二宮翁夜話 / 続篇
翁曰、予が生涯の業は、総て荒蕪を開くを以て勤めとす。然して荒蕪に数種あり。田畝の荒れたるあり、是は国家の荒地なり。又負債多くして家祿を利足の為に取られ、祿ありて祿なきに至るあり、是国家の為に生地にして、其人の為に荒地なり。又薄地麁田、公租と村費丈けの取穀あつて、作益無き田畑あり、是は上の為に生地にして、下の為に荒地なり。又身体強壮にして怠惰に日を送る者あり、是自他の為に荒地なり。資産あり金力ありながら、国家の為になることを為さず、徒に驕奢に耽り、財宝を費すあり、是世上大なる荒蕪なり。又智あり才ありて遊芸を事とし、琴棋書画などをもて遊びて世の為を思はず、生涯を送るあり、是も世の中の荒蕪なり。是等数種の荒蕪は其元心田荒蕪よりする物なれば、我が道は先づ心田の荒蕪を開くを先とすべし。心田の荒蕪を開きて後は、田畑の荒蕪に及びて此数種の荒蕪を開きて熟田となさば、国の富強は掌に運らすが如くなるべきなり。
新字:翁曰、予が生涯の業は、総て荒蕪を開くを以て勤めとす。然して荒蕪に数種あり。田畝の荒れたるあり、是は国家の荒地なり。又負債多くして家禄を利足の為に取られ、禄ありて禄なきに至るあり、是国家の為に生地にして、其人の為に荒地なり。又薄地麁田、公租と村費丈けの取穀あつて、作益無き田畑あり、是は上の為に生地にして、下の為に荒地なり。又身体強壮にして怠惰に日を送る者あり、是自他の為に荒地なり。資産あり金力ありながら、国家の為になることを為さず、徒に驕奢に耽り、財宝を費すあり、是世上大なる荒蕪なり。又智あり才ありて遊芸を事とし、琴棋書画などをもて遊びて世の為を思はず、生涯を送るあり、是も世の中の荒蕪なり。是等数種の荒蕪は其元心田荒蕪よりする物なれば、我が道は先づ心田の荒蕪を開くを先とすべし。心田の荒蕪を開きて後は、田畑の荒蕪に及びて此数種の荒蕪を開きて熟田となさば、国の富強は掌に運らすが如くなるべきなり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、予(われ)が生涯の業(わざ)は、総て荒蕪(こうぶ)を開くを以て勤めとす。然(しか)して荒蕪に数種あり。田畝(でんぽ)の荒れたるあり、是(これ)は国家の荒地なり。又負債多くして家祿(かろく)を利足(りそく)の為に取られ、祿ありて祿なきに至るあり、是国家の為に生地(せいち)にして、其(そ)の人の為に荒地なり。又薄地麁田(はくちそでん)、公租(こうそ)と村費(そんぴ)丈けの取穀(しゅこく)あつて、作益(さくえき)無き田畑あり、是は上(かみ)の為に生地にして、下(しも)の為に荒地なり。又身体強壮にして怠惰に日を送る者あり、是自他の為に荒地なり。資産あり金力ありながら、国家の為になることを為さず、徒(いたずら)に驕奢(きょうしゃ)に耽(ふけ)り、財宝を費すあり、是世上(せじょう)大なる荒蕪なり。又智あり才ありて遊芸(ゆうげい)を事とし、琴棋書画(きんきしょが)などをもて遊びて世の為を思はず、生涯を送るあり、是も世の中の荒蕪なり。是等(これら)数種の荒蕪は其(そ)の元(もと)心田(しんでん)の荒蕪よりする物なれば、我が道は先づ心田の荒蕪を開くを先とすべし。心田の荒蕪を開きて後は、田畑の荒蕪に及びて此の数種の荒蕪を開きて熟田(じゅくでん)となさば、国の富強は掌(たなごころ)に運(めぐ)らすが如くなるべきなり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。私の生涯の仕事は、すべて荒れ地を開くことをつとめとしている。そして荒れ地には数種類ある。まず田畑が荒れたもの、これは国家にとっての荒地だ。