二宮翁夜話 / 続篇
翁の家に出入る者曰く、予今日真岡にて聞きたり、同町と久下田町との間の道は、敷地の巾十一間なりと。道は公地なり、されば久下田町に米を運送して帰路に、路傍の艸を刈りて戻らんと考へたりと。翁曰、汝が屋敷は本歩は五畝歩なり、然るに壹反余あるべし。人来りて汝が屋敷の竹木を取らば如何、汝黙するや、能く思ふべし。仮令道路敷地といへども、自村と他村との区別あり、右様の事はいふべき事にあらず。隣家某の家敷は広し、さればとて余歩の地の竹木を伐取らんと云はゞ無道なり。自ら私の屋敷は余歩多し、竹木の入用の方は遠慮なく伐取らるゝも苦しからずと云ふは誠によし。路傍の艸も、久下田の町にて、道敷地十一間なれば、他村の人たりとも、馬を引て空しく帰るは損なり、艸を刈りて附行くもよろしと云はゞ誠に宜し、此方より刈取るも何かあらんと云ふは悪しゝ。思ふべきことなり。
新字:翁の家に出入る者曰く、予今日真岡にて聞きたり、同町と久下田町との間の道は、敷地の巾十一間なりと。道は公地なり、されば久下田町に米を運送して帰路に、路傍の艸を刈りて戻らんと考へたりと。翁曰、汝が屋敷は本歩は五畝歩なり、然るに壱反余あるべし。人来りて汝が屋敷の竹木を取らば如何、汝黙するや、能く思ふべし。仮令道路敷地といへども、自村と他村との区別あり、右様の事はいふべき事にあらず。隣家某の家敷は広し、さればとて余歩の地の竹木を伐取らんと云はゞ無道なり。自ら私の屋敷は余歩多し、竹木の入用の方は遠慮なく伐取らるゝも苦しからずと云ふは誠によし。路傍の艸も、久下田の町にて、道敷地十一間なれば、他村の人たりとも、馬を引て空しく帰るは損なり、艸を刈りて附行くもよろしと云はゞ誠に宜し、此方より刈取るも何かあらんと云ふは悪しゝ。思ふべきことなり。
書き下し
翁(おきな)の家に出入る者曰く、予(よ)今日真岡(もおか)にて聞きたり、同町と久下田町(くげたまち)との間の道は、敷地の巾(はば)十一間(けん)なりと。道は公地なり、されば久下田町に米を運送して帰路に、路傍(ろぼう)の艸(くさ)を刈りて戻らんと考へたりと。翁曰、汝(なんじ)が屋敷は本歩(ほんぶ)は五畝歩(せぶ)なり、然るに壹反(いったん)余あるべし。人来りて汝が屋敷の竹木を取らば如何(いかん)、汝黙するや、能く思ふべし。仮令(たとい)道路敷地といへども、自村(じそん)と他村との区別あり、右様(みぎよう)の事はいふべき事にあらず。隣家某(それがし)の家敷は広し、さればとて余歩(よぶ)の地の竹木を伐取(きりと)らんと云はゞ無道なり。自(みずか)ら私の屋敷は余歩多し、竹木の入用の方は遠慮なく伐取らるゝも苦しからずと云ふは誠によし。路傍の艸も、久下田の町にて、道敷地十一間なれば、他村の人たりとも、馬を引て空しく帰るは損なり、艸を刈りて附行(つけゆ)くもよろしと云はゞ誠に宜し、此方(こなた)より刈取るも何かあらんと云ふは悪しゝ。思ふべきことなり。
現代語訳
翁の家に出入りする者が言った。「私は今日、真岡でこう聞きました。真岡町と久下田町の間の道は、敷地の幅が十一間もあるそうです。道は公有地ですから、久下田町へ米を運んだ帰りに、道端の草を刈って戻ろうと思うのです」。翁(二宮尊徳)が言われた。「お前の屋敷は本来の面積は五畝歩なのに、実際は一反余りもあるだろう。もし人が来てお前の屋敷の竹木を取ったらどうする、黙っていられるか、よく考えてみよ。たとえ道路の敷地であっても、自分の村と他村の区別がある。そういうことは言うべきではない。隣家の屋敷は広い、だからといって余分な土地の竹木を伐り取ろうと言えば道理に外れる。むしろ自分の屋敷は余分が多い、竹木の入り用の方は遠慮なく伐り取ってくださって構わない、と言うのは実に立派だ。道端の草も、久下田の町で道の敷地が十一間あるのだから、他村の人であっても、馬を引いて手ぶらで帰るのは損だ、草を刈って持って行くとよい、と(その町の人が)言えば実に結構だ。