二宮翁夜話 / 巻之一
同氏は、相馬領内衆に抽んでゝ、仕法発業を懇願せし人なり、仍て同氏預りの、成田坪田二村に開業也、仕法を行ふ僅に一年にして、分度外の米、四百拾俵を産出せり、同氏蔵を建て収め貯へ、凶歳の備へにせんとす、翁曰、村里の興復を謀る者は、米金を蔵に収るを尊まず、此米金を村里の為に、遣ひ払ふを以て専務とする也、此遣ひ方の巧拙に依て、興復に遅速を生ず、尤大切なり、凶荒予備は仕法成就の時の事なり、今卿が預りの、村里の仕法、昨年発業なり、是より一村興復、永世安穏の規模を立べきなり、先づ是こそ、此村に取て急務の事業なれと云ふ事を、能々協議して開拓なり、道路橋梁なり、窮民撫育なり、尤務むべきの急を先にし、又村里のために、利益多き事に着手し、害ある事を除くの法方に、遣ひ払ふべし、急務の事皆すまば、山林を仕立るもよろし、土性転換もよろし、非常飢疫の予備尤よろし、卿等能々思考すべし。
書き下し
同氏は、相馬(そうま)領内衆に抽(ぬき)んでゝ、仕法発業(しほうほつぎょう)を懇願せし人なり、仍(よっ)て同氏預りの、成田坪田(なりたつぼた)二村に開業(かいぎょう)也、仕法を行ふ僅(わず)かに一年にして、分度(ぶんど)外の米、四百拾俵を産出(うみいだ)せり、同氏蔵を建てて収め貯へ、凶歳の備へにせんとす、翁(おきな)曰(いわ)く、村里の興復を謀(はか)る者は、米金を蔵に収(おさ)むるを尊まず、此米金を村里の為に、遣(つか)ひ払ふを以て専務とする也、此遣ひ方の巧拙に依(よっ)て、興復に遅速を生ず、尤(もっと)も大切なり、凶荒(きょうこう)予備は仕法成就の時の事なり、今卿(きみ)が預りの、村里の仕法、昨年発業(ほつぎょう)なり、是より一村興復、永世安穏の規模を立(た)つべきなり、先(ま)づ是こそ、此村に取(とっ)て急務の事業なれと云ふ事を、能々(よくよく)協議して開拓なり、道路橋梁(きょうりょう)なり、窮民撫育(ぶいく)なり、尤も務むべきの急を先にし、又村里のために、利益多き事に着手し、害ある事を除くの法方に、遣ひ払ふべし、急務の事皆すまば、山林を仕立(した)つるもよろし、土性転換もよろし、非常飢疫(きえき)の予備尤もよろし、卿等(きみら)能々思考すべし。
現代語訳
この人(高野某)は、相馬領内の人々に抜きんでて、報徳仕法の実施を熱心に願い出た人である。そこで彼が預かる成田・坪田の二村で仕法を始めた。仕法を行ってわずか一年で、分度を超えた米四百十俵を産み出した。彼は蔵を建ててこれを収め貯え、凶作の備えにしようとした。翁(尊徳)は言われた。「村里の復興を図る者は、米や金を蔵に収めることを尊ばない。この米金を村里のために使い払うことを本務とするのだ。この使い方の巧拙によって、復興の速い遅いが生じる。ここが最も大切だ。凶作への備蓄は仕法が成就したときのことである。今そなたが預かる村里の仕法は昨年始めたばかりだ。これから一村を復興させ、永く安穏に暮らせる仕組みを立てるべき時である。まずこれこそこの村にとって急務の事業だ、ということをよく協議せよ。開墾であれ、道路・橋であれ、困窮した民の世話であれ、最も務めるべき急務を先にし、また村里のために利益の多いことに着手し、害あることを除く方策に使い払うべきだ。急務がすべて済んだら、山林を育てるのもよく、土質の改良もよく、非常時の飢饉・疫病への備えも大いによい。そなたたち、よくよく考えよ」。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之二翁曰く、村里の興復は直(なおき)を挙(あぐ)るにあり、土地の開拓は沃(よく)土を挙るにあり。