二宮翁夜話 / 続篇
翁天保三年桜町陣屋下の畑租を免じ、壹町歩に付貳反歩づゝの割を以て稗を蒔かせ、常の囲とせられしに、翌四年違作にて積置くまでもなく用に立ち、又同六年同じく稗を蒔かせたるに、翌七年大凶荒なりき。爾来囲穀の命を下さゞりしに、弘化二年また俄に夫食の用意と囲穀を命じ、稗を蒔かせられしが、同年違作にて又々之を蓄積するまでもなく用を足せり。その先知神の如し。
新字:翁天保三年桜町陣屋下の畑租を免じ、壱町歩に付貳反歩づゝの割を以て稗を蒔かせ、常の囲とせられしに、翌四年違作にて積置くまでもなく用に立ち、又同六年同じく稗を蒔かせたるに、翌七年大凶荒なりき。爾来囲穀の命を下さゞりしに、弘化二年また俄に夫食の用意と囲穀を命じ、稗を蒔かせられしが、同年違作にて又々之を蓄積するまでもなく用を足せり。その先知神の如し。
書き下し
翁(おきな)天保三年、桜町陣屋(さくらまちじんや)下の畑租(はたそ)を免じ、壹町歩(いっちょうぶ)に付き貳反歩(にたんぶ)づゝの割を以て稗(ひえ)を蒔(ま)かせ、常の囲(かこい)とせられしに、翌四年違作(いさく)にて積み置くまでもなく用に立ち、又同六年同じく稗を蒔かせたるに、翌七年大凶荒(だいきょうこう)なりき。爾来(じらい)囲穀(かこいこく)の命を下さゞりしに、弘化二年また俄(にわか)に夫食(ぶじき)の用意とて囲穀を命じ、稗を蒔かせられしが、同年違作にて又々之を蓄積するまでもなく用を足せり。その先知(せんち)神の如し。
現代語訳
翁(二宮尊徳)は天保三年、桜町陣屋下の畑の租税を免じ、一町歩につき二反歩ずつの割で稗を蒔かせ、常備の備蓄とされた。すると翌四年は不作となり、蓄えておくまでもなくその稗が役立った。また同六年にも同じく稗を蒔かせたところ、翌七年は大凶作となった。それ以来しばらく備蓄の命を下されなかったが、弘化二年に急に食料の用意として備蓄を命じ、稗を蒔かせられたところ、その年は不作となり、これもまた蓄えるまでもなく役に立った。その先を見通す力は神のようであった。
解説
凶作をあらかじめ見越して稗を備蓄させた、尊徳の非凡な先見の一条です。飢饉に強い稗を平時から蒔かせておくことで、いざ不作が来たときに人々を救いました。これこそ報徳思想の「分度」――収入や状況を見きわめ、その範囲内で計画的に備える精神の実践です。豊かな年に浪費せず、来たるべき困難に備えて余力を蓄える。尊徳の先見は超能力ではなく、天地自然の摂理を深く観察し、勤勉に積み重ねた経験から導かれた合理的な判断でした。現代の私たちにも、平時の備えがいかに危機を救うか、日頃からのリスク管理と計画的な蓄えの大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳分度備蓄先見飢饉対策
関連する章句
-
『韓非子』存韓第二秦の韓有るは、人の腹心の病有るが若きなり。虚しく処れば則ち㤥然たり、湿地に居るが若く、著きて去らず、以て極めて走れば、則ち発す。
-
老子・第73章敢えてするに勇なれば則ち殺され、敢えてせざるに勇なれば則ち活く。此の両者、或いは利あり或いは害あり。天の悪む所、孰か其の故を知らん。是を以て聖人は猶お之を難しとす。天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召さずして自ら来たり、繟然として善く謀る。天網は恢恢、疏にして失わず。
-
論語・季氏篇季氏、将に顓臾を伐たんとす。冉有・季路、孔子に見えて曰く、「季氏、将に顓臾に事有らんとす。」孔子曰く、「求、乃ち爾是れ過てるに無からんや。夫れ顓臾は、昔者先王以て東蒙の主と為し、且つ邦域の中に在り。是れ社稷の臣なり。何を以て伐つことを為さん。」冉有曰く、「夫子之を欲す。吾二臣なる者は、皆欲せざるなり。」孔子曰く、「求、周任言えること有り、曰く、『力を陳べて列に就き、能わざれば止む』と。危うくして持せず、顛れて扶けずんば、則ち将た焉んぞ彼の相を用いん。且つ爾の言過てり。虎兕柙より出で、亀玉櫝中に毀るるは、是れ誰の過ちぞや。」冉有曰く、「今夫の顓臾は、固くして費に近し。今取らずんば、後世必ず子孫の憂いと為らん。」孔子曰く、「求、君子は夫の之を欲すと曰うを舍きて、必ず之が辞を為すを疾む。丘や、聞く、国を有ち家を有つ者は、寡なきを患えずして均しからざるを患え、貧しきを患えずして安からざるを患う、と。蓋し均しければ貧しきこと無く、和すれば寡なきこと無く、安ければ傾くこと無し。夫れ是くの如し。故に遠人服せざれば、則ち文徳を修めて以て之を来す。既に之を来せば、則ち之を安んず。今由と求とは、夫子を相けて、遠人服せずして来すこと能わず、邦分崩離析して守ること能わず、而して干戈を邦内に動かさんことを謀る。吾恐る、季孫の憂いは、顓臾に在らずして、蕭牆の内に在らんことを。」
-
『韓非子』存韓第二故に曰く、「兵は、凶器なり。」用を審らかにせざる可からず。
-
老子・第64章其の安きは持し易く、其の未だ兆さざるは謀り易く、其の脆きは泮け易く、其の微なるは散じ易し。之を未だ有らざるに為し、之を未だ乱れざるに治む。合抱の木も毫末より生じ、九層の台も累土より起こり、千里の行も足下より始まる。為す者は之を敗り、執る者は之を失う。是を以て聖人は無為なる故に敗るること無く、無執なる故に失うこと無し。民の事に従うや、常に幾ど成らんとして之を敗る。終わりを慎むこと始めの如くなれば、則ち事を敗ること無し。是を以て聖人は欲せざるを欲し、得難きの貨を貴ばず。学ばざるを学び、衆人の過ぐる所に復る。以て万物の自然を輔けて、敢えて為さず。
-
『韓非子』亡徵第十五大利を見て趨かず、禍端を聞きて備えず、爭守の事に淺薄にして、務めて仁義を以て自ら飾る者は、亡ぶ可きなり。