だが自分の方から刈り取っても構うまい、と言うのは悪い。よく考えるべきことである」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、一村千石の高(たか)にて、戸数百戸あれば、一戸十石に当る。是(これ)其の村に住む者の天命なり、之より多きは富者といふべし、富者の務(つとめ)は譲(じょう)なりと。門人中一人進みて曰く、予(よ)村内にて天命に当れり、予は足ることを知りて、この天命に安んじて、勤倹(きんけん)を守り、年々不足なく暮しを立て、足れりとして金を積みて、田畑を買ふ事をなさず、是則(すなわ)ち譲道(じょうどう)に当るべしと。翁曰く、是は不貧(ふどん)といふべし、何ぞ譲といふことを得ん、此の如き論老仏者流(ろうぶつしゃりゅう)に多し、悪からずと雖(いへど)も、今一段上らざれば国家の用をなさず、然らざれば何を以て天恩四恩(てんおんしおん)に報ゆべき、夫(それ)勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖して、天命あることを知らず、道に志さず、飽迄(あくまで)も増殖を欲し、又自奉(じほう)にのみ費すは、云ふに足らざる小人(しょうじん)なり、其心志(しんし)奪(だつ)にあり。勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖する迄は同じといへども、爰(ここ)に於て天命あることを能(よ)く知り、道に志して譲道を行ひ、土地を改良し、土地を開き、国民を助くる、此の如くにしてこそ譲道を行ふと云ふべきなれ。此の如くにしてこそ国家の用ともなり、報徳ともなるなれ、何ぞ前の不貧者を譲者と云ふべけんや。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、我道は譲道(じょうどう)を貴(たっと)ぶ、譲道は富貴(ふうき)を永遠に保持するの道にして、富貴の者怠るべからざるの道なり、されば我道は富貴を永遠に維持するの道なりと云ふも不可なかるべし、されば富貴者たる者は、必(かならず)我道に入りて誠心(せいしん)相勤め、永遠に富貴を祈るべし。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、樹木老木(ろうぼく)となれば、枝葉(えだは)美(うるわ)しからず、痿縮(いしゅく)して衰(おとろ)ふる物なり。此(こ)の時大(おおい)に枝葉を伐(き)りすかせば、来春(らいしゅん)は枝葉瑞々(みずみず)敷(しく)、美しく出(い)づる物なり。人々の身代(しんだい)も是(これ)に同じ。初(はじ)めて家を興(おこ)す人は、自(おのづか)ら常人(じょうじん)と異(こと)なれば、百石(ひゃくこく)の身代にて五十石に暮すも、人の許すべけれど、其(そ)の子孫となれば、百石は百石丈(だけ)、二百石は二百石丈の事に、交際(こうさい)をせざれば、家内(かない)も奴婢(ぬひ)も他人も承知せざる物なり。故(ゆえ)に終(つい)に不足を生ず。不足を生じて、分限(ぶんげん)を引去(ひきさ)る事を知らざれば、必(かなら)ず滅亡(めつぼう)す。是(これ)自然の勢(いきおい)、免(まぬか)れざる処なり。故に予(よ)常に推譲(すいじょう)の道を教ゆ。推譲の道は百石の身代の者、五十石にて暮しを立て、五十石を譲るを云(い)ふ。此の推譲の法は我が教(おしえ)第一の法にして、則(すなわ)ち家産維持(いじ)且(かつ)漸次(ぜんじ)増殖の法方(ほうほう)なり。家産を永遠に維持すべき道は、此(こ)の外(ほか)になし。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、某村(ぼうそん)某(それがし)は強欲にして積財を勤め、隣に艱難(かんなん)あるも救はず、貧窮に陥(おちい)るあるも憐(あわ)れまず、金を貸すこと酷(こく)にして高利を貪(むさぼ)り、恨(うらみ)を村里に結んで意とせず、其行ひ甚だ悪(にく)むべきが如し。