然るに善人は、兎角(とかく)に退(しりぞ)ひて引籠(ひきこ)る癖(くせ)ある物なり、勤(つと)めて引出さゞれば出でず。沃(よく)土は必ず卑(ひく)く窪(くぼ)き処にありて、掘出さゞれば顕(あらは)れぬ物なり。爰(ここ)に心付かずして開拓場をならす時は、沃(よく)土皆土中に埋(うずま)りて永世顕(あら)はれず、村里の損、是(これ)より大なるはなし。村里を興復する、又同じ理なり。善人を挙げて、隠(かく)れざる様にするを勤とすべし。又土地の改良を欲せば、沃(よく)土を掘出して田畑に入るべし。村里の興復は、善人を挙(あ)げ、出精人を賞誉(しょうよ)するにあり。是を賞誉するは、投票(とうひょう)を以て耕作出精にして品行宜しく心掛宜しき者を撰(えら)み、無利足金、旋回(せんかい)貸附法を行ふべし。此法は譬(たと)へば米を臼(うす)にて搗(つ)くが如し。杵(きね)は只臼の正中を搗(つ)くのみにして、臼の中の米、同一に白米となると同じ道理にて、返済さへ滞(とどこほ)らざれば、社中一同知らず知らず自然と富実すべし。而(しか)て返済の滞(とどこほ)るは、譬(たと)へば臼の米の返らざるが如し。是此仕法の大患(たいかん)なり。臼の米返らざる時は、村搗(むらつき)となりて折れ砕(くだ)くる物なり。此仕法にて返済滞(とどこほ)る時は、仕法痿靡(いび)して振(ふる)はざる物なり。貸附取扱(あつか)ひの時、能々(よくよく)注意し説諭(せつゆ)すべし。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、天保七年の十二月、桜町支配下四千石の村に諭(さと)し、毎家所持の米麦雑穀(ざっこく)の俵数(ひょうすう)を取調(とりしら)べさせ、米は勿論大小麦、大小豆、何にても一人に付き、俵数五俵づゝの割り合を以て、銘々(めいめい)貯(たくわ)へ置き、其の余所持の俵数は勝手次第に売出すべし、此の節程穀価(こくか)の高き事は、二度とあるまじ、誠に売るべき時は此の時なり、速(すみやか)に売りて金となすべし、金不用ならば、相当の利足(りそく)にて預(あず)り遣(つか)はすべし、且(かつ)当節売出すは、平年施(ほどこ)すよりも功徳多し、何方(いずかた)へなり共売出すべし、一人五俵の割に、不足の者、又貯(たくわえ)なき者の分は、当方にて慥(たしか)に備(そな)へ置くべき間、安心すべし、決して隠し置くに及ばず、詳細に取調べて届け出づべしと言ひて四千石村々の、毎戸の余分は売出させ、毎戸の不足の分は、郷蔵(ごうぐら)に積囲(つみかこ)ひ、其の余は漸次(ぜんじ)倉を開きて、烏山(からすやま)領を始め、皆他領他村へ出して救助したり、他の窮(きゅう)を救ふには先(ま)づ自分支配の村々の安心する様に方法を立て、而(しか)して後に他に及ぼすべし。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、凡(およ)そ事を成さんと欲せば、始に其(その)終を詳(つまびらか)にすべし、譬(たと)へば木を伐(き)るが如き、未(いま)だ伐らぬ前に、木の倒(たお)るゝ処を、詳に定めざれば、倒れんとする時に臨(のぞ)んで、如何(いか)共仕方無し、故に、予印旛沼(いんばぬま)を見分(けんぶん)する時も、仕上げ見分をも、一度にせんと云て、如何なる異変にても、失敗なき方法を工夫せり、相馬侯(そうまこう)、興国の方法依頼(いらい)の時も、着手より以前に百八十年の収納を調(しら)べて、分度(ぶんど)の基礎(きそ)を立たり、是(これ)荒地開拓、出来上りたる時の用心なり、我方法は分度を定むるを以て本とす、此分度を確乎(かっこ)と立て、之を守る事厳(げん)なれば、