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二宮翁夜話 / 巻之五

或問て曰、三年父の道を改めざるを孝と為す、とあり、然といへ共、父道不善ならば、改めずばあるべからず、翁曰、父の道誠に不善ならば、生前能諫め又他に依頼しても、改むべし、生前諫めて改るまでに及ばざるは、不善と云といへ共、不善と云程の事にはあらざる、明なり、然るを、没するを待て改るは、不孝にあらずして何ぞ、没後速に改んとならば、何ぞ生前諫て改めざる、生前諫ず改る事もせず、何ぞ没するを待て改るの理あらんや。

書き下し

或(あるひと)問(と)ひて曰(いわ)く、三年父の道を改(あらた)めざるを孝と為す、とあり、然(しか)りといへ共(ども)、父道(ふどう)不善ならば、改めずばあるべからず、翁(おきな)曰く、父の道誠(まこと)に不善ならば、生前能(よ)く諫(いさ)め又他に依頼(いらい)しても、改むべし、生前諫めて改るまでに及ばざるは、不善と云ふといへ共、不善と云ふ程の事にはあらざる、明(あきら)かなり、然るを、没(ぼっ)するを待ちて改るは、不孝にあらずして何ぞ、没後(もつご)速(すみやか)に改めんとならば、何ぞ生前諫(いさ)めて改めざる、生前諫めず改る事もせず、何ぞ没するを待ちて改るの理あらんや。

現代語訳

ある人が問うて言った。「三年間、父のやり方を改めないのを孝という」とある。しかしそうはいっても、父のやり方が善くないものなら、改めないわけにはいくまい。翁は言われた。父のやり方が本当に善くないものなら、存命中によく諫め、また他人の力を借りてでも改めさせるべきである。存命中に諫めても改めさせるまでには及ばない程度のことなら、善くないとはいっても、善くないと言うほどのことではないのは明らかだ。それなのに、父が亡くなるのを待って改めるのは、不孝でなくて何であろうか。死後すみやかに改めようというのなら、どうして存命中に諫めて改めさせなかったのか。存命中に諫めもせず改めもせず、どうして亡くなるのを待って改めるという道理があろうか。

解説

『論語』の「三年父の道を改めざるを孝と為す」をめぐる問答です。父のやり方が善くないなら改めるべきでは、という問いに、尊徳は歯切れよく答えます。本当に善くないなら、父の存命中にこそ懸命に諫め、他人の助けを借りてでも改めさせよ。逆に、生前に諫めるまでもない程度のことなら、それは大した問題ではない。生きているうちは何もせず、死を待って改めるのは孝どころか不孝である――と。ここには、至誠をもって正面から向き合う尊徳の実践的な倫理観がよく表れています。問題を先送りせず、相手が生きているうちに誠意を尽くして向き合えという教えは、家族や職場の人間関係に悩む現代の私たちにも、対話を後回しにしないことの大切さを説いています。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳至誠論語諫言

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