然(しか)といへども其力を農事に尽す処を見る時は、近郷比類なし。耕種培養(こうしゅばいよう)、能く時に先後せず、春は原野に草を刈り、秋は山林に落葉を掻(か)き、夏は炎暑を厭(いと)はず、冬雪霜を侵し、晨(あした)に起き夜半に寝(い)ねて、力を農事に尽せり。其勤農実に至れりと云ふべし、聖賢をして農業を勤めしむるも、之に過ぐべからず。其作物の為に尽せば、秋に至つて己に利ある事を了知すること、釈氏(しゃくし)といへども又之に過ぐべからず。若し此理を人倫の間に用ひ、自(みずか)ら能く勤むる所の農術を人に教へ、郷里の為に懇誠(こんせい)を尽さば、聖賢に彷彿(ほうふつ)たらん者なり。惜しひかな此地の賢人と呼ばれんものを、惜しひかな予之を諭しゝも悟る事能はず、惜しひかな。
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二宮翁夜話・巻之二道路の普請(ふしん)に人多く出居れり、小荷駄(にだ)馬驚(おど)き噪(さわ)ぎて静(しず)まらず、人々立噪(さわ)ぐを、馬士(まご)止めて静(しずか)に静にと云て手拭(てぬぐい)にて馬の目を隠(かく)し、額(ひたい)より面を撫(な)でたり、馬静(しず)りて過行く、翁(おきな)曰(いわ)く、馬士のする処、誠に宜(よろ)し、論語に、礼の用は和を尊しとす、小大是に因(よ)る、とあるに叶へり、予初(はじ)め野州物井(ものい)を治(おさ)めしも、此通りなり、噪立(さわだつ)を静(しず)むるは、此道理にあり、我物井を治し時、金は無利足に貸し、返さゞるも催促(さいそく)せず、無道なるをも敢(あえ)て咎(とが)めず、年貢も難儀(なんぎ)とあらば免(ゆる)すべしと云へり、然といへども、勤労(きんろう)し糞培(ふんばい)せざれば、米も麦も得られず、いやながらも、勤労すればこそ、芋(いも)も大根も食ふ事を得るなれ、難儀と思ふ年貢を出せばこそ、田畑も我物となりて、耕作も出来るなれと、只此理を諭(さと)し、己が分度を定めて、己を尽したるのみ、此の如くすれば、行れざる処なし、草木禽獣(きんじゅう)にも行るゝ道理なり、如何となれば、菓物(かぶつ)熟(じゅく)して、自然落るを待(まつ)の道理にして、只、我(が)の一字を去るのみ、我畑へ我植し茄子(なす)にても、我にてならする事は出来ず、理屈(りくつ)にては必ずならぬ物なり、此時理屈もやめ、我を捨て、肥(こやし)をすれば、なれと言ずしてなり、実法(みの)れと言ずしてみのる、我教は此道理を能(よ)くしるにあらざれば、行ふべからず
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、農家は作物の為とのみ勤めて朝夕力を尽し、心を尽す時は、自然願はずして穀物蔵に満(みつ)るなり。穀物蔵にあれば呼ばずして魚売りも来り、小間物屋(こまものや)も来り、何もかも安楽自在なり。又村里を見るに籬(まがき)丈夫に住居の掃除も届き、積肥(つみごえ)沢山積重ねたるは、何となく福々(ふくぶく)しき。其家の田畑は隅々まで行届き出来、平(たいら)に穂先揃ひて見事なるものなり。又之に反して出来不平(ふびょう)にして穂先揃はず、稗(ひえ)あり艸(くさ)あり、何となく見苦しき田畑の作主(つくりぬし)の家は、籬も破れ、家居(いえい)不潔なるものなり。又一種不精者(ぶしょうもの)の困窮ながらも家居は清潔に住むあり、是は籬其外も行き届きたれど、家に俵(たわら)なく、農具なく、庭に積肥なく、何となくさみしきものなり。又人気(じんき)和せざる村里は四壁の竹木も不揃(ふぞろ)ひにて、道路悪敷(あしく)堰(せき)用水路に笹茂るなど見苦しきものなり、大凡(おおよそ)違はじ。