二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、火を制する物は水なり、陽を保つ物は陰なり、世に富者あるは貧者あるが為なり、此貧富の道理は、則寒暑昼夜陰陽水火男女、皆相持合て相続するに同じ、則循環の道理なり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、火を制(せい)する物は水なり、陽(よう)を保(たも)つ物は陰(いん)なり、世に富者あるは貧者あるが為なり、此(この)貧富の道理は、則(すなわ)ち寒暑昼夜陰陽水火男女、皆相持合(あいもちあい)て相続するに同じ、則(すなわ)ち循環(じゅんかん)の道理なり。
現代語訳
翁が言われた。火を抑えるものは水である。陽を保つものは陰である。世に富める者がいるのは、貧しい者がいるからだ。この貧富の道理は、寒暑・昼夜・陰陽・水火・男女がみな互いに支え合って続いていくのと同じことである。すなわち、めぐりめぐる循環の道理なのだ。
解説
水が火を制し、陰が陽を保つように、富と貧もまた対をなして互いに支え合う――尊徳は貧富を善悪の問題ではなく、天地を貫く循環の理として捉えます。富める者があるのは貧しい者があるからであり、両者は切り離せません。ここから導かれるのが推譲の思想です。富める者が余りを貧しい者や社会へ譲ることで、めぐりが健全に保たれ、共に永続する。富の独占ではなく循環こそが天の理にかなうという発想は、報徳思想の社会観の根幹です。現代の格差や富の再分配を考えるうえでも、対立ではなく相互依存として貧富をとらえるこの視点は示唆に富みます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳陰陽貧富循環推譲
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