二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、人の子たる者甚不孝なりといへども、若他人其親を譏る時は必怒るものなり、是父子の道天性なるが故に怒るなり、詩に曰く、汝の祖を思ふ事無からんや、と云り、うべなり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、人の子たる者甚(はなは)だ不孝なりといへども、若(も)し他人其(そ)の親を譏(そし)る時は必(かなら)ず怒(いか)るものなり、是(これ)父子の道天性なるが故に怒るなり、詩に曰く、汝(なんじ)の祖(そ)を思ふ事無からんや、と云へり、うべなり。
現代語訳
翁が言われた。人の子たる者が、たいそう親不孝であっても、もし他人がその親をそしるときには必ず怒るものだ。これは父子の道が天から授かった本性であるがゆえに怒るのである。詩経に「お前の祖先を思わないことがあろうか」とある。もっともなことだ。
解説
ごく短い一条ですが、親子の情が人の本性に根ざしていることを鋭く言い当てています。どんなに親不孝な子でも、他人が親を悪く言えば必ず腹を立てる――その怒りこそ、教えられずとも備わる天性の証だと尊徳は説きます。詩経の一句を引き、祖先を思う情は誰の心にも宿ると確かめます。報徳思想は、天地や父母から受けた恩に報いる「報徳」を根本に置きますが、その源が人の生まれつきの情にあることを示す一条です。理屈以前に湧き上がる自然な情を手がかりに、恩を自覚し報いていくこと――現代に生きる私たちにも、自分の内なる情から出発する誠実さの大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳父子の道天性孝恩
関連する章句
-
論語・為政篇子游孝を問う。子曰く、「今の孝者は、是れ能く養うと謂う。犬馬に至るまで、皆能く養うこと有り。敬せずんば、何を以て別たんや。」
-
論語・為政篇子夏孝を問う。子曰く、「色難し。事有れば弟子其の労に服し、酒食有れば先生に饌(まかな)う。曾て是を以て孝と為さんや。」
-
論語・学而篇子曰く、「父在せば其の志を観、父没すれば其の行いを観る。三年父の道を改むること無くんば、孝と謂う可し。」
-
論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
-
論語・為政篇孟懿子孝を問う。子曰く、「違(たが)うこと無かれ。」樊遅御(ぎょ)す。子之に告げて曰く、「孟孫我に孝を問う。我対えて曰く、違(たが)うこと無かれと。」樊遅が曰く、「何の謂(いい)ぞや。」子曰く、「生きては之に事(つか)うるに礼を以てし、死しては之を葬るに礼を以てし、之を祭るに礼を以てす。」
-
論語・里仁篇子曰く、三年父の道を改むること無きは、孝と謂う可し。