二宮翁夜話 / 巻之五
翁曰、汝等勉強せよ、今日永代橋の橋上より詠むれば、肥取船に川水を汲み入れて、肥しを殖し居るなり、人々の尤も嫌ふ処の肥しを取るのみならず、かかる汚物すら、殖せば利益ある世の中なり、豈妙ならずや、凡そ万物不浄に極まれば、必ず清浄に帰り、清浄極まれば不浄に帰る、寒暑昼夜の旋転して止まざるに同じ、則ち天理なり、物皆然り、されば世の中に無用の物と云ふはあらざるなり、夫れ農業は不浄を以て、清浄に替ふるの妙術なり、人馴れて何とも思はざるのみ、能く考へば真に妙術と云ふべし、尊ぶべし、我が方法又然り、荒地を熟田に帰し、借財を無借になし、貧を富になし、苦を楽になすの法なれば也。
書き下し
翁曰く、汝等(なんじら)勉強せよ、今日永代橋(えいたいばし)の橋上より詠(なが)むれば、肥取船(こえとりぶね)に川水を汲み入れて、肥(こや)しを殖(ふや)し居るなり、人々の尤も嫌(きら)ふ処の肥しを取るのみならず、かかる汚(お)物すら、殖せば利益ある世の中なり、豈(あに)妙ならずや、凡そ万物不浄に極(きわ)まれば、必ず清浄に帰り、清浄極まれば不浄に帰る、寒暑昼夜の旋転(せんてん)して止まざるに同じ、則ち天理なり、物皆然り、されば世の中に無用の物と云ふはあらざるなり、夫れ農業は不浄を以て、清浄に替(か)ふるの妙術(みょうじゅつ)なり、人馴(な)れて何とも思はざるのみ、能く考へば真に妙術と云ふべし、尊(たっと)ぶべし、我が方法又然り、荒地を熟田(じゅくでん)に帰し、借財を無借になし、貧を富になし、苦を楽になすの法なれば也。
現代語訳
翁が言われた。お前たち、しっかり学べ。今日、永代橋の上から眺めると、肥取り船に川の水を汲み入れて肥やしを増やしている。人々が最も嫌う肥やしを取るばかりか、こうした汚物すら、増やせば利益になる世の中なのだ。なんとも妙ではないか。およそ万物は不浄が極まれば必ず清浄に帰り、清浄が極まれば不浄に帰る。寒暑や昼夜が回り続けて止まないのと同じで、これが天の理である。物はみなそうだ。だから世の中に無用の物というものはない。そもそも農業は不浄をもって清浄に変える妙術である。人は慣れて何とも思わないだけだ。よく考えれば本当に妙術というべきで、尊ぶべきものだ。私の方法もまた同じである。荒れ地を実り豊かな田に変え、借金を無借金にし、貧を富に変え、苦を楽に変える法なのだから。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、山の裾(すそ)、また池のほとりなどの窪(くぼ)き田畑などには大古(たいこ)の池沼(ちしょう)などの、自(おのづか)ら埋(うま)りて田畑となりたる処ある物なり、此処(ここ)は、凡(すべ)て肥良(ひりょう)の土の多くある物なれば、尋(たず)ねて掘出して、麁田麁畑(そでんそばた)に入るゝ時は大なる益あり、是を尋ねて掘り出すは天に対し国に対しての勤(つとめ)なり、励(はげ)みて勤むべし。
-
二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、人の心よりは、最上無類(さいじょうむるい)清浄(せいじょう)と思ふ米も、其(そ)の米の心よりは、糞水(ふんすい)を最上無類の好き物と思ふなるべし。是(これ)も又循環(じゅんかん)の理(り)なり。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、本来東西無し、また過不及(かふきゅう)無しなど云ふは、平(たいら)なる器を見て云ふ語なり、則(すなわ)ち本然(ほんぜん)の天理なり。既に一器あり、之に己(おのれ)あれば傾かざるを得ず、傾く時は其(そ)の器の中の水必ず前後左右に増減す、之を世に某(それがし)は厚運(こううん)、某は薄運(はくうん)などゝ云ふなり、是某と云ふ己がある故なり。己なき時は東西も無く遠近も無く、過不及もなし、是本然の天理なり。古語に「天運循環して往(ゆ)きて復(かえ)らざるなし」と云へり、是傾きたる器の水の増減するを云ふなり、某は厚運、某は薄運など云ふも則ち是なり。