二宮翁夜話 / 巻之五
某の村の名主押領ありとて、村中寄り集り、口才ある者に托して、出訴せんと噪ぎ立てり、翁其の村の重立ちたる者二三を呼びて曰、押領何程ぞ、曰、米二百俵余なるべし、翁曰、二百俵の米は少からずといへ共、之を金に替ふる時は八十円なり、村民九十余戸に割る時は一戸九十銭に足らず、村高に割る時は一石に八銭なり、然るに、名主組頭等は持高多し、外十石以上の所有者は三十戸なるべし、其の他は三石五石にして無高の者もあるべし、此の者に至りては取る物なく、縦令有るも、僅々の金なり、然るを箇様に噪ぎ立つるは大損にあらずや、此の件確証ありと云ふといへども、地頭の用役に関係ありと聞けば、容易には勝ち難し、縦令能く勝ち得るとも、入費莫大となり、寄合暇潰し、且つ銘々が内々の損迄を計算せば、大損は眼前なり、何となれば、未だ出訴せざるに数度の寄合ひ、下調べ等の為に費えたる金少からず、且つ彼は旧来の名主なり、之を止めて、跡に名主にすべき人物は誰なるぞ、予が見渡す処、是と指す者見えず、能々思慮すべき処なり、然れば向後押領の出来ざる様に厳に方法を設けて、悉く通ひ帳にて取立て、役場の帳簿法を改正し遣すべき間、願くは名主も其の儘置くにしかじ、其の儘に置かば、給料を半に減じ、半を村へ出さすべし、押領米の償ひ方は、予別に工夫あり、字某の荒蕪地は、云々の処より水を引かば田となるべし、此の地に一村の共有地、二町歩程は良田となるなり、之を開拓し遣すべき間、一同出訴を止めて、賃銭を取るべし、其の上寄合をする暇にて、共同して耕作せば、秋は七八十俵の米は受合なり、来秋は八九十俵、来々年は百俵を得べし、三ヶ年間は一同にて分け取り、四年目より開拓料を返済せよ、返済皆済の上は、一村永安の土台田地として法を立つべしと、懇々説諭せられたり、一同了承せりとの報あり、翁自ら集会場に臨み、説諭に服せしを賞讃し、酒肴を与へられ、且つ右の開拓は明朝早天より取り掛かり、賃銭は云々づつ払ふべし、遅参する事勿れと告げらる、一同拝謝し悦んで退散す、名主某も五ヶ年間、無給にて精勤致し度き旨を云ひ出でたり、翁曰、一村に取りての大難を僅々の金にて買ひ得たり、安き物なり、斯の如き災難あらば卿等も早く買ひ取るべし、一村修羅場に陥るべきを一挙にして、安楽国に引き止めたり、大知識の功徳に勝るなるべしとて、悦喜せられたり、翁の金員を投じ、無利子金を貸与して、紛議を解れし事枚挙に暇あらず、今其の一を記す。
書き下し
某(それがし)の村の名主押領(おうりょう)ありとて、村中寄り集(あつま)り、口才(こうさい)ある者に托(たく)して、出訴(しゅっそ)せんと噪(さわ)ぎ立てり、翁其の村の重立(おもだ)ちたる者二三を呼びて曰く、押領何程(いかほど)ぞ、曰く、米二百俵余なるべし、翁曰く、二百俵の米は少からずといへ共、之を金に替ふる時は八十円なり、村民九十余戸に割る時は一戸九十銭に足らず、村高(むらだか)に割る時は一石に八銭なり、然るに、名主組頭等は持高(もちだか)多し、外十石以上の所有者は三十戸なるべし、其の他は三石五石にして無高(むだか)の者もあるべし、此の者に至りては取る物なく、縦令(たとい)有るも、僅々(きんきん)の金なり、然るを箇様(かよう)に噪ぎ立つるは大損(だいそん)にあらずや、此の件確証ありと云ふといへども、地頭(じとう)の用役に関係ありと聞けば、容易には勝ち難(がた)し、縦令能く勝ち得るとも、入費莫大となり、寄合暇潰(ひまつぶ)し、且つ銘々が内々の損迄を計算せば、大損は眼前なり、何となれば、未だ出訴せざるに数度の寄合ひ、下調べ等の為に費(つい)えたる金少からず、且つ彼は旧来の名主なり、之を止めて、跡に名主にすべき人物は誰なるぞ、予が見渡す処、是と指す者見えず、能々(よくよく)思慮すべき処なり、然れば向後(