二宮翁夜話 / 巻之五
翁曰、何程富貴なり共、家法をば節倹に立て、驕奢に馴るゝ事を厳に禁ずべし、夫奢侈は不徳の源にして滅亡の基なり、如何となれば、奢侈を欲するよりして、利を貪るの念を増長し、慈善の心薄らぎ、自然欲深く成りて、吝嗇に陥り、夫より知らず知らず、職業も不正になり行きて、災を生ずる物なり、恐るべし、論語に、周公の才の美ありとも奢且吝なれば、其余は見るに足らず、とあり、家法は節倹に立て、我身能之を守り、驕奢に馴るる事なく、飯と汁木綿着物は身を助く、の真理を忘るる事勿れ、何事も習性となり馴れて常となりては、仕方無き物なり、遊楽に馴れば面白き事もなくなり、甘き物に馴るれば甘き物もなくなるなり、是自我が歓楽をも減ずるなり、日々勤労する者は、朔望の休日も楽みなり、盆正月は大なる楽みなり、是平日、勤労に馴るゝが故なり、此理を明弁して滅亡の基を断ち去るべし、且若き者は、酒を呑むも、烟草を吸ふも、月に四五度に限りて、酒好きとなる事勿れ、烟草好きとなる事勿れ、馴れて好となり、癖となりては生涯の損大なり、慎むべし。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、何程(なにほど)富貴なり共(とも)、家法をば節倹に立て、驕奢(きょうしゃ)に馴(な)るゝ事を厳(げん)に禁(きん)ずべし、夫(それ)奢侈(しゃし)は不徳の源にして滅(めつ)亡の基(もとい)なり、如何(いかん)となれば、奢侈を欲するよりして、利を貪(むさぼ)るの念を増長し、慈善の心薄(うす)らぎ、自然欲深く成りて、吝嗇(りんしょく)に陥(おちい)り、夫より知らず知らず、職業も不正になり行きて、災(わざわい)を生ずる物なり、恐るべし、論語に、周公の才の美ありとも奢(おご)り且(か)つ吝(やぶさ)かなれば、其余は見るに足らず、とあり、家法は節倹に立て、我身能(よ)く之を守り、驕奢に馴るる事なく、飯(めし)と汁(しる)木綿(もめん)着物は身を助く、の真理を忘るる事勿(なか)れ、何事も習(なら)ひ性となり馴(な)れて常となりては、仕方無き物なり、遊楽に馴(な)るれば面白き事もなくなり、甘(うま)き物に馴(な)るれば甘き物もなくなるなり、是(これ)自(みずか)ら我が歓楽をも減ずるなり、日々勤労(きんろう)する者は、朔望(さくぼう)の休日も楽みなり、盆(ぼん)正月は大なる楽みなり、是平日、勤労に馴るゝが故なり、此理を明弁して滅亡の基を断(た)ち去るべし、且(か)つ若き者は、酒を呑むも、烟草(たばこ)を吸ふも、月に四五度に限(かぎ)りて、酒好きとなる事勿れ、烟草好きとなる事勿れ、馴れて好(すき)となり、癖(くせ)となりては生涯の損大なり、慎(つつし)むべし。
現代語訳
翁が言われた。どれほど裕福であっても、家の掟は倹約に立て、おごり贅沢に慣れることを厳しく禁じなければならない。そもそも贅沢は不徳の源であり、滅亡のもとである。なぜなら、贅沢を欲するところから利益をむさぼる心が募り、慈善の心が薄れ、自然と欲深くなってけちに陥り、そこから知らず知らずのうちに仕事も不正になっていって、災いを生むからだ。恐るべきことである。論語に「周公ほどの立派な才能があっても、おごって物惜しみするようなら、その他は見るに値しない」とある。家の掟は倹約に立て、自分自身がよくこれを守り、おごり贅沢に慣れず、「飯と汁と木綿の着物こそ身を助ける」という真理を忘れてはならない。何事も習慣が性となり、慣れて当たり前になってしまえば、もう手のつけようがない。遊興に慣れれば面白いこともなくなり、うまい物に慣れればうまい物もなくなる。これは自分で自分の楽しみを減らしているのだ。日々勤労する者は、月初め月半ばの休日も楽しみであり、盆や正月は大きな楽しみである。これは平日、勤労に慣れているからだ。この道理をはっきりわきまえて、滅亡のもとを断ち切るべきである。