二宮翁夜話 / 巻之五
翁曰、世の学者皆草根木葉等を調べて、是も食すべし彼も食すべしと云といへ共、予は聞くを欲せず、如何となれば自ら食して、能経験せるにはあらざれば、甚覚束なし、且かゝる物を頼みにせば、凶歳の用意自ら怠りて世の害となるべし、夫よりも凶歳飢饉の惨状、甚敷を述る事、僧侶地獄の有様を絵に書きて、老婆を諭すが如く、懇々説き諭して、村毎に積穀を成す事を勧るの勝れるに如ざるべし、故に予は草根木皮を食すべしと決して言ず、飢饉の恐るべく、囲穀の為さゞるべからざる事をのみ諭して、囲穀をなさしむるを務とす。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、世の学者皆草根木葉(そうこんもくよう)等を調(しら)べて、是(これ)も食すべし彼(かれ)も食すべしと云ふといへ共(ども)、予(よ)は聞くを欲(ほっ)せず、如何(いか)となれば自(みずか)ら食して、能(よ)く経験(けいけん)せるにはあらざれば、甚(はなは)だ覚束(おぼつか)なし、且(かつ)かゝる物を頼(たの)みにせば、凶歳(きょうさい)の用意自(おのず)から怠(おこた)りて世の害となるべし、夫(それ)よりも凶歳飢饉(ききん)の惨状(さんじょう)、甚(はなはだ)しきを述(の)ぶる事、僧侶(そうりょ)地獄(じごく)の有様を絵に書きて、老婆を諭(さと)すが如く、懇々(こんこん)説き諭して、村毎(むらごと)に積穀(せきこく)を成す事を勧(すす)むるの勝(まさ)れるに如(し)かざるべし、故に予は草根木皮(そうこんぼくひ)を食すべしと決して言はず、飢饉の恐るべく、囲穀(かこいこく)の為さゞるべからざる事をのみ諭して、囲穀をなさしむるを務(つとめ)とす。
現代語訳
翁が言われた。世の学者はみな草の根や木の葉を調べて、これも食べられる、あれも食べられると言うが、私は聞く気になれない。なぜなら、自分で食べてよく経験したうえでのことではないので、はなはだ心もとない。そのうえ、こういう物を当てにすれば、凶作への備えがおのずと怠られて、世の害となるだろう。それよりも、凶作・飢饉の惨状のひどさを説き――僧侶が地獄の有様を絵に描いて老婆を諭すように――懇々と説き諭して、村ごとに穀物を蓄えることを勧めるほうが勝っている。だから私は草の根や木の皮を食べよとは決して言わず、飢饉の恐ろしさと、備蓄をしなければならないことだけを諭して、備蓄をさせることを務めとするのだ。
解説
前条に続き、飢饉対策の要は事後の食料探しではなく事前の備蓄にあると説く一条です。学者が並べる草木の食用知識は、自ら試してもいない当てにならぬもので、しかもそれを頼りにすれば肝心の備えを怠ってしまう、と尊徳は退けます。むしろ飢饉の恐ろしさを地獄絵のように懇々と説き、村ごとに穀物を蓄えさせる――これこそ最善の救荒策だというのです。日頃の小さな蓄えを積み重ねて非常に備える「積小為大」と、勤労・倹約の思想が明瞭に表れています。目先の対処に頼らず、平時の地道な準備で危機を防ぐという姿勢は、現代の防災や家計、事業の備えにも通じる普遍的な教えです。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳囲穀備蓄積小為大飢饉