きょうこう)押領の出来ざる様に厳に方法を設けて、悉(ことごと)く通ひ帳にて取立て、役場の帳簿法を改正し遣すべき間、願くは名主も其の儘(まま)置くにしかじ、其の儘に置かば、給料を半に減じ、半を村へ出さすべし、押領米の償(つぐな)ひ方は、予別に工夫あり、字某(あざそれがし)の荒蕪地(こうぶち)は、云々の処より水を引かば田となるべし、此の地に一村の共有地、二町歩(にちょうぶ)程は良田となるなり、之を開拓し遣すべき間、一同出訴を止めて、賃銭を取るべし、其の上寄合をする暇(いとま)にて、共同して耕作せば、秋は七八十俵の米は受合なり、来秋は八九十俵、来々年は百俵を得べし、三ヶ年間は一同にて分け取り、四年目より開拓料を返済せよ、返済皆済の上は、一村永安の土台田地として法を立つべしと、懇々(こんこん)説諭(せつゆ)せられたり、一同了承せりとの報あり、翁自ら集会場に臨(のぞ)み、説諭に服せしを賞讃(しょうさん)し、酒肴(しゅこう)を与へられ、且つ右の開拓は明朝早天(そうてん)より取り掛かり、賃銭は云々づつ払ふべし、遅参(ちさん)する事勿(なか)れと告げらる、一同拝謝(はいしゃ)し悦(よろこ)んで退散す、名主某も五ヶ年間、無給にて精勤致し度き旨を云ひ出でたり、翁曰く、一村に取りての大難を僅々の金にて買ひ得たり、安き物なり、斯の如き災難あらば卿等(けいら)も早く買ひ取るべし、一村修羅場(しゅらば)に陥(おちい)るべきを一挙にして、安楽国に引き止めたり、大知識の功徳(くどく)に勝(まさ)るなるべしとて、悦喜(えっき)せられたり、翁の金員を投じ、無利子金を貸与して、紛議(ふんぎ)を解(と)れし事枚挙(まいきょ)に暇(いとま)あらず、今其の一を記す。
現代語訳
ある村で名主が年貢を横領したといって、村中が寄り集まり、弁の立つ者に頼んで訴え出ようと騒ぎ立てた。翁はその村の主だった者二、三人を呼んで言われた。横領はいくらか。答えて、米二百俵あまりでしょう、と。翁は言われた。二百俵の米は少なくないとはいえ、金に換えれば八十円だ。村民九十余戸に割れば一戸九十銭に満たず、村の石高で割れば一石につき八銭だ。しかも名主や組頭らは持ち高が多く、ほかに十石以上の所有者が三十戸ほど、その他は三石五石で無高の者もいる。この者たちに至っては取り立てるものもなく、あってもわずかな金だ。それをこんなふうに騒ぎ立てるのは大損ではないか。この件は確証があるといっても、地頭の役人が関係していると聞けば、簡単には勝てない。たとえ勝てても、費用は莫大になり、寄合で暇をつぶし、各自の内々の損まで計算すれば、大損は目に見えている。なぜなら、まだ訴えてもいないのに何度も寄合や下調べで費やした金が少なくないからだ。しかも彼は代々の名主だ。これを辞めさせて、後任の名主にふさわしい人物は誰か。私が見渡したところ、これという者は見えない。よくよく考えるべきところだ。だから今後横領ができないように厳しく方法を設け、すべて通い帳で取り立て、役場の帳簿法を改めてやろう。願わくは名主もそのまま置くにこしたことはない。そのまま置くなら、給料を半分に減らし、半分を村へ出させよう。横領された米の償い方には、私に別の工夫がある。某という字の荒れ地は、しかじかの所から水を引けば田になる。この土地に一村の共有地、二町歩ほどが良田になる。これを開拓してやるから、一同訴えをやめて賃銭を取りなさい。その上、寄合をする暇に共同で耕作すれば、秋には七、八十俵の米は確実だ。来秋には八、九十俵、再来年には百俵を得られよう。三年間は一同で分け取り、四年目から開拓料を返済せよ。返済が済んだ上は、一村永安の土台となる田地として決まりを立てるがよい、と懇々と説き諭された。一同承知したとの報せがあった。翁は自ら集会場に出向き、説諭に従ったことを褒めたたえ、酒肴を与えられた。