二宮翁夜話 / 巻之一
翁曰、世の中に事なしといへども、変なき事あたはず、是恐るべきの第一なり、変ありといへども、是を補ふの道あれば、変なきが如し、変ありて是を補ふ事あたはざれば、大変に至る、古語に、三年の貯蓄なければ国にあらず、と云り、兵隊ありといへども、武具軍用備らざればすべきやうなし、只国のみにあらず、家も又然り、夫万の事有余無れば、必差支へ出来て家を保つ事能はず、然るをいはんや、国天下をや、人は云ふ、我が教、倹約を専らにすと、倹約を専らとするにあらず、変に備んが爲なり、人は云ふ、我道、積財を勤むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが爲なり、古語に、飲食を薄うして孝を鬼神に致し、衣服を悪うして美を黻冕に致し、宮室を卑して力を溝洫に尽すと、能々此理を玩味せば、吝か倹か弁を待ずして明かなるべし。
新字:翁曰、世の中に事なしといへども、変なき事あたはず、是恐るべきの第一なり、変ありといへども、是を補ふの道あれば、変なきが如し、変ありて是を補ふ事あたはざれば、大変に至る、古語に、三年の貯蓄なければ国にあらず、と云り、兵隊ありといへども、武具軍用備らざればすべきやうなし、只国のみにあらず、家も又然り、夫万の事有余無れば、必差支へ出来て家を保つ事能はず、然るをいはんや、国天下をや、人は云ふ、我が教、倹約を専らにすと、倹約を専らとするにあらず、変に備んが為なり、人は云ふ、我道、積財を勤むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが為なり、古語に、飲食を薄うして孝を鬼神に致し、衣服を悪うして美を黻冕に致し、宮室を卑して力を溝洫に尽すと、能々此理を玩味せば、吝か倹か弁を待ずして明かなるべし。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、世の中に事なしといへども、変なき事あたはず、是(これ)恐るべきの第一なり、変ありといへども、是を補ふの道あれば、変なきが如し、変ありて是を補ふ事あたはざれば、大変に至る、古語に、三年の貯蓄(たくわえ)なければ国にあらず、と云(い)へり、兵隊ありといへども、武具軍用備(そなわ)らざればすべきやうなし、只(ただ)国のみにあらず、家も又(また)然(しか)り、夫(それ)万(よろず)の事有余(ゆうよ)無(なけ)れば、必(かならず)差支(さしつか)へ出来(いでき)て家を保つ事能(あた)はず、然(しか)るをいはんや、国天下をや、人は云ふ、我が教(おしえ)、倹約を専(もっぱ)らにすと、倹約を専らとするにあらず、変に備(そなえ)んが爲(ため)なり、人は云ふ、我道(わがみち)、積財を勤(つと)むと、積財を勤るにあらず、世を救ひ世を開かんが爲なり、古語に、飲食を薄うして孝を鬼神(きじん)に致し、衣服を悪(あし)うして美を黻冕(ふつべん)に致し、宮室を卑(いやし)うして力を溝洫(こうきょく)に尽すと、能々(よくよく)此(この)理を玩味(がんみ)せば、吝(りん)か倹(けん)か弁を待(また)ずして明かなるべし。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。世の中に何事もないように見えても、変事が起こらないということはありえない。これを恐れるべき第一とせよ。変事があっても、これを補う備えがあれば、変事などなかったかのようにやり過ごせる。変事があってこれを補えなければ、大変な事態に至る。古語に「三年分の蓄えがなければ、国とはいえない」とある。兵隊がいても、武具や軍用の備えがなければ手の打ちようがない。国だけではない、家もまた同じだ。すべての事に余裕がなければ、必ず差し支えが生じて家を保てなくなる。まして国や天下ならなおさらである。人は言う、私の教えは倹約を第一とすると。だが倹約そのものが目的ではない、変事に備えるためである。人は言う、私の道は財を積むことを勧めると。だが財を積むこと自体が目的ではない、世を救い世を開くためである。古語に「飲食を質素にして孝を神々に尽くし、衣服を粗末にして美を祭服に尽くし、住まいを質素にして力を治水に尽くす」とある。よくよくこの道理を味わえば、けちなのか倹約なのかは、説明を待たずとも明らかであろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一前方に極め置くが覺の士、穿鑿せぬは不覺の士なり。覺の士といふは、事に逢うて仕たる樣に、前方に、それぐの仕樣を吟味し置きて、その時に出合ひ、仕果する者なり。不覺の士といふは、その時に至つて前方穿鑿せぬは、不覺の士と申し候。
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孟子・公孫丑章句上孟子曰、仁則榮、不仁則辱。今惡辱而居不仁、是猶惡濕而居下也。如惡之、莫如貴德而尊士。賢者在位、能者在職、國家閒暇。及是時明其政刑、雖大國、必畏之矣。詩云、迨天之未陰雨、徹彼桑土、綢繆牖戶。今此下民、或敢侮予。孔子曰、為此詩者、其知道乎。能治其國家、誰敢侮之。今國家閒暇。及是時般樂怠敖、是自求禍也。禍ᐻ無不自己求之者。詩云、永言配命、自求多ᐻ。太甲曰、天作孼猶可違。自作孼不可活。此之謂也。
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孫子・始計篇攻其無備,出其不意。
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孫子・虚実篇出其所不趨,趨其所不意。
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葉隠・聞書第二武士は草鞋を作り習へ、一里外へは一人一升の兵糧を持て前神右衛門は沓草鞋作り候事上手にて候。組被官抱へ候時も、「草鞋作り候や、この細工成らざる者は足もたずなり。」と申し候。又一里外へは、一人一升の兵糧を袋に入れ、附けさせ候。それ故、淺黃木綿の袋數多作り置き候。まづ、一升宛さへあれば、その内に才覺成り申し候。太閤様名護屋御下向の時、朱鞘の御大小に、又家康公の御家中の騎馬を太閤様へ御目に懸けられ候由。軍中にて第一の用意なり。今にても第一の用意なり。足半を御懸け候て、成瀬小吉紅の沓を鞘にかけ候時、上下の數萬人の用に立ち候に付て、咎草鞋一束もあるまじく候。されば、兼て心にかけ用意ある人の用に立ち候。尤も作り習ひ候はで叶はざる儀なり。芝原、山道、川中などにて、草鞋はすべき事なり。足半よく候となり。
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葉隠・聞書第二湛然和尚曰く「風鈴を懸けるのは風を知つて火の用心する爲」 湛然和尚風鈴を懸け置かれ、「音を愛するにてはなし、風を知りて火の用心すべき爲なり。大寺を持つ氣遣ひは火の用心計りなり。」と御申し候。風吹きには自身夜廻りなされ、一生火鉢の火を消されず、枕元に行燈、附木取揃へ置き、「俄の時ろたへて、火を早く立つる者なきものなり。」と御申し候。