二宮翁夜話 / 巻之五
桜町陣屋下に翁の家出入の畳職人、源吉といふ者あり、口を能きゝ、才ありといへ共、大酒遊惰なるが故に、困窮なり、年末に及んで、翁の許に来り、餅米の借用を乞へり、翁曰、汝が如く、年中家業を怠りて勤めず、銭あれば、酒を呑む者、正月なればとて、一年間勤苦勉励して、丹精したる者と同様に、餅を食んとするは、甚心得違ひなり、夫正月不意に来るにあらず、米偶然に得らるゝ物にあらず、正月は三百六十日明け暮れして来り、米は、春耕し夏耘り秋刈りて、初て米となる、汝春耕さず夏耘らず秋刈らず、故に米なきは当り前の事なり、されば正月なりとて、餅を食ふべき道理ある可からず、今貸すとも、何を以て返さんや、借りて返す道無き時は、罪人となるべし、正月餅が食たく思はゞ、今日より遊惰を改め、酒を止めて、山林に入て落葉を掻き、肥を拵らへ、来春田を作り米を得て、来々年の正月、餅を食ふべきなり、されば来年の正月は、己が過ちをくひて餅を食ふ事を止めよと、懇々説諭せられたり、源吉大に発明し、先非を悔ひ、私遊惰にして、家業を怠り酒を呑み、而て年中勉強せらるゝ人と同様に、餅を食て春を迎へんと思ひしは、全く心得違ひなりき、来年の正月は、餅を食はず過をくひて年を取り、今日より遊惰を改め、酒を止め、年明けなば、二日より家業を初め、刻苦勉励して、来々年の正月は、人並に餅を搗き祝ひ申べしと云ひ、教訓の懇切なるを厚く謝して、暇乞をし、しほしほと門を出づ、時に門人某、密に口ずさめる狂歌あり、「げんこうが一致ならねば年の暮畳重なるむねや苦しき」、翁此時金を握り居られて、源吉が門を出行くを見て俄に呼戻し、予が教訓能腹に入りたるか、源吉曰、誠に感銘せり、生涯忘れず、酒を止めて、勉強すべしと、翁則白米一俵餅米一俵金一両に大根芋等を添へて与へらる、是より、源吉生れ替りたるが如く成て、生涯を終れりと云、翁の教養に心を尽さるゝ事此の如し、此類枚挙に暇あらずといへども、今其一を記す。
書き下し
桜町陣屋下に翁の家出入りの畳職(たたみしょく)人、源吉といふ者あり、口を能(よ)く利(き)き、才ありといへ共、大酒遊惰(ゆうだ)なるが故に、困窮なり、年末に及んで、翁の許(もと)に来り、餅米の借用を乞(こ)へり、翁曰(いわ)く、汝(なんじ)が如く、年中家業を怠(おこた)りて勤めず、銭あれば、酒を呑む者、正月なればとて、一年間勤苦(きんく)勉励して、丹精したる者と同様に、餅を食(くら)はんとするは、甚(はなは)だ心得違ひなり、夫(それ)正月不意に来るにあらず、米偶然(ぐうぜん)に得らるゝ物にあらず、正月は三百六十日明け暮れして来り、米は、春耕(たがや)し夏耘(くさぎ)り秋刈りて、初めて米となる、汝春耕さず夏耘らず秋刈らず、故に米なきは当り前の事なり、されば正月なりとて、餅を食ふべき道理あるべからず、今貸すとも、何を以て返さんや、借りて返す道無き時は、罪人となるべし、正月餅が食(く)ひたく思はゞ、今日より遊惰を改め、酒を止めて、山林に入りて落葉を掻(か)き、肥(こやし)を拵(こしら)へ、来春田を作り米を得て、来々年の正月、餅を食ふべきなり、されば来年の正月は、己(おのれ)が過(あやま)ちを食ひて餅を食ふ事を止めよと、懇々(こんこん)説諭せられたり、源吉大に発明し、先非(せんぴ)を悔ひ、私遊惰にして、家業を怠り酒を呑み、而(しか)て年中勉強せらるゝ人と同様に、餅を食ひて春を迎へんと思ひしは、全(まった)く心得違ひなりき、来年の正月は、餅を食はず過ちを食ひて年を取り、今日より遊惰を改め、酒を止め、年明けなば、二日より家業を初め、刻苦(こっく)勉励して、来々年の正月は、人並に餅を搗(つ)き祝ひ申すべしと云ひ、教訓の懇切なるを厚く謝して、暇乞(いとまご)ひをし、しほしほと門を出づ、時に門人某(ぼう)、密(ひそ)かに口ずさめる狂歌あり、「げんこう(言行・源公)が一致ならねば年の暮畳(たたみ)重(かさ)なるむねや苦しき」、翁此の時金を握り居られて、源吉が門を出で行くを見て俄(にわか)に呼戻し、予が教訓能く腹に入りたるか、源吉曰く、誠に感銘せり、生涯忘れず、酒を止めて、勉強すべしと、翁則ち白米一俵餅米一俵金一両に大根芋等を添へて与へらる、是より、源吉生れ替りたるが如く成りて、生涯を終れりと云ふ、翁の教養に心を尽さるゝ事此の如し、此の類枚挙(まいきょ)に暇(いとま)あらずといへども、今其の一を記す。
現代語訳