さらに若い者は、酒を飲むのもたばこを吸うのも月に四、五度に限って、酒好きになってはいけない、たばこ好きになってはいけない。慣れて好みとなり癖となっては、生涯の損が大きい。慎むべきである。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、某藩士某(それがし)、東京(えど)詰にて、顕職(けんしょく)を勤めたり、一朝(いっちょう)退勤の命あり、帰国せんとす、予(よ)往(ゆ)きて暇(いとま)を告げ、且(か)つ曰く、卿(けい)が是迄(これまで)の驕奢(きょうしゃ)、実に意外の事なりといへども、職務なれば、是非(ぜひ)無し、今帰国せんとす、是迄用ふる処の、衣類諸道具等は皆分不相応の品なり、是を持帰る時は、卿が驕奢退かず、妻子厄介(やっかい)も同じく奢侈(しゃし)止(や)まざるべし、然(しか)る時は卿が家、財政の為に滅亡に至らん、恐(おそ)れざるべけんや、刀は折れず曲(まが)らざる利刀(りとう)の、外飾(がいしょく)なきを残(のこ)し、其他は衣類諸道具、一切是迄用ひし物品は残らず、親戚(しんせき)朋友(ほうゆう)懇意(こんい)出入(でいり)の者等に、形見として悉(ことごと)く与(あた)へ、不断着(ふだんぎ)寝巻(ねまき)の儘(まま)にて、只(ただ)妻子而已(のみ)を具(ぐ)して、帰国して、一品も国に持行(もちゆ)く事勿(なか)れ、是奢侈を退(しりぞ)け、驕意(きょうい)を断(た)つの秘伝也、然らざれば、妻子厄介迄染(し)み込んだる奢侈決して退かず、卿が家終(つい)に亡びん事鏡(かがみ)に掛(か)けて見るが如し、迷ふ勿れと懇々(こんこん)教へたれど、某用ふる事能(あた)はず、一品も残さず船(ふね)に積(つ)みて持帰り、此物品を売り売り生活を立て、終(つい)に売尽(うりつく)して、言ふ可(べ)からざるの困窮に陥(おちい)り果てたり、歎(たん)ずべし、是分限(ぶげん)を忘れ、驕奢に馴(な)れて、天をも恐れず人をも憚(はばか)らざるの過(あやまち)なり、我驕奢、誠に分に過ぎたりと心付かば、同藩(どうはん)に対しても、憚らずば有るべからず、是驕奢に馴れて自(みずか)ら驕奢と知らざるが故なり、歎ずべし
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二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、米は多く蔵につんで少しづゝ炊き、薪(たきぎ)は多く小屋に積んで焚く事は成る丈(たけ)少くし、衣服は着らるるやうに扱(こしら)へて、なる丈着ずして仕舞ひおくこそ、家を富(と)ますの術(じゅつ)なれ、則(すなわち)国家経済の根元なり、天下を富有にするの大道も、其実(そのじつ)この外にはあらぬなり。
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二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、世の中に事なしといへども、変なき事あたはず、是(これ)恐るべきの第一なり、変ありといへども、是を補ふの道あれば、変なきが如し、変ありて是を補ふ事あたはざれば、大変に至る、古語に、三年の貯蓄(たくわえ)なければ国にあらず、と云(い)へり、兵隊ありといへども、武具軍用備(そなわ)らざればすべきやうなし、只(ただ)国のみにあらず、家も又(また)然(しか)り、夫(それ)万(よろず)の事有余(ゆうよ)無(なけ)れば、必(かならず)差支(さしつか)へ出来(いでき)て家を保つ事能(あた)はず、然(しか)るをいはんや、国天下をや、人は云ふ、我が教(おしえ)、倹約を専(もっぱ)らにすと、倹約を専らとするにあらず、変に備(そなえ)んが爲(ため)なり、人は云ふ、我道(わがみち)、積財を勤(つと)むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが爲なり、古語に、飲食を薄うして孝を鬼神(きじん)に致し、衣服を悪(あし)うして美を黻冕(ふつべん)に致し、宮室を卑(いやし)うして力を溝洫(こうきょく)に尽すと、能々(よくよく)此(この)理を玩味(がんみ)せば、吝(りん)か倹(けん)か弁を待(また)ずして明かなるべし。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、富人(ふうじん)小道具を好む者は、大事は成し得ぬ物なり、貧人(ひんじん)履物(はきもの)足袋(たび)等を飾(かざ)る者は立身(りっしん)は出来ぬものなり、又(また)人の多く集り雑踏(ざっとう)する処には、好き履物をはく事勿(なか)れ、よき履物は紛失(ふんしつ)する事あり、悪(あ)しきをはきて紛失したる時は尋(たず)ねずして、更(さら)に買求(かいもと)めて履(は)きて帰るべし、混雑(こんざつ)の中にて、是(これ)を尋ねて人を煩(わずら)はすは、麁悪(そあく)なる履物をはきたるよりも見苦(みぐる)し。
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二宮翁夜話・巻之三翁曰く、某藩(それのはん)某氏老臣たる時、予礼譲謙遜(れいじょうけんそん)を勧(すす)むれども用ひず、後終(つい)に退けらる。今や困乏(こんぼう)甚(はなはだ)しくして今日を凌(しの)ぐ可からず。夫れ某氏は某藩衰廃(すいはい)危難の時に当て功あり、而して今斯の如く窮(きゅう)せり、是れ只登用せられたる時に分限の内にせざる過ちのみ。夫れ官威(かんい)盛んに富有自在の時は礼譲謙遜を尽し、官を退て後は遊楽驕奢(ゆうらくきょうしゃ)たるも害なし。然る時は一点の誹(そしり)なく、人其官を妬(ねた)まず。進んで勤苦し退て遊楽するは、昼勤て夜休息するが如く、進んでは富有に任せて遊楽驕奢に耽(ふけ)り、退て節倹(せっけん)を勤るは、譬ば昼休息して夜勤苦するが如し。進で遊楽すれば人誰か是を浦山(うらやま)ざらん、誰か是を妬まざらん。夫れ雲助(くもすけ)の重荷を負ふは酒食を恣(ほしいまま)にせんが為なり、遊楽驕奢をなさんが為に国の重職に居るは、雲助等が為る所に遠からず。重職に居る者、雲助の為る処に同じくして能く久安(きゅうあん)を保(たも)たんや。退けられたるは当然にして不幸にはあらざるべし。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、貧(ひん)となり富(とみ)となる、偶然(ぐうぜん)にあらず、富も因(よ)て来る処あり、貧も因て来る処あり、人皆貨財(かざい)は富者(ふうしゃ)の処に集ると思へ共(ども)然(しか)らず、節倹(せっけん)なる処と勉強(べんきょう)する処に集るなり、百円の身代(しんだい)の者、百円にて暮す時は、富の来る事なく貧の来る事なし、百円の身代を八十円にて暮し、七十円にて暮す時は、富是(これ)に帰(き)し財是に集る、百円の身代を百廿円(ひゃくにじゅうえん)にて暮し、百三拾円にて暮す時は、貧是に来り財是を去る、只(ただ)分外(ぶんがい)に進むと、分内(ぶんない)に退くとの違ひのみ、或歌(あるうた)に「有といへば有とや人の思ふらむ呼(よ)ば答ふる山彦(やまびこ)の声」と云(いえ)る如し、夫(そ)れ今有る物は今に無くなり、今無きものは今にあり、譬(たと)へば今有し銭のなくなりしは、物を買へば也、今無き銭の今あるは、勤(つと)むればなり、繩(なわ)一房(ひとふさ)なへば五厘(ごりん)手に入り、一日働けば十銭(じっせん)手に入る也、今手に入る十銭も、酒を呑めば直(じき)になし、明白疑(うたが)ひなき世の中なり、中庸(ちゅうよう)に曰く、誠なれば則(すなわ)ち明なり、明なれば則ち誠なりと、繩一房なへば五厘となり、五厘遣(や)れば繩一房来る、晴天白日(せいてんはくじつ)の世の中なり