二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、樹木老木となれば、枝葉美しからず、痿縮して衰ふる物なり、此時大に枝葉を伐すかせば、来春は枝葉瑞々敷、美しく出る物なり、人々の身代も是に同じ、初て家を興す人は、自ら常人と異なれば、百石の身代にて五十石に暮すも、人の許すべけれど、其子孫となれば、百石は百石丈、二百石は二百石丈の事に、交際をせざれば、家内も奴婢も他人も承知せざる物なり、故に終に不足を生ず、不足を生じて、分限を引去る事を知らざれば、必滅亡す、是自然の勢、免れざる処なり、故に予常に推譲の道を教ゆ、推譲の道は百石の身代の者、五十石にて暮しを立て、五十石を譲るを云、此推譲の法は我教第一の法にして、則家産維持且漸次増殖の法方なり、家産を永遠に維持すべき道は、此外になし。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、樹木老木(ろうぼく)となれば、枝葉(えだは)美(うるわ)しからず、痿縮(いしゅく)して衰(おとろ)ふる物なり。此(こ)の時大(おおい)に枝葉を伐(き)りすかせば、来春(らいしゅん)は枝葉瑞々(みずみず)敷(しく)、美しく出(い)づる物なり。人々の身代(しんだい)も是(これ)に同じ。初(はじ)めて家を興(おこ)す人は、自(おのづか)ら常人(じょうじん)と異(こと)なれば、百石(ひゃくこく)の身代にて五十石に暮すも、人の許すべけれど、其(そ)の子孫となれば、百石は百石丈(だけ)、二百石は二百石丈の事に、交際(こうさい)をせざれば、家内(かない)も奴婢(ぬひ)も他人も承知せざる物なり。故(ゆえ)に終(つい)に不足を生ず。不足を生じて、分限(ぶんげん)を引去(ひきさ)る事を知らざれば、必(かなら)ず滅亡(めつぼう)す。是(これ)自然の勢(いきおい)、免(まぬか)れざる処なり。故に予(よ)常に推譲(すいじょう)の道を教ゆ。推譲の道は百石の身代の者、五十石にて暮しを立て、五十石を譲るを云(い)ふ。此の推譲の法は我が教(おしえ)第一の法にして、則(すなわ)ち家産維持(いじ)且(かつ)漸次(ぜんじ)増殖の法方(ほうほう)なり。家産を永遠に維持すべき道は、此(こ)の外(ほか)になし。
現代語訳
翁が言われた。樹木も老木になると枝葉は美しくなくなり、しなびて衰えていくものだ。このとき思い切って枝葉を切りすかせば、翌春にはみずみずしく美しい枝葉が出てくる。人々の家計もこれと同じである。初めて一家を興す人は、もともと並の人とは違うから、百石の身代でありながら五十石相応の暮らしをしても、世間は大目に見てくれる。しかしその子孫の代になると、百石なら百石なりの、二百石なら二百石なりの付き合いをしなければ、家中の者も奉公人も他人も納得しない。だからやがて不足が生じる。不足が生じても身の程に応じて支出を切り下げることを知らなければ、必ず家は滅びる。これは自然のなりゆきで、逃れられないところだ。だから私は常に推譲の道を教えている。推譲の道とは、百石の身代の者が五十石で暮らしを立て、残る五十石を譲ることをいう。この推譲の法こそ私の教えの第一の法であり、家産を維持し、しだいに増やしていく方法なのだ。家産を永遠に維持する道は、これよりほかにない。