二宮翁夜話 / 続篇
翁曰、季候あしく、本年は凶歳にもならんかと云様なる模様あらば、食料になるべきジヤガタラ芋を早く掘り取りて、直に明畑に肥して植付くべし。次に大根、蕪なり。次に蕎麦なり。此蕎麦を蒔く時に、そば種の中へ油菜の種を交ぜて蒔くべし。然する時は蕎麦実のりて刈取る時には、菜も大きく成るなり。之を蕎麦と共に刈取るも、根も茎も残りてあれば、害無し。そばを刈取て直に肥しをなし、中打手入れをすれば、忽菜畑となつて栄ゆる物なり。山畑などには必此作法を用ふべし。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、季候(きこう)あしく、本年は凶歳(きょうさい)にもならんかと云ふ様なる模様あらば、食料になるべきジヤガタラ芋を早く掘り取りて、直(ただち)に明畑(あきばた)に肥(こや)して植付くべし。次に大根、蕪(かぶ)なり。次に蕎麦(そば)なり。此の蕎麦を蒔(ま)く時に、そば種の中へ油菜(あぶらな)の種を交ぜて蒔くべし。然(しか)する時は蕎麦実のりて刈取る時には、菜も大きく成るなり。之を蕎麦と共に刈取るも、根も茎も残りてあれば、害無し。そばを刈取りて直に肥しをなし、中打(なかうち)手入れをすれば、忽(たちま)ち菜畑となつて栄ゆる物なり。山畑などには必ず此の作法を用ふべし。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。気候が悪く、今年は凶作にもなろうかという様子があれば、食料になるジャガタラ芋(じゃがいも)を早めに掘り取って、すぐに空いた畑に肥料をやって植え付けるとよい。次に大根、蕪だ。その次に蕎麦だ。この蕎麦を蒔くときに、蕎麦の種の中へ油菜の種を混ぜて蒔くとよい。そうすると蕎麦が実って刈り取るころには、菜も大きく育っている。これを蕎麦と一緒に刈り取っても、根も茎も残っているので害はない。蕎麦を刈り取ってすぐに肥料をやり、中打ち(土寄せ)の手入れをすれば、たちまち菜畑となって栄えるものだ。山の畑などには必ずこのやり方を用いるとよい。
解説
凶作の兆しが見えたときの、具体的で実践的な救荒農法を説いた一条です。じゃがいも・大根・蕪・蕎麦と、生育の早い作物を次々に植え、蕎麦に油菜を混ぜ蒔きして一つの畑から二重に収穫を得る工夫まで示します。尊徳の教えが観念論ではなく、人々の命を守る具体的な技術に裏打ちされていたことがよく分かります。危機に備えて手を打ち、限られた土地から最大の実りを引き出すこの姿勢は、勤労と分度、そして積小為大の精神の実践です。現代の私たちにも、困難を予見したら早めに具体的な備えを講じること、そして手持ちの資源を工夫して最大限に活かす知恵の大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳救荒農法勤労積小為大飢饉対策
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、予(よ)不幸にして、十四歳の時父に別れ、十六歳の折(おり)母に別れ、所有の田地は、洪水の為に残らず流失し、幼年の困窮(こんきゅう)艱難(かんなん)実に心魂(しんこん)に徹(てっ)し、骨髄(こつずい)に染(し)み、今日猶(なお)忘るゝ事能(あた)はず、何卒(なにとぞ)して世を救ひ国を富(とま)し、憂(う)き瀬(せ)に沈む者を助けたく思ひて、勉強せしに、斗(はか)らずも又天保両度の飢饉に遭遇(そうぐう)せり、是に於て心魂を砕(くだ)き、身体を粉(こ)にして、弘(ひろ)く此の飢饉を救はんと勤めたり、其の方法は本年は季候悪(あ)し、凶歳ならんと、思ひ定めたる日より、一