また借金が多くて家禄を利息のために取られ、禄がありながら実質は禄がないに等しくなった者、これは国家にとっては生きた土地でも、その人にとっては荒地である。また痩せた田畑で、租税と村費の分だけの収穫しかなく、利益の出ない田畑、これは上(国)にとっては生きた土地でも、下(民)にとっては荒地だ。また体は丈夫なのに怠けて日を送る者、これは自分にとっても他人にとっても荒地である。資産も財力もありながら国家のためになることをせず、いたずらに贅沢にふけって財宝を浪費する者、これは世の中の大きな荒れ地だ。また知恵も才能もありながら遊芸にうつつを抜かし、琴・碁・書・画などで遊んで世のためを思わず生涯を送る者、これも世の中の荒れ地である。これら数種類の荒れ地は、もとをたどれば心という田の荒廃から生じるものだから、私の道はまず心田の荒れ地を開くことを第一とすべきだ。心田の荒れ地を開いたのちに、田畑の荒れ地に及び、これら数種の荒れ地を開いて実り豊かな田としていけば、国の富強は手のひらの上で回すように容易に成し遂げられるだろう。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之三翁曰(いわ)く、我が道は、荒蕪(こうぶ)を開くを以て勤(つとめ)とす。而(しか)して荒蕪に数種あり。田畑実に荒れたるの荒地あり。又借財嵩(かさ)みて、家禄(かろく)を利足(りそく)の為に取られ、禄ありて益なきに至るあり、是(これ)国に取りて生地にして、本人に取りて荒地なり。又薄地麁田(そでん)、年貢高掛(たかがか)り丈(だけ)の取実のみにして、作益なき田地あり、是上の為に生地にして、下の為に荒地なり。又資産あり金力ありて、国家の為をなさず、徒(いたずら)に驕奢(きょうしゃ)に耽(ふけ)り、財産を費(つい)やすあり、国家に取りて尤(もっと)も大なる荒蕪なり。又智あり才ありて、学問もせず、国家の為も思はず、琴棋(きんき)書画などを弄(ろう)して、生涯を送るあり、世の中の為尤も惜(お)しむべき荒蕪なり。又身体強壮にして、業を勤めず、怠惰博奕(ばくえき)に日を送るあり、是又自他の為に荒蕪なり。此の数種の荒蕪の内、心田(しんでん)荒蕪の損、国家の為に大なり、次に田畑山林の荒蕪なり、皆勤めて起(おこ)さずばあるべからず。此の数種の荒蕪を起して、悉(ことごと)く国家の為に供するを以て、我が道の勤とす。「むかしより人の捨てざる無き物を拾ひ集めて民にあたへん」、是予(よ)が志なり。
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二宮翁夜話・巻之二弘化元年八月、其筋(すじ)より日光神領荒地起返(おこしかえ)し方申付る見込の趣(おもむき)、取調べ仕法書差出すべしと、翁(おきな)に命ぜらる、予(よ)が兄大沢勇助出府(しゅっぷ)し恐悦(きょうえつ)を翁に申す、予随(したが)へり、翁曰く、我(わが)本願(ほんがん)は、人々の心の田の荒蕪(こうぶ)を開拓して、天授(てんじゅ)の善種、仁義礼智を培養(ばいよう)して、善種を收獲(しゅうかく)し、又蒔(まき)返し蒔返して、国家に善種を蒔弘(まきひろ)むるにあり、然るに此度の命令は、土地の荒蕪の開拓なれば、我本願に違(たが)へるは汝(なんじ)が知る所ならずや、然るを遠く来て、此命あるを賀(が)すは何ぞや、本意に背(そむ)きたる命令なれど、命なれば余儀なし、及ばずながら、我輩も御手伝ひ致さんと、云はゞ悦ぶべし、然らざれば悦ばず、夫(それ)我道は、人々の心の荒蕪を開くを本意とす、心の荒蕪一人開くる時は、地の荒蕪は何万町あるも憂(うれ)ふるにたらざるが故なり、汝が村の如き、汝が兄一人の心の開拓の出来たるのみにて、一村速(すみやか)に一新せり、大学に、明徳を明にするにあり、民を新(あら)たにするにあり、至善に止(とど)まるにありと、明徳を明にするは心の開拓を云、汝が兄の明徳、少し斗(ばか)り明になるや直(すぐ)に一村の人民新になれり、徳の流行する、置郵(ちゆう)して命を伝ふるより速(すみやか)也とは此事也、帰国せば早く至善に止まるの法を立て父祖の恩に報ぜよ、是専務(せんむ)の事なり
