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二宮翁夜話 / 巻之四

門人某、若年の過ちにて、所持品を質に入れ遣ひ捨てて退塾せり、某の兄なる者、再入塾を願ひ、金を出し、質入品を受戻して本人に渡さんとす、翁曰、質を受るは其分なりといへ共、彼は富家の子なり、生涯質入れなどの事は、為可き者にあらず、不束至極といへ共、心得違なれば是非なし、今改んと思はゞ、質入品は打捨て可なり、一日も質屋の手に掛りし衣服は、身に付じと云位の精神を立ざれば、生涯の事覚束なし、過と知らば速に改め、悪しと思はゞ速に去るべし、穢物手に付けば、速に洗ひ去るは世の常なり、何ぞ質入したる衣服を、受戻して、着用せんや、過て質を入れ、改めて受戻すは困窮家子弟の事なり、彼は忝も富貴の大徳を、生れ得てある大切の身なり、君子は固く窮すとある通り、小遣ひがなくば、遣はずに居り、只生れ得たる大徳を守りて失はざれば、必富家の婿と成て、安穏なるべし、此の如き大徳を、生れ得て有りながら、自此の大徳を捨、此大徳を失ふ時は、再取返す事出来ざる也、然る時は芸を以て活計を立るか、自稼がざれば、生活の道なきに至るべし、長芋すら腐れかゝりたるを、囲ふには、未腐れぬ処より切捨ざれば、腐り止らず、されば質に入たる衣類は、再身に附じと云精神を振起し、生れ得たる富貴の徳を失はざる勤こそ大切なれ、悪友に貸したる金も、又同く打捨べし、返さんと云とも、取る事勿れ、猶又貸すとも、悪友の縁を絶ち、悪友に近付ぬを専務とすべし、是能心得べき事なり、彼が如きは身分をさへ謹で、生れ得たる徳を失はざれば、生涯安穏にして、財宝は自然集り、随分他の窮をも救ふべき大徳、生れながら備る者なり、能此理を諭して誤らしむる事勿れ。

書き下し

門人某(それがし)、若年の過ちにて、所持品を質(しち)に入れ遣(つか)ひ捨(す)てて退塾(たいじゅく)せり、某の兄なる者、再(ふたた)び入塾(じゅく)を願ひ、金を出し、質(しち)入品を受戻(うけもど)して本人に渡さんとす、翁(おきな)曰(いわ)く、質を受るは其分なりといへ共、彼は富家の子なり、生涯質入れなどの事は、為(な)す可き者にあらず、不束(ふつつか)至極といへ共、心得違(ちがい)なれば是非なし、今改(あらた)めんと思はゞ、質入品は打捨て可なり、一日も質屋の手に掛りし衣服は、身に付(つけ)じと云位の精神を立ざれば、生涯の事覚束(おぼつか)なし、過(あやま)ちと知らば速(すみやか)に改め、悪(あ)しと思はゞ速に去るべし、穢(きたな)き物手に付けば、速に洗ひ去るは世の常なり、何ぞ質入したる衣服を、受戻して、着用せんや、過(あやま)て質を入れ、改めて受戻すは困窮家子弟の事なり、彼は忝(かたじけな)くも富貴の大徳を、生れ得てある大切の身なり、君子は固(かた)く窮(きゅう)すとある通り、小遣(づか)ひがなくば、遣はずに居り、只生れ得たる大徳を守りて失はざれば、必ず富家の婿(むこ)と成て、安穏(あんのん)なるべし、此の如き大徳を、生れ得て有りながら、自(みずか)ら此の大徳を捨、此大徳を失(うしな)ふ時は、再(ふたた)び取返す事出来ざる也、然る時は芸(げい)を以て活計(かっけい)を立るか、自(みずか)ら稼(かせ)がざれば、生活の道なきに至るべし、長芋すら腐(くさ)れかゝりたるを、囲(かこ)ふには、未(いま)だ腐(くさ)れぬ処より切捨ざれば、腐(くさ)り止らず、されば質に入たる衣類は、再(ふたた)び身に附じと云精神を振起(ふりおこ)し、生れ得たる富貴の徳を失はざる勤こそ大切なれ、悪友に貸したる金も、又同じく打捨べし、返さんと云とも、取る事勿(なか)れ、猶又貸すとも、悪友の縁(えん)を絶(た)ち、悪友に近付ぬを専務(せんむ)とすべし、是(これ)能心得べき事なり、彼が如きは身分をさへ謹(つつし)んで、生れ得たる徳を失はざれば、生涯安穏にして、財宝は自然集(あつま)り、随分他の窮(きゅう)をも救(すく)ふべき大徳、生れながら備(そなわ)る者なり、能此理を諭(さと)して誤(あやま)らしむる事勿れ。

