二宮翁夜話 / 続篇
翁曰、肉眼にて見れば見えざる所あり、心眼を以て見れば見えざる所なし。肉耳にて聞けば聞えざる所あり、心耳にて聞けば聞えざる所なし。これは禅家などの主張する所なり。世を治むるも、人を治むるも、徳を以てすると、法を以てするとの差別も又此の如し。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、肉眼(にくがん)にて見れば見えざる所あり、心眼(しんがん)を以て見れば見えざる所なし。肉耳(にくじ)にて聞けば聞えざる所あり、心耳(しんじ)にて聞けば聞えざる所なし。これは禅家(ぜんけ)などの主張する所なり。世を治むるも、人を治むるも、徳を以てすると、法を以てするとの差別(しゃべつ)も又此(か)くの如し。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。肉眼で見れば見えない所があるが、心の眼で見れば見えない所はない。肉の耳で聞けば聞こえない所があるが、心の耳で聞けば聞こえない所はない。これは禅宗などが主張するところである。世を治めるにも、人を治めるにも、徳をもって行うのと、法をもって行うのとの違いも、また同じことである。
解説
尊徳は禅の「心眼・心耳」の教えを借りて、統治の要諦を説きます。肉眼や肉耳では捉えられない民の心の機微も、心の眼と耳を澄ませば見え、聞こえてくる。そして世を治め人を治めるのに、法という外形で縛るやり方と、徳という内面の感化によるやり方があり、両者の差はこの肉眼と心眼の違いに等しいと言います。報徳の政治は、規則で人を取り締まるのではなく、至誠と徳をもって人の心に働きかけるもの。表面だけを見て制度で管理しようとすると本質を見落とす――現代のリーダーシップにおいても、数字や規則の奥にある人の心を見る眼の大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳心眼徳治至誠禅
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