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、農家は作物の為とのみ勤めて朝夕力を尽し、心を尽す時は、自然願はずして穀物蔵に満(みつ)るなり。穀物蔵にあれば呼ばずして魚売りも来り、小間物屋(こまものや)も来り、何もかも安楽自在なり。又村里を見るに籬(まがき)丈夫に住居の掃除も届き、積肥(つみごえ)沢山積重ねたるは、何となく福々(ふくぶく)しき。其家の田畑は隅々まで行届き出来、平(たいら)に穂先揃ひて見事なるものなり。又之に反して出来不平(ふびょう)にして穂先揃はず、稗(ひえ)あり艸(くさ)あり、何となく見苦しき田畑の作主(つくりぬし)の家は、籬も破れ、家居(いえい)不潔なるものなり。又一種不精者(ぶしょうもの)の困窮ながらも家居は清潔に住むあり、是は籬其外も行き届きたれど、家に俵(たわら)なく、農具なく、庭に積肥なく、何となくさみしきものなり。又人気(じんき)和せざる村里は四壁の竹木も不揃(ふぞろ)ひにて、道路悪敷(あしく)堰(せき)用水路に笹茂るなど見苦しきものなり、大凡(おおよそ)違はじ。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、山の裾(すそ)、また池のほとりなどの窪(くぼ)き田畑などには大古(たいこ)の池沼(ちしょう)などの、自(おのづか)ら埋(うま)りて田畑となりたる処ある物なり、此処(ここ)は、凡(すべ)て肥良(ひりょう)の土の多くある物なれば、尋(たず)ねて掘出して、麁田麁畑(そでんそばた)に入るゝ時は大なる益あり、是を尋ねて掘り出すは天に対し国に対しての勤(つとめ)なり、励(はげ)みて勤むべし。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、人の神魂(しんこん)に就(つ)きて、生ずる心を真心(まごころ)と云(い)う、則(すなわ)ち道心なり、身体に就きて生ずるを私心と云う、則ち人心なり、人心は譬(たと)えば、田畑に生ずる莠草(ゆうそう)の如し、勤(つと)めて耘(くさぎ)り去るべし、然(しか)せざれば、作物を害するが如く、道心を荒(あら)す物なり、勤めて私心の草を耘り、米麦を培養(ばいよう)するが如く、工夫を用い、仁義礼智の徳性(とくせい)を養(やしな)い育(そだ)つべし、是(これ)身を修(おさ)め家を斉(ととの)うるの勤なり。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、財を惜(おし)む者は、如何程(いかほど)愍然(びんぜん)の者を見るも扱(あつか)ふ事能(あた)はず。命を惜む者は、君の不能を見て強諫(きょうかん)すること能はず、又馬前(ばぜん)に死する事も能はず。此(か)くの如き者は農事も十分にする事は出来ざるべし。夫(そ)れ農は天変凶歳(きょうさい)風雨を恐れては、十分に肥(こやし)を用ひ、力を尽す事は出来ぬなり。損害は天に任せて、天下の農人(のうにん)は農をするなり。然(しか)るを況(いわ)んや仕官して君に仕ふる者をや、況(ま)して累代(るいだい)仕官の者をや。