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二宮翁夜話 / 続篇

翁曰、某村某は強欲にして積財を勤め、隣に艱難あるも救はず、貧窮に陥るあるも憐まず、金を貸すこと酷にして高利を貪り、恨を村里に結んで意とせず、其行ひ甚だ悪むべきが如し。然といへども其力を農事に尽す処を見る時は、近郷比類なし。耕種培養、能く時に先後せず、春は原野に草を刈り、秋は山林に落葉を掻き、夏は炎暑を厭はず、冬雪霜を侵し、晨に起き夜半に寝て、力を農事に尽せり。其勤農実に至れりと云べし、聖賢をして農業を勤めしむるも、之に過ぐべからず。其作物の為に尽せば、秋に至つて己に利ある事を了知すること、釈氏といへども又之に過ぐべからず。若し此理を人倫の間に用ひ、自ら能く勤むる所の農術を人に教へ、郷里の為に懇誠を尽さば、聖賢に彷彿たらん者なり。惜しひかな此地の賢人と呼ばれんものを、惜しひかな予之を諭しゝも悟る事能はず、惜しひかな。

書き下し

翁(おきな)曰(いわ)く、某村(ぼうそん)某(それがし)は強欲にして積財を勤め、隣に艱難(かんなん)あるも救はず、貧窮に陥(おちい)るあるも憐(あわ)れまず、金を貸すこと酷(こく)にして高利を貪(むさぼ)り、恨(うらみ)を村里に結んで意とせず、其行ひ甚だ悪(にく)むべきが如し。然(しか)といへども其力を農事に尽す処を見る時は、近郷比類なし。耕種培養(こうしゅばいよう)、能く時に先後せず、春は原野に草を刈り、秋は山林に落葉を掻(か)き、夏は炎暑を厭(いと)はず、冬雪霜を侵し、晨(あした)に起き夜半に寝(い)ねて、力を農事に尽せり。其勤農実に至れりと云ふべし、聖賢をして農業を勤めしむるも、之に過ぐべからず。其作物の為に尽せば、秋に至つて己に利ある事を了知すること、釈氏(しゃくし)といへども又之に過ぐべからず。若し此理を人倫の間に用ひ、自(みずか)ら能く勤むる所の農術を人に教へ、郷里の為に懇誠(こんせい)を尽さば、聖賢に彷彿(ほうふつ)たらん者なり。惜しひかな此地の賢人と呼ばれんものを、惜しひかな予之を諭しゝも悟る事能はず、惜しひかな。

現代語訳

翁(二宮尊徳)が言われた。ある村のある男は強欲で蓄財に励み、隣人が難儀していても救わず、貧困に陥っても憐れまず、金を貸すのに厳しく高利を貪り、村里の恨みを買っても気にかけない。その行いは実に憎むべきもののようだ。しかし、その男が農事に力を尽くす様子を見れば、近郷に並ぶ者がない。耕作も肥培も時機を逃さず、春は原野で草を刈り、秋は山林で落葉を掻き集め、夏は炎暑をいとわず、冬は雪霜を冒し、朝早く起きて夜中に寝て、農事に力を尽くしている。その農への勤勉は極みに達しているといえる。聖人賢人に農業をさせても、これ以上はできまい。作物のために尽くせば秋に自分の利益になると承知しているその見通しは、釈迦でさえこれ以上ではあるまい。もしこの道理を人と人との間に用い、自分がよく勤める農術を人に教え、郷里のために真心を尽くしたなら、聖賢にも近い人物となるだろう。惜しいことだ、この土地の賢人と呼ばれたはずの者を。惜しいことだ、私がこれを諭しても悟ることができない。惜しいことだ。

解説

強欲で人を顧みない男を、尊徳は一方的に断罪しません。その並外れた勤勉――時機を逃さず耕し、四季を通じて朝早く夜遅くまで働く姿を、聖賢や釈迦にも劣らぬと高く評価します。惜しむのは、その勤労と先を見通す力が自分の蓄財だけに向き、他者や郷里に及ばない点です。もしこの勤勉と道理を人倫に、すなわち推譲に振り向ければ、聖賢にも近い人物になれたはずだと、三度「惜しいかな」と嘆きます。優れた能力も、自分のためだけに使えば強欲となり、他者に推し及ぼせば徳となる。勤労と推譲は表裏一体だという報徳の核心が示されています。才能をどこに向けるかで人の価値が定まる――現代にも鋭く響く教えです。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳勤労推譲才能の使い道惜しいかな

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