同申合せ、非常に勤倹(きんけん)を行ひ、堅く飲酒を禁じ、断然(だんぜん)百事を抛(なげう)ちて、其の用意をなしたり、其の順序は先(ま)づ申合せて、明地(あきち)空地を開き、木綿畑を潰(つぶ)して瓜哇薯(じゃがたらいも)蕎麦(そば)菜種(なたね)大根蕪菜(かぶな)等の食料になるべき物を、蒔付(まきつ)くる手配を尽し、土用明け迄は隠元(いんげん)豆も遅からねば、奥の種を求めて多く蒔(ま)かせ、夫(それ)より早稲(わせ)を刈取り、干田は耕(たがや)して麦を蒔き、金銭を惜(お)しまず、元肥(もとごえ)を入れて培養(ばいよう)し、夫より畑の菜種の苗を抜きて田に移し植ゑて、食料の助(たすけ)とせり、此の如く其の土地土地に於て油断なく勉強せば、意外に食料を得べし、凶荒(きょうこう)の兆(きざし)あらば油断なく食料を求むる工夫を尽すべし。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、世の学者皆草根木葉(そうこんもくよう)等を調(しら)べて、是(これ)も食すべし彼(かれ)も食すべしと云ふといへ共(ども)、予(よ)は聞くを欲(ほっ)せず、如何(いか)となれば自(みずか)ら食して、能(よ)く経験(けいけん)せるにはあらざれば、甚(はなは)だ覚束(おぼつか)なし、且(かつ)かゝる物を頼(たの)みにせば、凶歳(きょうさい)の用意自(おのず)から怠(おこた)りて世の害となるべし、夫(それ)よりも凶歳飢饉(ききん)の惨状(さんじょう)、甚(はなはだ)しきを述(の)ぶる事、僧侶(そうりょ)地獄(じごく)の有様を絵に書きて、老婆を諭(さと)すが如く、懇々(こんこん)説き諭して、村毎(むらごと)に積穀(せきこく)を成す事を勧(すす)むるの勝(まさ)れるに如(し)かざるべし、故に予は草根木皮(そうこんぼくひ)を食すべしと決して言はず、飢饉の恐るべく、囲穀(かこいこく)の為さゞるべからざる事をのみ諭して、囲穀をなさしむるを務(つとめ)とす。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、天保四年同七年、両度の凶歳七年尤(もっと)も甚(はなは)だし、早春より引続き、季候不順にして梅雨(さみだれ)より土用に降り続き、季候寒冷(かんれい)にして、陰雨(いんう)曇天のみ、晴日稀(まれ)なり、晴ると思へば曇り、曇ると思へば雨降る、予(よ)土用前より、之を憂(うれ)ひ心を用ひしに、土用に差掛り空の気色(けしき)何となく秋めき、草木に触るゝ風も、何となく秋風めきたり、折節(おりふし)他より、新茄子(なすび)到来せるを、糠味噌(ぬかみそ)に付けて食せしに、自然秋茄子(なす)の味(あじ)あり、是に依て意を決(けっ)し、其の夕より、凶歳の用意に心を配(くば)り、人々を諭(さと)して、其の用意を為さしめ、其の夜終夜書状を作りて諸方に使を発して、凶歳の用意一途に尽力したり、其の方法は明き地空地は勿論、木綿(もめん)の生立ちたる畑を潰(つぶ)し、荒地廃地を起して、蕎麦(そば)大根蕪菁菜(かぶらな)胡蘿葡(にんじん)等を、十分に蒔付させ、粟(あわ)稗(ひえ)大豆等惣(すべ)て食料になるべき物の耕作培養(ばいよう)精細を尽させ、又穀物の売物ある時は、何品に限らず、皆之を買入れ、既に借入れの抵当(ていとう)なく貸金の証文を抵当に入れて、金を借用したり、此の飢饉の用意を、諸方に通知したる内、厚く信じて能(よ)く取り行ひたるは、谷田部茂木(もてぎ)領邑(りょうゆう)なり、此の通知を得るや、其の使と同道にて、郡奉行自(みずか)ら馬に鞭(むち)打ちて来りて、其の方法を問ひ、急ぎ帰りて郡奉行代官役等、属官(ぞっかん)を率(ひき)ゐて、村里に臨(のぞ)み懇々(こんこん)説諭(せつゆ)して、先(ま)づ木綿畑を潰し、荒地を起し廃地を挙げて食料になるべき蕎麦大根の類を蒔付けたる事夥(おびただ)しく、堂寺の庭迄も説諭して蕎麦大根を蒔かせたりと云へり、下野国真岡(もおか)近郷は、真岡木綿の出る土地なれば、木綿畑尤も多し、其の木綿畑を潰して、蕎麦を蒔替(まきか)ふるを愚民殊(こと)の外歎(なげ)く者あり、又苦情を鳴(なら)す者あり、仍(よっ)て愚民明らめのため、所々に一畝づゝ、尤も出来方の宜敷(よろしき)木綿畑を残し置きたるに、綿実(わたのみ)一つも結ばず、秋に至りて初めて予が説を信じたりと聞けり、愚民の諭し難きには殆(ほとん)ど困却(こんきゃく)せり、又秋田を刈取りたる干田に、大麦を手の廻る丈け多く蒔かせ、夫(それ)より畑に蒔きたる菜種の苗を、田に移し植ゑて、食料の助(たすけ)にせり、凶歳の時は油断なく、手配(てくば)りして食物を多く作り出すべし、是(これ)予が飢饉を救ひし方法の大略なり。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)天保三年、桜町陣屋(さくらまちじんや)下の畑租(はたそ)を免じ、壹町歩(いっちょうぶ)に付き貳反歩(にたんぶ)づゝの割を以て稗(ひえ)を蒔(ま)かせ、常の囲(かこい)とせられしに、翌四年違作(いさく)にて積み置くまでもなく用に立ち、又同六年同じく稗を蒔かせたるに、翌七年大凶荒(だいきょうこう)なりき。爾来(じらい)囲穀(かこいこく)の命を下さゞりしに、弘化二年また俄(にわか)に夫食(ぶじき)の用意とて囲穀を命じ、稗を蒔かせられしが、同年違作にて又々之を蓄積するまでもなく用を足せり。その先知(せんち)神の如し。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、人世(じんせい)の災害(さいがい)凶歳より甚敷(はなはだしき)はなし、而(しか)して昔より、六十年間に必ず一度ありと云ひ伝ふ、左(さ)もあるべし、只(ただ)飢饉(ききん)のみにあらず、大洪水も大風も大地震も、其の余の非常の災害も必ず六十年間には、一度位は必ずあるべし、縦令(たとい)無き迄(まで)も必ず有る物と極めて、有志者申合せ金穀を貯蓄(ちょちく)すべし、穀物を積囲(つみかこ)ふは籾(もみ)と稗(ひえ)とを以て第一とす、田方の村里にても籾を積み、畑方の村里にては稗を囲ふべし。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、囲穀(かこいこく)数十年を経(へ)て少(すこ)しも損(そん)ぜぬ物は、稗(ひえ)に勝(まさ)れるはなし、申合せて成丈(なるたけ)多く積置くべし、稗を食料に用ふるに、凶歳の時は糠(ぬか)を去る事勿(なか)れ、から稗一斗に小麦四五升を入れて、水車の石臼(うす)にて挽(ひ)き、絹篩(きぬぶるい)に掛けて、団子(だんご)に制(せい)して食すべし、俗に餅草(もちぐさ)と云ふ蓬(よもぎ)の若葉を入るれば、味(あじ)好(よ)し、稗を凶歳の食料にするには、此の法第一の徳用なり、稗飯にするは損なり、されど上等の人の食料には、稗を二昼夜間、水に漬(つ)けて、取上げて蒸籠(せいろう)にて蒸(む)して、而(しか)して能(よ)く干し、臼(うす)にて搗(つ)き、糠を去りて、米を少く交(ま)ぜて、飯(めし)に炊(かし)ぐなり、大に殖(ふ)える物なれば、水を余分に入れて炊くべし、上等の食に用ふるには此の法に如(し)くはなし、されば富有者自分の為にも、多く囲(かこ)ひ置て宜敷(よろしき)物なり、勉めて積囲(つみかこ)ふべし。