荒地何程あるも借財何程あるも、何をか懼(おそ)れ何をか患(うれ)へん、我(わが)富国安民の法は、分度を定むるの一ツなればなり、夫(それ)皇国は、皇国丈(だけ)にて限れり、此外へ広(ひろ)くする事は決してならず、然れば十石は十石、百石は百石、其分を守るの外に道はなし、百石を二百石に増し、千石を二千石に増す事は、一家にて相談はすべけれ共、一村一同に為る事は、決して出来ざるなり、是(これ)安きに似て甚(はなは)だ難事なり、故に分度を守るを我道の第一とす、能此理を明にして、分を守れば、誠に安穏(あんのん)にして、杉の実を取り、苗を仕立、山に植て、其成木を待て楽(たの)しむ事を得る也、分度を守らざれば先祖より譲(ゆず)られし大木の林を、一時に伐払(きりはら)ひても、間に合ぬ様に成行く事、眼前(がんぜん)なり、分度を越(こ)ゆるの過(あやまち)恐るべし、財産ある者は、一年の衣食、是にて足ると云処を定めて、分度として多少を論ぜず、分外を譲(ゆず)り、世の為をして年を積(つ)まば、其功徳無量なるべし、釈氏(しゃくし)は世を救(すく)はんが為に、国家をも妻子をも捨(す)てたり、世を救ふに志あらば、何ぞ我分度外を、譲る事のならざらんや。
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二宮翁夜話・巻之五某(それがし)の村の名主押領(おうりょう)ありとて、村中寄り集(あつま)り、口才(こうさい)ある者に托(たく)して、出訴(しゅっそ)せんと噪(さわ)ぎ立てり、翁其の村の重立(おもだ)ちたる者二三を呼びて曰く、押領何程(いかほど)ぞ、曰く、米二百俵余なるべし、翁曰く、二百俵の米は少からずといへ共、之を金に替ふる時は八十円なり、村民九十余戸に割る時は一戸九十銭に足らず、村高(むらだか)に割る時は一石に八銭なり、然るに、名主組頭等は持高(もちだか)多し、外十石以上の所有者は三十戸なるべし、其の他は三石五石にして無高(むだか)の者もあるべし、此の者に至りては取る物なく、縦令(たとい)有るも、僅々(きんきん)の金なり、然るを箇様(かよう)に噪ぎ立つるは大損(だいそん)にあらずや、此の件確証ありと云ふといへども、地頭(じとう)の用役に関係ありと聞けば、容易には勝ち難(がた)し、縦令能く勝ち得るとも、入費莫大となり、寄合暇潰(ひまつぶ)し、且つ銘々が内々の損迄を計算せば、大損は眼前なり、何となれば、未だ出訴せざるに数度の寄合ひ、下調べ等の為に費(つい)えたる金少からず、且つ彼は旧来の名主なり、之を止めて、跡に名主にすべき人物は誰なるぞ、予が見渡す処、是と指す者見えず、能々(よくよく)思慮すべき処なり、然れば向後(きょうこう)押領の出来ざる様に厳に方法を設けて、悉(ことごと)く通ひ帳にて取立て、役場の帳簿法を改正し遣すべき間、願くは名主も其の儘(まま)置くにしかじ、其の儘に置かば、給料を半に減じ、半を村へ出さすべし、押領米の償(つぐな)ひ方は、予別に工夫あり、字某(あざそれがし)の荒蕪地(こうぶち)は、云々の処より水を引かば田となるべし、此の地に一村の共有地、二町歩(にちょうぶ)程は良田となるなり、之を開拓し遣すべき間、一同出訴を止めて、賃銭を取るべし、其の上寄合をする暇(いとま)にて、共同して耕作せば、秋は七八十俵の米は受合なり、来秋は八九十俵、来々年は百俵を得べし、三ヶ年間は一同にて分け取り、四年目より開拓料を返済せよ、返済皆済の上は、一村永安の土台田地として法を立つべしと、懇々(こんこん)説諭(せつゆ)せられたり、一同了承せりとの報あり、翁自ら集会場に臨(のぞ)み、説諭に服せしを賞讃(しょうさん)し、酒肴