そして、この開拓は明朝早くから取りかかり、賃銭はしかじか払う、遅刻するな、と告げられた。一同は感謝し喜んで散会した。名主某も五年間、無給で精勤したいと申し出た。翁は言われた。一村にとっての大難をわずかな金で買い取れた。安いものだ。このような災難があれば君たちも早く買い取るがよい。一村が修羅場に陥るところを、一挙に安楽の国に引き止めた。高僧の功徳にもまさるだろう、と喜ばれた。翁が金銭を投じ、無利子で貸し与えて争いを解いたことは数え切れない。今その一つを記す。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
二宮翁夜話・巻之一同氏は、相馬(そうま)領内衆に抽(ぬき)んでゝ、仕法発業(しほうほつぎょう)を懇願せし人なり、仍(よっ)て同氏預りの、成田坪田(なりたつぼた)二村に開業(かいぎょう)也、仕法を行ふ僅(わず)かに一年にして、分度(ぶんど)外の米、四百拾俵を産出(うみいだ)せり、同氏蔵を建てて収め貯へ、凶歳の備へにせんとす、翁(おきな)曰(いわ)く、村里の興復を謀(はか)る者は、米金を蔵に収(おさ)むるを尊まず、此米金を村里の為に、遣(つか)ひ払ふを以て専務とする也、此遣ひ方の巧拙に依(よっ)て、興復に遅速を生ず、尤(もっと)も大切なり、凶荒(きょうこう)予備は仕法成就の時の事なり、今卿(きみ)が預りの、村里の仕法、昨年発業(ほつぎょう)なり、是より一村興復、永世安穏の規模を立(た)つべきなり、先(ま)づ是こそ、此村に取(とっ)て急務の事業なれと云ふ事を、能々(よくよく)協議して開拓なり、道路橋梁(きょうりょう)なり、窮民撫育(ぶいく)なり、尤も務むべきの急を先にし、又村里のために、利益多き事に着手し、害ある事を除くの法方に、遣ひ払ふべし、急務の事皆すまば、山林を仕立(した)つるもよろし、土性転換もよろし、非常飢疫(きえき)の予備尤もよろし、卿等(きみら)能々思考すべし。
-
二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、天保七年の十二月、桜町支配下四千石の村に諭(さと)し、毎家所持の米麦雑穀(ざっこく)の俵数(ひょうすう)を取調(とりしら)べさせ、米は勿論大小麦、大小豆、何にても一人に付き、俵数五俵づゝの割り合を以て、銘々(めいめい)貯(たくわ)へ置き、其の余所持の俵数は勝手次第に売出すべし、此の節程穀価(こくか)の高き事は、二度とあるまじ、誠に売るべき時は此の時なり、速(すみやか)に売りて金となすべし、金不用ならば、相当の利足(りそく)にて預(あず)り遣(つか)はすべし、且(かつ)当節売出すは、平年施(ほどこ)すよりも功徳多し、何方(いずかた)へなり共売出すべし、一人五俵の割に、不足の者、又貯(たくわえ)なき者の分は、当方にて慥(たしか)に備(そな)へ置くべき間、安心すべし、決して隠し置くに及ばず、詳細に取調べて届け出づべしと言ひて四千石村々の、毎戸の余分は売出させ、毎戸の不足の分は、郷蔵(ごうぐら)に積囲(つみかこ)ひ、其の余は漸次(ぜんじ)倉を開きて、烏山(からすやま)領を始め、皆他領他村へ出して救助したり、他の窮(きゅう)を救ふには先(ま)づ自分支配の村々の安心する様に方法を立て、而(しか)して後に他に及ぼすべし。
-
