二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、凡世の中は陰々と重りても立ず、陽々と重るも又同じ、陰陽々々と並び行るゝを定則とす、譬ば寒暑昼夜水火男女あるが如し、人の歩行も、右一歩左一歩、尺蠖虫も、屈ては伸び屈ては伸び、蛇も、左へ曲り右に曲りて、此の如くに行なり、畳の表や莚の如きも、下へ入ては上に出、上に出ては下に入り、麻布の麁きも羽二重の細なるも皆同じ、天理なるが故なり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、凡(およ)そ世の中は陰(いん)々と重(かさな)りても立ず、陽(よう)々と重るも又同じ、陰陽々々と並(なら)び行(おこなわ)るゝを定則とす、譬(たと)へば寒暑昼夜水火男女あるが如し、人の歩行も、右一歩左一歩、尺蠖(しゃくとり)虫も、屈(かが)みては伸(の)び屈ては伸び、蛇(へび)も、左へ曲(まが)り右に曲りて、此の如くに行(おこな)ふなり、畳(たたみ)の表(おもて)や莚(むしろ)の如きも、下へ入ては上に出、上に出ては下に入り、麻布(あさぬの)の麁(あら)きも羽二重(はぶたえ)の細(こまか)なるも皆同じ、天理なるが故なり。
現代語訳
翁が言われた。そもそも世の中は、陰ばかりが重なっても成り立たず、陽ばかりが重なってもまた同じで成り立たない。陰と陽が交互に並んで働くのを定まった法則とする。たとえば寒暑・昼夜・水火・男女があるようなものだ。人の歩みも右一歩、左一歩と交互に進む。尺取虫も屈んでは伸び、屈んでは伸びて進む。蛇も左へ曲がり右へ曲がって、このように進んでいく。畳の表や莚(むしろ)のようなものも、糸が下に入っては上に出、上に出ては下に入って織られている。目の粗い麻布も、きめ細かい羽二重も、みな同じ理屈だ。すべて天の理であるからだ。
解説
尺取虫の伸縮、蛇の蛇行、織物の縦横――尊徳は身近な例を重ねて、世界は陰と陽の交互の働きで成り立つと説きます。陰ばかり陽ばかりでは前に進まず、屈むからこそ伸び、退くからこそ進める。これは報徳思想の実践論と深く結びつきます。倹約して蓄え(陰)、それを推譲して活かす(陽)。勤労と休息、蓄積と分配が交互に働いてこそ、家も国も持続的に栄えるのです。一直線の膨張ではなく、リズムある往復こそが天の理だという洞察は、成長と停滞を繰り返す人生や経済の見方にも通じます。うまくいかない「屈む」局面を、次に伸びるための必然として受け止める知恵といえるでしょう。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳陰陽天理循環勤倹譲