予(われ)が歌に「増減は器傾く水と見よ、あちらにませばこちらへるなり」皆此の通りなり、縦令(たとい)蓋をするも只目に見えぬのみ、水の増減するは疑ひなし。今爰(ここ)に薪を取りて自(みずか)ら焚(た)かずして売る者は、賎(いや)しきが如しといへども、夫(それ)丈けの運を増すなり、此の銭にて酒を呑めば、又直(ただち)に夫丈けの運を減らすなり。田畑へ肥(こや)しをする者は、眼前益無しといへども、秋に至れば実法(みの)り多し、此の時に則ち運をますなり。遊びなまけて田畑を麁作(そさく)したる者は、秋に至つて取実(しゅじつ)少し、爰に至つて運の減ずる事知るべし。皆明白にして愚夫愚婦(ぐふぐふ)といへども、此の道理は知るなるべし、此の道理を知つて能(よ)く勤むるは則ち道を悟りたるに同じ、是に於ては何を成すにも利益あるなり、是に反すれば何をなしても損失なり、誠に明白の理なり。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、財を惜(おし)む者は、如何程(いかほど)愍然(びんぜん)の者を見るも扱(あつか)ふ事能(あた)はず。命を惜む者は、君の不能を見て強諫(きょうかん)すること能はず、又馬前(ばぜん)に死する事も能はず。此(か)くの如き者は農事も十分にする事は出来ざるべし。夫(そ)れ農は天変凶歳(きょうさい)風雨を恐れては、十分に肥(こやし)を用ひ、力を尽す事は出来ぬなり。損害は天に任せて、天下の農人(のうにん)は農をするなり。然(しか)るを況(いわ)んや仕官して君に仕ふる者をや、況(ま)して累代(るいだい)仕官の者をや。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、農家は作物の為とのみ勤めて朝夕力を尽し、心を尽す時は、自然願はずして穀物蔵に満(みつ)るなり。穀物蔵にあれば呼ばずして魚売りも来り、小間物屋(こまものや)も来り、何もかも安楽自在なり。又村里を見るに籬(まがき)丈夫に住居の掃除も届き、積肥(つみごえ)沢山積重ねたるは、何となく福々(ふくぶく)しき。其家の田畑は隅々まで行届き出来、平(たいら)に穂先揃ひて見事なるものなり。又之に反して出来不平(ふびょう)にして穂先揃はず、稗(ひえ)あり艸(くさ)あり、何となく見苦しき田畑の作主(つくりぬし)の家は、籬も破れ、家居(いえい)不潔なるものなり。又一種不精者(ぶしょうもの)の困窮ながらも家居は清潔に住むあり、是は籬其外も行き届きたれど、家に俵(たわら)なく、農具なく、庭に積肥なく、何となくさみしきものなり。又人気(じんき)和せざる村里は四壁の竹木も不揃(ふぞろ)ひにて、道路悪敷(あしく)堰(せき)用水路に笹茂るなど見苦しきものなり、大凡(おおよそ)違はじ。
-
二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、世の中、とかく増減(ぞうげん)の事に付(つ)き、さわがしき事多かれど、世上(せじょう)に云ふ増減と云ふ物は、譬(たと)へば水を入(いれ)たる器(うつわ)の、彼方(かなた)此方(こなた)に傾(かたむ)くが如し、彼方増せば此方(こなた)へり、此方増せば彼方(かなた)減るのみ、水に於(おい)ては増減ある事なし、彼方にて田地(でんち)を買て悦(よろこ)べば、此方に田地を売て歎(なげ)く者あり、只(ただ)、彼方此方の違(たが)ひあるのみ、本来増減なし、予(よ)が歌に「増減は器傾(かたむ)く水と見よ」と云へる通り也(なり)、夫(それ)我道(わがみち)の尊(たっと)む増殖(ぞうしょく)の道は夫(それ)と異(こと)なり、直(ただち)に天地の化育(かいく)を賛成(さんせい)するの大道にして、米五合(ごごう)にても、麦一升(いっしょう)にても、芋(いも)一株(ひとかぶ)にても、天(あま)つ神の積置(つみおか)せらるる無尽蔵(むじんぞう)より、鍬(くわ)鎌(かま)の鍵(かぎ)を以て此世上(このせじょう)に取出(とりいだ)す大道なり、是を真の増殖の道と云ふ、尊むべし務(つと)むべし、「天(あま)つ日の恵(めぐみ)積置(つみおく)無尽蔵鍬(くわ)でほり出せ鎌(かま)でかりとれ」