二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、予(よ)此の時駿州御厨(みくりや)郷、飢民の撫育(ぶいく)を扱(あつか)ふ、既に米金尽き術計(じゅっけい)なし、仍(よっ)て郷中に諭(さと)して曰く、昨年の不熟(ふじゅく)六十年に稀(まれ)なり、然(しか)りといへども、平年農業を出精して米麦を余し、心掛宜敷(よろしき)ものは差閊(さしつかえ)有るまじ、今飢(う)ゑる者は平年惰農(だのう)にして、米麦を取る事少く、遊楽を好み博奕(ばくえき)を好み飲酒に耽(ふけ)り、放蕩(ほうとう)無頼(ぶらい)心掛宜しからざる者なれば、飢ゑるは天罰と云ひて可なり、然らば救はず共可なるが如しといへ共、乞食(こじき)となるものを見よ、無頼悪行、是より甚しく、終(つい)に処を離れて、乞食する者なれば、悪(にく)むべきの極なり、されども、是をさへ憐(あわ)れんで、或は一銭を施し、或は一握(にぎり)の米麦を施すは、世間の通法なり、今日の飢民は、是と異(こと)なり、元一村同所に生れ同水をのみ同風に吹かれ、吉凶葬祭相共に、助け来れる因縁(いんねん)浅からねば、何ぞ見捨てて救はざるの理あらんや、今予飢民の為に、無利足(むりそく)十ケ年賦の金を貸与へて是を救はんとす、然りといへども飢ゑに望む程のものは、困究(こんきゅう)甚しければ、返納は必ず出来ざるべし、仍て来年より、差支なく救を受けざる者といへども、日々乞食に施すと思ひ、銭十文又廿(にじゅう)文を出すべし、其の以下中下のものは、銭七文又五文を出すべし、来年豊年ならば、天下豊かならん、御厨郷のみ、乞食に施さゞるも、国中の乞食、飢ゑる事あらじ、乞食に施す米銭を以て、彼が返納を補(おぎな)はゞ、自(みずか)ら損せずして、飢民を救ふべし、是(これ)両全(りょうぜん)の道にあらずや、と諭せしに郡中の者一同、感戴(かんたい)して承諾せり、仍て役所より、無利子金を十ケ年賦に貸渡して、大に救助する事を得たり、是上に一銭の損なくして、下に一人の飢民なく、安穏(あんのん)に飢饉を免(まぬが)れたり、此の時小田原領のみにして、救助せし人員を、村々より書上げたる処、四万三百九十余人なりき。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、夫(そ)れ人の紛議(ふんぎ)を解くは道徳の一つにて、世を救ふの一つなれど、又一つ心得べき事あり。訴訟の内済(ないさい)示談なり。是(これ)実に両全の道なれども、又弊害も少からず。予桜町にあり、近郷この扱(あつかい)といふ事盛に行はれて、訴訟甚だ繁(しげ)し。習つて察せず、法を厳にして之を制すれば、方今(ほうこん)の訴訟その幾分を減ずべし。如何(いかん)となれば此道にて内済の事を扱ふものを見るに、必ず智力もあり、弁才もあつて、白を黒にし、黒を白になすの奸人(かんじん)、表を餝(かざ)りて此事を業(ぎょう)の如くする者あり。この者よく弱を助け、強を拆(くじ)き、訴訟を内済して、衆の難を救ふが如く見ゆれども、竊(ひそか)にその内情を聞き、能く能く観察する時は、この紛議の因は此者に因(よ)りて発する事多し。それ村里に一紛議の起るや、或は激言して之を争はしめ、また和言を以て是を止め、始終その間に周旋(しゅうせん)して、利と誉とを己に取る奸人あり。然るに世の中不明にして是を尊み、是を用ふ。往時(おうじ)桜町に奸人あり、予先づ此者を退けぬれば、訴訟の事断然止み、柔善の者里正(りせい)たることを得たり。某(それがし)の如き好き人里正に居て、流来(るらい)の細民鰥寡孤独(かんかこどく)に至るまで、皆其利を利とすることを得るなり。凡(およ)そ国家を治むる者、前に云ふ所の如き奸民を退けて、良民を撫(ぶ)するを以て勤とすべし。人道は元(もと)作為の道なるが故に、農夫の勤めて草を去るが如く、悪民を去て良民を養はざれば、良民立つ事あたはず、良民立つ事能はざれば、邦家(ほうか)の衰廃見るべきなり。夫れ奸民は譬(たと)へば莠艸(ゆうそう)の如し、茂生すれば田園蕪廃(ぶはい)す、故に奸民志を得れば村里衰廃す。良民は譬へば稲の如し、莠艸を去らざれば稲栄えず、故に奸民を退けざれば良民困苦す。