ひなき世の中なり、中庸(ちゅうよう)に曰く、誠なれば則(すなわ)ち明なり、明なれば則ち誠なりと、繩一房なへば五厘となり、五厘遣(や)れば繩一房来る、晴天白日(せいてんはくじつ)の世の中なり
-
二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、農にても商にても、富家(ふか)の子弟は、業(ぎょう)として勤むべき事なし、貧家の者は活計(かっけい)の為に、勤めざるを得ず、且(かつ)富を願(ねが)ふが故に、自ら勉強す、富家の子弟は、譬(たと)へば山の絶頂に居るが如く、登るべき処なく、前後左右皆(みな)眼下なり、是に依(よ)りて分外(ぶんがい)の願を起し、士の真似をし、大名の真似をし、増長に増長して、終(つい)に滅亡す、天下の富者皆然(しか)り、爰(ここ)に長く富貴を維持し、富貴を保つべきは、只(ただ)我道(わがみち)推譲の教(おしえ)あるのみ、富家の子弟、此推譲の道を蹈(ふ)まざれば、千百万の金ありといへども、馬糞茸(ばふんたけ)と何ぞ異(ことな)らん、夫(それ)馬糞茸は季候に依りて生じ、幾程(いくほど)もなく腐廃し、世上の用にならず、只徒(いたず)らに生じて、徒らに滅するのみ、世に富家と呼ばるゝ者にして、如斯(かくのごとく)なる、豈(あに)惜しき事ならずや。
-
二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、樹木老木(ろうぼく)となれば、枝葉(えだは)美(うるわ)しからず、痿縮(いしゅく)して衰(おとろ)ふる物なり。此(こ)の時大(おおい)に枝葉を伐(き)りすかせば、来春(らいしゅん)は枝葉瑞々(みずみず)敷(しく)、美しく出(い)づる物なり。人々の身代(しんだい)も是(これ)に同じ。初(はじ)めて家を興(おこ)す人は、自(おのづか)ら常人(じょうじん)と異(こと)なれば、百石(ひゃくこく)の身代にて五十石に暮すも、人の許すべけれど、其(そ)の子孫となれば、百石は百石丈(だけ)、二百石は二百石丈の事に、交際(こうさい)をせざれば、家内(かない)も奴婢(ぬひ)も他人も承知せざる物なり。故(ゆえ)に終(つい)に不足を生ず。不足を生じて、分限(ぶんげん)を引去(ひきさ)る事を知らざれば、必(かなら)ず滅亡(めつぼう)す。是(これ)自然の勢(いきおい)、免(まぬか)れざる処なり。故に予(よ)常に推譲(すいじょう)の道を教ゆ。推譲の道は百石の身代の者、五十石にて暮しを立て、五十石を譲るを云(い)ふ。此の推譲の法は我が教(おしえ)第一の法にして、則(すなわ)ち家産維持(いじ)且(かつ)漸次(ぜんじ)増殖の法方(ほうほう)なり。家産を永遠に維持すべき道は、此(こ)の外(ほか)になし。