二宮翁夜話 / 巻之五
翁曰、人世の災害凶歳より甚敷はなし、而して昔より、六十年間に必一度ありと云伝ふ、左もあるべし、只飢饉のみにあらず、大洪水も大風も大地震も、其余非常の災害も必六十年間には、一度位は必あるべし、縦令無き迄も必有る物と極めて、有志者申合せ金穀を貯蓄すべし、穀物を積囲ふは籾と稗とを以て、第一とす、田方の村里にても籾を積み、畑方の村里にては、稗を囲ふべし。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、人世(じんせい)の災害(さいがい)凶歳より甚敷(はなはだしき)はなし、而(しか)して昔より、六十年間に必ず一度ありと云ひ伝ふ、左(さ)もあるべし、只(ただ)飢饉(ききん)のみにあらず、大洪水も大風も大地震も、其の余の非常の災害も必ず六十年間には、一度位は必ずあるべし、縦令(たとい)無き迄(まで)も必ず有る物と極めて、有志者申合せ金穀を貯蓄(ちょちく)すべし、穀物を積囲(つみかこ)ふは籾(もみ)と稗(ひえ)とを以て第一とす、田方の村里にても籾を積み、畑方の村里にては稗を囲ふべし。
現代語訳
翁が言われた。人の世の災害で凶年ほど甚だしいものはない。そして昔から、六十年に一度は必ずあると言い伝えられている。実際そうであろう。ただ飢饉ばかりではない。大洪水も大風も大地震も、その他の非常の災害も、必ず六十年のうちに一度くらいは起こるものだ。たとえ起こらなくても必ずあるものと覚悟を決めて、志ある者は申し合わせて金と穀物を貯蓄しておくべきである。穀物を積み蓄えるには籾と稗を第一とする。田の多い村里では籾を積み、畑の多い村里では稗を蓄えるがよい。
解説
災害は必ず巡ってくるという前提に立ち、備えの必要を説く一条です。尊徳は「六十年に一度」という経験則を挙げ、飢饉のみならず洪水・大風・地震も含めて、たとえ起こらなくとも必ず来るものと覚悟して金穀を蓄えよと諭します。田の村は籾、畑の村は稗と、土地柄に応じた具体策まで示す点に実学の面目があります。わずかな余剰を平時に積む「積小為大」、身の丈に応じて蓄える「分度」の思想が、共同体全体の備えとして語られています。天災を避けられぬものと受け止め、なお備えを怠らぬこの姿勢は、防災意識が問われる現代に重い示唆を与えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳備蓄災害への備え積小為大分度
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、世の学者皆草根木葉(そうこんもくよう)等を調(しら)べて、是(これ)も食すべし彼(かれ)も食すべしと云ふといへ共(ども)、予(よ)は聞くを欲(ほっ)せず、如何(いか)となれば自(みずか)ら食して、能(よ)く経験(けいけん)せるにはあらざれば、甚(はなは)だ覚束(おぼつか)なし、且(かつ)かゝる物を頼(たの)みにせば、凶歳(きょうさい)の用意自(おのず)から怠(おこた)りて世の害となるべし、夫(それ)よりも凶歳飢饉(ききん)の惨状(さんじょう)、甚(はなはだ)しきを述(の)ぶる事、僧侶(そうりょ)地獄(じごく)の有様を絵に書きて、老婆を諭(さと)すが如く、懇々(こんこん)説き諭して、村毎(むらごと)に積穀(せきこく)を成す事を勧(すす)むるの勝(まさ)れるに如(し)かざるべし、故に予は草根木皮(そうこんぼくひ)を食すべしと決して言はず、飢饉の恐るべく、囲穀(かこいこく)の為さゞるべからざる事をのみ諭して、囲穀をなさしむるを務(つとめ)とす。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、天保七年の十二月、桜町支配下四千石の村に諭(さと)し、毎家所持の米麦雑穀(ざっこく)の俵数(ひょうすう)を取調(とりしら)べさせ、米は勿論大小麦、大小豆、何にても一人に付き、俵数五俵づゝの割り合を以て、銘々(めいめい)貯(たくわ)へ置き、其の余所持の俵数は勝手次第に売出すべし、此の節程穀価(こくか)の高き事は、二度とあるまじ、誠に売るべき時は此の時なり、速(すみやか)に売りて金となすべし、金不用ならば、相当の利足(りそく)にて預(あず)り遣(つか)はすべし、且(かつ)当節売出すは、平年施(ほどこ)すよりも功徳多し、何方(いずかた)へなり共売出すべし、一人五俵の割に、不足の者、又貯(たくわえ)なき者の分は、当方にて慥(たしか)に備(そな)へ置くべき間、安心すべし、決して隠し置くに及ばず、詳細に取調べて届け出づべしと言ひて四千石村々の、毎戸の余分は売出させ、毎戸の不足の分は、郷蔵(ごうぐら)に積囲(つみかこ)ひ、其の余は漸次(ぜんじ)倉を開きて、烏山(からすやま)領を始め、皆他領他村へ出して救助したり、他の窮(きゅう)を救ふには先(ま)づ自分支配の村々の安心する様に方法を立て、而(しか)して後に他に及ぼすべし。