(しゅこう)を与へられ、且つ右の開拓は明朝早天(そうてん)より取り掛かり、賃銭は云々づつ払ふべし、遅参(ちさん)する事勿(なか)れと告げらる、一同拝謝(はいしゃ)し悦(よろこ)んで退散す、名主某も五ヶ年間、無給にて精勤致し度き旨を云ひ出でたり、翁曰く、一村に取りての大難を僅々の金にて買ひ得たり、安き物なり、斯の如き災難あらば卿等(けいら)も早く買ひ取るべし、一村修羅場(しゅらば)に陥(おちい)るべきを一挙にして、安楽国に引き止めたり、大知識の功徳(くどく)に勝(まさ)るなるべしとて、悦喜(えっき)せられたり、翁の金員を投じ、無利子金を貸与して、紛議(ふんぎ)を解(と)れし事枚挙(まいきょ)に暇(いとま)あらず、今其の一を記す。
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二宮翁夜話・巻之五翁曰く、村里の衰廃(すいはい)を挙ぐるには、財を抛(なげう)たざれば、人進まず、財を抛つに道あり、受くる者其の恩に感ぜざれば、益なし、夫れ天下の広き、善人少からず、然りといへ共、汚俗(おぞく)を洗ひ、廃邑(はいゆう)を起すに足らざるは、皆其の道を得ざるが故なり、凡そ里長(りちょう)たる者、其の事に幹(かん)たる者は、必ず其の邑(むら)の富者なり、縦令善人にして能く施すとも、自ら驕奢(きょうしゃ)に居るゆゑに、受くる者、其の恩を恩とせず、只其の奢侈(しゃし)を羨(うらや)んで、自らの驕奢を止めず、分限を忘るるの過を改めず、故に益なきなり、是れに依りて村長たらん者自ら謙(けん)して驕らず、約にして奢らず、慎んで分限を守り、余財(よざい)を推譲(おしゆず)りて、村害を除き、村益を起し、窮(きゅう)を補(おぎな)ふ時は、其の誠意に感じ、驕奢を欲するの念も、富貴を羨むの念も、救ひ用捨(ようしゃ)を欲するの念も、皆散じて、勤労を厭(いと)はず、麁衣麁食(そいそしょく)を厭はず、分限を越すの過を恥ぢ、分限の内にするを楽とす、此の如くならざれば、廃邑を興(おこ)し、汚俗を一洗するに足らざるなり。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、一村千石の高(たか)にて、戸数百戸あれば、一戸十石に当る。是(これ)其の村に住む者の天命なり、之より多きは富者といふべし、富者の務(つとめ)は譲(じょう)なりと。門人中一人進みて曰く、予(よ)村内にて天命に当れり、予は足ることを知りて、この天命に安んじて、勤倹(きんけん)を守り、年々不足なく暮しを立て、足れりとして金を積みて、田畑を買ふ事をなさず、是則(すなわ)ち譲道(じょうどう)に当るべしと。翁曰く、是は不貧(ふどん)といふべし、何ぞ譲といふことを得ん、此の如き論老仏者流(ろうぶつしゃりゅう)に多し、悪からずと雖(いへど)も、今一段上らざれば国家の用をなさず、然らざれば何を以て天恩四恩(てんおんしおん)に報ゆべき、夫(それ)勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖して、天命あることを知らず、道に志さず、飽迄(あくまで)も増殖を欲し、又自奉(じほう)にのみ費すは、云ふに足らざる小人(しょうじん)なり、其心志(しんし)奪(だつ)にあり。勤倹以て財を積み、田畑を買求め、家産を増殖する迄は同じといへども、爰(ここ)に於て天命あることを能(よ)く知り、道に志して譲道を行ひ、土地を改良し、土地を開き、国民を助くる、此の如くにしてこそ譲道を行ふと云ふべきなれ。此の如くにしてこそ国家の用ともなり、報徳ともなるなれ、何ぞ前の不貧者を譲者と云ふべけんや。