桜町陣屋の下に、翁の家に出入りする畳職人で源吉という者がいた。口が達者で才もあったが、大酒飲みで怠け者なので困窮していた。年末になって翁のもとに来て、餅米を貸してほしいと乞うた。翁は言った。「おまえのように一年中家業を怠って勤めず、銭があれば酒を飲む者が、正月だからといって、一年間苦労して励み丹精した者と同じように餅を食おうとするのは、甚だ心得違いだ。そもそも正月は不意に来るのではない。米は偶然に得られるものではない。正月は三百六十日を明け暮れして来るのであり、米は春に耕し夏に草取りをし秋に刈って初めて米となる。おまえは春に耕さず夏に草取りせず秋に刈らない。だから米がないのは当たり前だ。ならば正月だからといって餅を食う道理があるはずがない。今貸したとしても、何をもって返すのか。借りて返す道がないときは罪人となるだろう。正月に餅を食いたいと思うなら、今日から怠けを改め、酒をやめて、山林に入って落葉を掻き集め肥料をこしらえ、来春田を作り米を得て、再来年の正月に餅を食うがよい。だから来年の正月は、自分の過ちを噛みしめて餅を食うのはやめよ」と懇々と説き諭された。源吉は大いに悟り、これまでの非を悔いて、「私は怠けて家業を怠り酒を飲み、それでいて一年中励んだ人と同じように餅を食って春を迎えようと思ったのは、全く心得違いでした。来年の正月は餅を食わず過ちを噛みしめて年を取り、今日から怠けを改め、酒をやめ、年が明けたら二日から家業を始め、刻苦勉励して、再来年の正月には人並みに餅を搗いて祝います」と言い、教訓の懇切なことを厚く感謝して暇乞いをし、しおしおと門を出た。そのとき門人の某がひそかに口ずさんだ狂歌があった。「言行(源公)が一致しないので、年の暮れに畳が重なって胸が苦しいことだ」。翁はこのとき金を握っておられたが、源吉が門を出て行くのを見て急に呼び戻し、「私の教訓はよく腹に入ったか」と問うた。源吉は「まことに感銘しました。生涯忘れません。酒をやめて勉強します」と答えた。翁はすぐに白米一俵、餅米一俵、金一両に大根や芋などを添えて与えられた。これより源吉は生まれ変わったようになって生涯を終えたという。翁が人を教え養うことに心を尽くされることはこの通りである。この類は枚挙にいとまがないが、今その一つを記す。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之三某村(ぼうそん)に貧人の若者あり、困窮(こんきゅう)甚(はなは)だしといへども、心掛宜(よろ)し。曰(いわ)く、我が貧窮は宿世(すくせ)の因なるべし、是(これ)余儀(よぎ)なき事なり、何卒(なにとぞ)して、田禄(でんろく)を復古し、老父母を安(やす)んぜんと云ひて、昼夜農事を勉強せり。或る人両親の意なりとて、嫁(よめ)を迎へん事を勧む。某(それがし)曰く、予(よ)至愚(しぐ)且つ無能無芸、金を得るの方を知らず、只農業を勉強するのみ。仍(よっ)て考ふるに、只妻を持つ事を遅くするの外、他に良策無しと決定(けつじょう)せりと云ひて、固辞す。翁是を聞きて曰く、善(よ)い哉(かな)其の志や。事を為さんと欲する者は勿論、一芸に志す者といへども、是を良策とすべし。如何(いか)となれば人の生涯は限りあり、年月は延(のば)すべからず。然(しか)らば妻を持つを遅くするの外、益を得るの策はあらざるべし。誠に善き志なり。神君の遺訓にも、己が好む処を避けて、嫌ふ処を専ら勤むべし、とあり。我が道は尤(もっと)も此の如き者を賞すべし、等閑(なおざり)に置くべからず、世話掛りたる者心得あるべし。夫(それ)世の中好む事を先にすれば、嫌ふ処忽(たちま)ちに来る、嫌ふ処を先にすれば、好む処求めずして来る。盗(ぬすみ)をなせば追手(おって)が来り、物を買へば代銀を取りに来る、金を借用すれば返済の期が来り、返さざれば差紙(さしがみ)が来る、是眼前の事なり。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、富と貧とは、元(もと)遠(とお)く隔(へだ)つ物にあらず、只(ただ)少しの隔(へだたり)なり、其本源(ほんげん)只一つの心得(こころえ)にあり、貧者は昨日の為に今日勤め、昨年の為に今年勤む、故に終身(しゅうしん)苦(くる)しんで其功なし、富者は明日の為に今日勤め、来年の為に今年勤め、安楽自在(あんらくじざい)にして、成す事成就(じょうじゅ)せずと云ふ事なし、然(しか)るを世の人、今日飲む酒無き時は、借りて飲み、今日食ふ米なき時は、又借りて食ふ、是(これ)貧窮(ひんきゅう)すべき元因(もといん)なり、今日薪(たきぎ)を取りて、明朝(みょうちょう)飯(めし)を炊(た)き、今夜繩(なわ)を索(な)ふて、明日籬(まがき)を結(むす)ばば、安心にして、差支(さしつか)へなし、然るを貧者の仕方は、明日取る薪にて、今夕(こんせき)の飯を炊かんとし、明夜索ふ繩を以て、今日籬を結ばんとするが如し、故に苦しんで功成らず、故に予(よ)常に曰く、貧者草を刈らんとする時、鎌(かま)なし、之を隣(となり)に借りて、草を刈る常の事なり、是貧窮を免(まぬか)るる事能(あた)はざるの元因なり、鎌なくば先(ま)づ日雇取(ひやといと)りを為すべし、此賃銭(ちんせん)を以て、鎌を買ひ求(もと)め、然る後に草を刈るべし、此道は則(すなわ)ち開闢元始(かいびゃくげんし)の大道に基(もとづ)く物なるが故に、卑怯(ひきょう)卑劣(ひれつ)の心なし、是神代(かみよ)の古(いにしえ)、豊芦原(とよあしはら)に天降(あまくだ)りし時の、神の御心(みこころ)なり、故に此心ある者は、富貴(ふうき)を得、此心無き者は、富貴を得る事能はず