二宮翁夜話 / 巻之五
翁、折々補労のために酒を用ひらる、曰、銘々酒量に応じて、大中小適意の盃を取り、各々自盃自酌たるべし、献酬する事勿れ、是宴を開くにあらず、只労を補はんがためなればなりと、或曰、我社中是を以て、酒宴の法と為すべし。
書き下し
翁(おきな)、折々補労(ほろう)のために酒を用ひらる、曰(いわ)く、銘々(めいめい)酒量に応じて、大中小適意(てきい)の盃(さかずき)を取り、各々(おのおの)自盃自酌(じはいじしゃく)たるべし、献酬(けんしゅう)する事勿(なか)れ、是宴を開くにあらず、只労を補(おぎな)はんがためなればなりと、或(あるひと)曰く、我社中(しゃちゅう)是を以て、酒宴の法と為すべし。
現代語訳
翁は、ときおり疲れを補うために酒を用いられた。そして言われた。めいめいが自分の酒量に応じて、大・中・小の好みの盃を取り、各自が自分の盃に自分で酌をしなさい。互いに盃をやりとりして注ぎ合うことはしてはならない。これは宴会を開くのではなく、ただ疲れを補うためなのだから、と。ある人が言った。我々の仲間は、これをもって酒宴の作法とすべきである。
解説
尊徳の酒の飲み方を伝える、短くも味わい深い一条です。疲れを補うために酒を用いるとき、各自が自分の酒量に合った盃を取り、手酌で飲む。互いに注ぎ合う「献酬」はしない――なぜなら宴会ではなく、あくまで労をねぎらうためだからだ、と説きます。ここには、酒を娯楽や交際の道具にせず、あくまで身体を養う手段として節度を保つ姿勢が表れています。飲みたい人が飲みたいだけ、無理な勧め合いをしない合理的なやり方は、勤労を第一とし度を越さない報徳の実践そのもの。酒席での過度な勧め合いに悩むこともある現代にとって、一人ひとりの適量を尊重するこの作法は、健康にも人間関係にもかなった知恵として今なお学ぶところがあります。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳節度勤労補労自盃自酌
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