二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、凡万物皆一ッにては、相続は出来ぬものなり、夫父母なくして生ずる物は草木なり、草木は空中に半分幹枝を発し、地中に半分根をさして生育すればなり、地を離れて相続する物は、男女二ッを結び合せて倫をなす、則網の目の如し、夫網は糸二筋を寄ては結び、寄ては結びして網となる、人倫も其如く、男と女とを結び合せて、相続する物なり、只人のみならず、動物皆然り、地を離れて相続する物は、一粒の種、二ッに割れ、其中より芽を生ず、一粒の内陰陽あるが如し、且天の火気を受け、地の水気を得て、地に根をさし、空に枝葉を発して生育す、則天地を父母とするなり、世人草木の地中に根をさして、空中に育する事をば知るといへ共、空中に枝葉を発して、土中に根を育する事を知らず、空中に枝葉を発するも、土中に根を張るも一理ならずや。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、凡(およ)そ万物(ばんぶつ)皆一(ひと)ツにては、相続(そうぞく)は出来ぬものなり、夫(それ)父母なくして生ずる物は草木なり、草木は空中に半分幹(かん)枝(し)を発(はっ)し、地中に半分根をさして生育すればなり、地を離(はな)れて相続する物は、男女二(ふた)ツを結(むす)び合せて倫(りん)をなす、則(すなわ)ち網(あみ)の目の如し、夫(それ)網は糸二筋(ふたすじ)を寄(よせ)ては結(むす)び、寄ては結びして網(あみ)となる、人倫も其(その)如く、男と女とを結び合せて、相続する物なり、只人のみならず、動物皆然り、地を離れて相続する物は、一粒の種、二(ふた)ツに割(わ)れ、其中より芽(め)を生ず、一粒の内陰陽(いんよう)あるが如し、且(かつ)天の火気を受け、地の水気を得て、地に根をさし、空に枝葉を発して生育す、則(すなわ)ち天地を父母とするなり、世人(せじん)草木の地中に根をさして、空中に育する事をば知るといへ共、空中に枝葉を発して、土中に根を育する事を知らず、空中に枝葉を発するも、土中に根を張るも一理ならずや。
現代語訳
翁が言われた。そもそも万物はどれも一つだけでは子孫を継ぐことができない。父母なくして生じるものは草木である。草木は空中に半分、幹や枝を伸ばし、地中に半分、根をさして育つからだ。地を離れて子孫を継ぐものは、男女の二つを結び合わせて人の道をなす。それはちょうど網の目のようなものだ。網は二筋の糸を寄せては結び、寄せては結びして網になる。人の道もそのとおりで、男と女を結び合わせて子孫を継ぐのである。人だけでなく動物もみな同じだ。植物で言えば、一粒の種が二つに割れ、その中から芽を生じる。一粒の内に陰陽があるようなものだ。しかも天の火気(日光の熱)を受け、地の水気を得て、地に根をさし、空に枝葉を伸ばして育つ。つまり天地を父母とするのである。世の人は、草木が地中に根をさして空中に育つことは知っていても、空中に枝葉を伸ばすことで土中の根が育つことは知らない。空に枝葉を伸ばすのも、土に根を張るのも、同じ一つの理ではないか。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、凡(およ)そ世の中は陰(いん)々と重(かさな)りても立ず、陽(よう)々と重るも又同じ、陰陽々々と並(なら)び行(おこなわ)るゝを定則とす、譬(たと)へば寒暑昼夜水火男女あるが如し、人の歩行も、右一歩左一歩、尺蠖(しゃくとり)虫も、屈(かが)みては伸(の)び屈ては伸び、蛇(へび)も、左へ曲(まが)り右に曲りて、此の如くに行(おこな)ふなり、畳(たたみ)の表(おもて)や莚(むしろ)の如きも、下へ入ては上に出、上に出ては下に入り、麻布(あさぬの)の麁(あら)きも羽二重(はぶたえ)の細(こまか)なるも皆同じ、天理なるが故なり。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、火を制(せい)する物は水なり、陽(よう)を保(たも)つ物は陰(いん)なり、世に富者あるは貧者あるが為なり、此(この)貧富の道理は、則(すなわ)ち寒暑昼夜陰陽水火男女、皆相持合(あいもちあい)て相続するに同じ、則(すなわ)ち循環(じゅんかん)の道理なり。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、汝輩(なんじら)能々(よくよく)思考せよ。恩を受けて報いざる事多かるべし、徳を受けて報ぜざる事少からざるべし。徳を報(むく)う事を知らざる者は、後来(こうらい)の栄(さか)えのみを願ひて、本(もと)を捨(すつ)るが故に、自然に幸福を失(うしな)ふ。