現代語訳

門人のある者が、若気の過ちで持ち物を質に入れて使い果たし、塾を退いてしまった。その兄が、再入塾を願い出て、金を出し、質入れした品を受け戻して本人に渡そうとした。翁が言われた。質を受け戻すのは当然のことだが、彼は富家の子だ。一生涯、質入れなどをするような身分ではない。まったく不心得の極みだが、心得違いなのだから仕方がない。今、心を改めようと思うなら、質入れした品は捨ててしまってよい。「一日でも質屋の手にかかった衣服は身に着けまい」というくらいの気概を立てなければ、一生涯のことが心もとない。過ちと知ったら速やかに改め、悪いと思ったら速やかに去るべきだ。汚れた物が手についたら速やかに洗い去るのが世の常だ。どうして質入れした衣服を受け戻して着用しようか。過って質に入れ、改めて受け戻すのは困窮した家の子弟のすることだ。彼はかたじけなくも富貴という大きな徳を生まれながらに得ている大切な身だ。「君子は固く窮す(立派な人は窮しても取り乱さず節を守る)」とあるとおり、小遣いがなければ使わずにいて、ただ生まれ得た大徳を守って失わなければ、必ず富家の婿となって安らかに暮らせるだろう。このような大徳を生まれながらに持ちながら、自らその大徳を捨て失えば、二度と取り返せない。そうなれば芸で身を立てるか、自分で稼がなければ暮らしの道がなくなるだろう。長芋でさえ、腐りかけたものを貯えるには、まだ腐っていない所から切り捨てなければ腐りが止まらない。だから質に入れた衣類は「二度と身に着けまい」という気概を奮い起こし、生まれ得た富貴の徳を失わない努めこそ大切だ。悪友に貸した金もまた同じく捨ててしまえ。返すと言っても受け取るな。なお貸せと言っても、悪友との縁を絶ち、悪友に近づかないことを第一とせよ。これはよく心得るべきことだ。彼のような者は身分をさえ慎んで生まれ得た徳を失わなければ、生涯安らかで、財宝は自然に集まり、他人の窮乏をも十分に救えるほどの大徳を生まれながらに備えている者だ。よくこの理を諭して、誤らせてはならない。

解説

質入れという過ちを犯した富家の子弟について、尊徳は意外にも「質入れした品は受け戻すな、捨てよ」と説きます。腐りかけた長芋は腐った所より手前で切らねば腐りが止まらないように、過ちは中途半端に取り繕うのではなく、きっぱり断ち切る気概が大切だというのです。ここには報徳思想の「至誠」と、生まれ得た持ち場を尊ぶ発想があります。富貴もまた祖先から受け継いだ「大徳」であり、それを守り抜けば財は自然に集まり人をも救える。悪友との縁も、貸した金ごと断てと説くのは、環境を選ぶ決断力の重視です。過ちを認めたら速やかに改め、悪いと思ったら速やかに離れる――この潔さと、自らの土台を守る勤めは、誘惑や失敗に向き合う現代人にも通じる処世の知恵です。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳至誠過ちを改める富貴の徳悪友を絶つ

この一句を、あなたの毎日に。

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