二宮翁夜話 / 巻之一
翁曰、米は多く蔵につんで少しづゝ炊き、薪は多く小屋に積んで焚く事は成る丈少くし、衣服は着らるるやうに扱らへて、なる丈着ずして仕舞ひおくこそ、家を富すの術なれ、則国家経済の根元なり、天下を富有にするの大道も、其実この外にはあらぬなり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、米は多く蔵につんで少しづゝ炊き、薪(たきぎ)は多く小屋に積んで焚く事は成る丈(たけ)少くし、衣服は着らるるやうに扱(こしら)へて、なる丈着ずして仕舞ひおくこそ、家を富(と)ますの術(じゅつ)なれ、則(すなわち)国家経済の根元なり、天下を富有にするの大道も、其実(そのじつ)この外にはあらぬなり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。米は多く蔵に積んでおいて少しずつ炊き、薪は多く小屋に積んでおいて焚くのはできるだけ少なくし、衣服はちゃんと着られるように仕立てておいて、できるだけ着ずにしまっておく――これこそが家を富ませる術である。つまりは国家経済の根元だ。天下を豊かにする大道も、その実、これよりほかにはないのである。
解説
前条の富国論を、日々の暮らしの具体例に落とし込んだ一条です。米も薪も衣服も、蓄えは十分に持ちつつ消費は最小限に抑える――この一見つましい生活の術こそが、家を富ませ、ひいては国家経済を支える根元だと尊徳は説きます。持たないのではなく、十分に持ったうえで大切に使い、余りを蓄える。この姿勢が分度(身の丈に応じた支出の基準を定めること)と推譲(余剰を将来や他者へ譲ること)に直結します。家一軒を富ます術と、天下を豊かにする大道が「その実この外にはあらぬ」と同じ原理で貫かれている点に、尊徳の一貫した思想が表れています。現代でも、浪費を抑えつつ蓄えを厚くする家計の基本を、平易な言葉で教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳分度倹約貯蓄富国
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