莠艸を去りて稲を助くるは農業なり、奸民を退けて良民を撫するは政事(せいじ)なり。夫れ農業を勤むるは下の職なり、政事を勤むるは上の職なり。下其職業に怠らざれば国豊饒(ほうじょう)す、上其職を勤むれば国用余りあり、上下各(おのおの)其職分を尽さば、天下平なるべし。故に古人も、政事をなすは農の田を作るが如しと云へり。夫れ農の業は莠艸を抜除して稲を肥すにあり、上の職は奸民を退けて良民を育するにあり。而(しか)して農は莠艸の悪むべきを知りて是を去るを勤とす。其上この奸民を愛して是を重んずるは過れり。彼の奸民は才力弁舌衆に越へ、是に加ふるに能く世事に馴れ、上下に通じて始終之をあやつりて事を起し、事を鎮め、その中間に立て利を己に占むる物なり。然るを人之を知らず、是を尊み之を用ふ、過てり。夫れ此の如きは莠艸を以て善とし、美とし、之を糞培(ふんばい)せば、邦家の衰へざる事を得んや。
-
二宮翁夜話・巻之二翁曰く、村里の興復は直(なおき)を挙(あぐ)るにあり、土地の開拓は沃(よく)土を挙るにあり。然るに善人は、兎角(とかく)に退(しりぞ)ひて引籠(ひきこ)る癖(くせ)ある物なり、勤(つと)めて引出さゞれば出でず。沃(よく)土は必ず卑(ひく)く窪(くぼ)き処にありて、掘出さゞれば顕(あらは)れぬ物なり。爰(ここ)に心付かずして開拓場をならす時は、沃(よく)土皆土中に埋(うずま)りて永世顕(あら)はれず、村里の損、是(これ)より大なるはなし。村里を興復する、又同じ理なり。善人を挙げて、隠(かく)れざる様にするを勤とすべし。又土地の改良を欲せば、沃(よく)土を掘出して田畑に入るべし。村里の興復は、善人を挙(あ)げ、出精人を賞誉(しょうよ)するにあり。是を賞誉するは、投票(とうひょう)を以て耕作出精にして品行宜しく心掛宜しき者を撰(えら)み、無利足金、旋回(せんかい)貸附法を行ふべし。此法は譬(たと)へば米を臼(うす)にて搗(つ)くが如し。杵(きね)は只臼の正中を搗(つ)くのみにして、臼の中の米、同一に白米となると同じ道理にて、返済さへ滞(とどこほ)らざれば、社中一同知らず知らず自然と富実すべし。而(しか)て返済の滞(とどこほ)るは、譬(たと)へば臼の米の返らざるが如し。是此仕法の大患(たいかん)なり。臼の米返らざる時は、村搗(むらつき)となりて折れ砕(くだ)くる物なり。此仕法にて返済滞(とどこほ)る時は、仕法痿靡(いび)して振(ふる)はざる物なり。貸附取扱(あつか)ひの時、能々(よくよく)注意し説諭(せつゆ)すべし。
-
二宮翁夜話・巻之五翁曰く、村里の衰廃(すいはい)を挙ぐるには、財を抛(なげう)たざれば、人進まず、財を抛つに道あり、受くる者其の恩に感ぜざれば、益なし、夫れ天下の広き、善人少からず、然りといへ共、汚俗(おぞく)を洗ひ、廃邑(はいゆう)を起すに足らざるは、皆其の道を得ざるが故なり、凡そ里長(りちょう)たる者、其の事に幹(かん)たる者は、必ず其の邑(むら)の富者なり、縦令善人にして能く施すとも、自ら驕奢(きょうしゃ)に居るゆゑに、受くる者、其の恩を恩とせず、只其の奢侈(しゃし)を羨(うらや)んで、自らの驕奢を止めず、分限を忘るるの過を改めず、故に益なきなり、是れに依りて村長たらん者自ら謙(けん)して驕らず、約にして奢らず、慎んで分限を守り、余財(よざい)を推譲(おしゆず)りて、村害を除き、村益を起し、窮(きゅう)を補(おぎな)ふ時は、其の誠意に感じ、驕奢を欲するの念も、富貴を羨むの念も、救ひ用捨(ようしゃ)を欲するの念も、皆散じて、勤労を厭(いと)はず、麁衣麁食(そいそしょく)を厭はず、分限を越すの過を恥ぢ、分限の内にするを楽とす、此の如くならざれば、廃邑を興(おこ)し、汚俗を一洗するに足らざるなり。