二宮翁夜話 / 巻之四
青柳又左衛門曰、越後の国に、弘法大師の法力に依て、水油地中より湧き出、今に到て絶えずと。翁曰、奇は奇なりといへ共、只其一所のみ、尊ぶに足らず、我道は夫と異にして、尤奇也、何国にても、荒地を起して菜種を蒔、其実法を得て、是を油屋に送れば、種一斗にて、油二升は急度出て、永代絶へず、是皇国固有天祖伝来の大道にして、肉食妻帯暖衣飽食し、智愚賢不肖を分たず、天下の人をして、皆行はしむべし、是開闢以来相伝の大道にして、日月の照明ある限り、此世界有ん限り、間違ひなく行るゝ道なり、されば大師の法に勝れる、万々ならずや、且我道又大奇特あり、一銭の財なくして、四海の困窮を救ひ、普く施し海内を富饒にして猶余あるの法なり、其方法只分度を定るの一のみ、予是を相馬、細川、烏山、下館等の諸藩に伝ふ、然といへ共、是は諸侯大家にあらざれば、行ふべからざるの術なり、此外に又術あり、原野を変じて田畑となし、貧村を変じて福村となすの術なり、又愚夫愚婦をして、皆為さしむ可き術あり、山家に居て海魚を釣り、海浜に居て深山の薪を取り、草原より米麦を出し、争ずして必勝つの術なり、只一人をして、能せしむるのみにあらず、智愚を分たず、天下の人をして皆能せしむ、如何にも妙術にあらずや、能学んで国に帰り、能勤めよ。
書き下し
青柳又左衛門(あおやぎまたざえもん)曰(いわ)く、越後(えちご)の国に、弘法大師(こうぼうだいし)の法力(ほうりき)に依(よ)りて、水油(みずあぶら)地中より湧(わ)き出(い)で、今に到(いた)りて絶(た)えずと。翁(おきな)曰く、奇(き)は奇なりといへ共(ども)、只(ただ)其(そ)の一所(いっしょ)のみ、尊ぶに足らず。我が道は夫(それ)と異(こと)にして、尤(もっと)も奇也(なり)。何国(いずくに)にても、荒地(あれち)を起(おこ)して菜種(なたね)を蒔(ま)き、其の実法(みのり)を得て、是(これ)を油屋に送れば、種一斗にて、油二升は急度(きっと)出でて、永代(えいたい)絶えず。是皇国(こうこく)固有天祖(てんそ)伝来の大道にして、肉食妻帯(にくじきさいたい)暖衣飽食(だんいほうしょく)し、智愚(ちぐ)賢不肖(けんふしょう)を分たず、天下の人をして、皆行はしむべし。是開闢(かいびゃく)以来相伝の大道にして、日月(じつげつ)の照明ある限り、此の世界有らん限り、間違ひなく行はるゝ道なり。されば大師の法に勝れる、万々(ばんばん)ならずや。且(かつ)我が道又大奇特(だいきどく)あり、一銭の財なくして、四海(しかい)の困窮を救(すく)ひ、普(あまね)く施(ほどこ)し海内(かいだい)を富饒(ふにょう)にして猶(なお)余(あま)りあるの法なり。其の方法只分度(ぶんど)を定むるの一(いつ)のみ。予(よ)是を相馬(そうま)、細川、烏山(からすやま)、下館(しもだて)等の諸藩(しょはん)に伝ふ。然といへ共、是は諸侯大家(しょこうたいか)にあらざれば、行ふべからざるの術なり。此の外に又術あり、原野を変じて田畑となし、貧村を変じて福村(ふくそん)となすの術なり。又愚夫愚婦(ぐふぐふ)をして、皆為さしむべき術あり、山家(やまが)に居て海魚(かいぎょ)を釣(つ)り、海浜(かいひん)に居て深山の薪(たきぎ)を取り、草原より米麦を出し、争(あらそ)はずして必ず勝つの術なり。只一人をして、能(よ)くせしむるのみにあらず、智愚を分たず、天下の人をして皆能くせしむ、如何(いか)にも妙術にあらずや。能く学んで国に帰り、能く勤めよ。
現代語訳
青柳又左衛門が言った。越後の国に、弘法大師の法力によって地中から水油が湧き出し、今に至るまで絶えないと。翁が言われた。不思議は不思議だが、それはただその一か所だけのこと、尊ぶには足りない。私の道はそれとは違って、もっと不思議なものだ。どこの国でも、荒れ地を開いて菜種を蒔き、その実りを得て油屋に送れば、種一斗から油二升は必ず取れて、永久に絶えることがない。これは我が国固有の、天祖伝来の大道であって、肉食妻帯し暖衣飽食し、賢愚を問わず、天下の人すべてに行わせることができる。これは天地開闢以来伝わる大道であり、日月が照らす限り、この世界がある限り、間違いなく行われる道だ。だから大師の法力よりはるかに優れているではないか。そのうえ私の道にはさらに大きな不思議がある。一銭の財もなくして、四海の困窮を救い、あまねく施して国じゅうを豊かにしてなお余りがある方法だ。その方法はただ分度を定めるという一事だけである。私はこれを相馬・細川・烏山・下館などの諸藩に伝えた。とはいえ、これは大名や大家でなければ行えない術だ。このほかにも術がある。原野を田畑に変え、貧しい村を豊かな村に変える術だ。また凡庸な男女にもみな行える術がある。山里にいながら海の魚を釣り、海辺にいながら深山の薪を取り、草原から米麦を生み出し、争わずして必ず勝つ術だ。ただ一人にできるだけでなく、賢愚を問わず天下の人すべてにできる。まことに妙術ではないか。よく学んで国に帰り、しっかり勤めよ。
解説
この章句が説くこと
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老子・第20章学を絶てば憂い無し。唯と阿と、相去ること幾何ぞ。善と悪と、相去ること若何。人の畏るる所は、畏れざるべからず。荒としてそれ未だ央きざるかな。衆人は熙熙として、太牢を享くるが如く、春に台に登るが如し。我れ独り泊としてそれ未だ兆さず、嬰児の未だ孩わざるが如し。儽儽として帰する所無きが若し。衆人は皆な余り有るに、我れ独り遺れたるが若し。我れは愚人の心なるかな、沌沌たり。俗人は昭昭たるに、我れ独り昏昏たり。俗人は察察たるに、我れ独り悶悶たり。澹としてそれ海の若く、飂として止まる所無きが若し。衆人は皆な以うる有るに、我れ独り頑にして鄙に似たり。我れ独り人に異なりて、母に食わるるを貴ぶ。
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