能(よ)く徳を報う者は、後来の栄えを後にして、前(さき)の丹精を思ふが故に、自然幸福を受けて、富貴(ふうき)其(そ)の身を放(はな)れず。夫(そ)れ報徳は百行の長、万善の先と云ふべし。能く其の根元を押(お)し極めて見よ。身体(しんたい)の根元は父母の生育にあり、父母の根元は祖父母の丹誠(たんせい)にあり、祖父母の根元は其の父母の丹誠にあり。斯(か)くの如く極(きわ)まる時は、天地の命令に帰(き)す。されば天地は大父母なり、故に、元の父母と云へり。予(よ)が歌に「きのふより知らぬあしたのなつかしや元の父母ましませばこそ」。夫れ我も人も、一日も命長かれと願ふ心、惜(お)しひほしひの念、天下皆同じ。何となれば明日も明後日も、日輪(にちりん)出(いで)玉ひて、万世替(かわ)らじと思へばなり。若(も)し明日より日輪出でずと定まらば、如何(いか)にするや。此(こ)の時は一切の私心執着(しゅうじゃく)、惜しひほしひも有るべからず。されば天恩の有難き事は、誠に顕然(けんぜん)なるべし。能く思考せよ。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、樹木老木(ろうぼく)となれば、枝葉(えだは)美(うるわ)しからず、痿縮(いしゅく)して衰(おとろ)ふる物なり。此(こ)の時大(おおい)に枝葉を伐(き)りすかせば、来春(らいしゅん)は枝葉瑞々(みずみず)敷(しく)、美しく出(い)づる物なり。人々の身代(しんだい)も是(これ)に同じ。初(はじ)めて家を興(おこ)す人は、自(おのづか)ら常人(じょうじん)と異(こと)なれば、百石(ひゃくこく)の身代にて五十石に暮すも、人の許すべけれど、其(そ)の子孫となれば、百石は百石丈(だけ)、二百石は二百石丈の事に、交際(こうさい)をせざれば、家内(かない)も奴婢(ぬひ)も他人も承知せざる物なり。故(ゆえ)に終(つい)に不足を生ず。不足を生じて、分限(ぶんげん)を引去(ひきさ)る事を知らざれば、必(かなら)ず滅亡(めつぼう)す。是(これ)自然の勢(いきおい)、免(まぬか)れざる処なり。故に予(よ)常に推譲(すいじょう)の道を教ゆ。推譲の道は百石の身代の者、五十石にて暮しを立て、五十石を譲るを云(い)ふ。此の推譲の法は我が教(おしえ)第一の法にして、則(すなわ)ち家産維持(いじ)且(かつ)漸次(ぜんじ)増殖の法方(ほうほう)なり。家産を永遠に維持すべき道は、此(こ)の外(ほか)になし。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、世界元(もと)吉凶禍福(きっきょうかふく)苦楽生滅(くらくしょうめつ)なし、予(われ)が示せる一円図(いちえんず)の如し。而(しか)して是(これ)あるは、其(そ)の半(なかば)に己(おのれ)と云ふ者を置きて隔つる故なり。人は云ふ、万物土より生じて土に帰ると、是まだ尽さず、眼前の論なり、是は江戸人が旅客は品川より出づと云ふが如し、其の出京(しゅっきょう)は区々(まちまち)なるなり。艸木(そうもく)の春生育して秋枯るゝを見て、秋を無常(むじょう)といへども、農家にては秋実(じつ)を得て悦ぶなり、艸の上より見れば誠に無常なれども、種の上より見る時は有常(うじょう)なり。されば無常も無常にあらず、有常も有常にあらずと云ふべし。
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、儒(じゅ)に循環(じゅんかん)と云ひ、仏に輪転(りんてん)と云ふ、則(すなわ)ち天理なり。循環とは、春は秋になり暑は寒に成り、盛(せい)は衰(すい)に移(うつ)り富は貧に移るを云ふ。輪転と云ふも又同じ。而(しか)して仏道は輪転を脱(だっ)して、安楽国(あんらくこく)に往生(おうじょう)せん事を願ひ、儒は天命を畏(おそ)れ天に事(つか)へて泰山(たいざん)の安(やす)きを願ふなり。予(よ)が教ふる所は貧を富にし衰を盛にし、而して循環輪転を脱して、富盛(ふせい)の地に住せしむるの道なり。夫(それ)菓木(かぼく)今年大(おおい)に実法(みの)れば、翌年は必ず実法らざる物なり、是(これ)を世に年切(としぎ)りと云ふ、是循環輪転の理(り)にして然(しか)るなり。是を人為(じんい)を以て、年切りなしに毎年ならするには、枝を伐(き)りすかし、又莟(つぼみ)の時につみとりて花を減(へら)し、数度肥(こえ)を用ふれば、年切りなくして毎年同様に実法る物なり。人の身代に盛衰貧富あるは、則ち年切りなり。親は勉強(べんきょう)なれど子は遊惰(ゆうだ)とか、親は節倹(せっけん)なれど子は驕奢(きょうしゃ)とか、二代三代と続(つづ)かざるは、所謂(いわゆる)年切りにして循環輪転なり。此の年切りなからん事を願はゞ、菓木の法に俲(なら)ひて、予が推譲(すいじょう)の道を勤むべし。