二宮翁夜話 / 巻之四
翁曰、人の身代は大凡数ある物なり、譬ば鉢植の松の如し、鉢の大小に依て、松にも大小あり、緑を延次第にする時は、忽枯気付く物なり、年々に緑をつみ、枝をすかしてこそ美しく栄ゆるなれ、是心得べき事なり、此理をしらず、春は遊山に緑を延し、秋は月見に緑を延ばし、斯の如く、拠なき交際と云ては枝を出し、親類の付合と云ては梢を出し、分外に延び過ぎ、枝葉次第に殖へゆくを、伐捨ざる時は、身代の松の根、漸々に衰へて、枯れ果つべし、されば其鉢に応じたる枝葉を残し、不相応の枝葉をば年々伐すかすべし、尤肝要の事なり。
書き下し
翁曰く、人の身代(しんだい)は大凡(おおよそ)数ある物なり、譬(たと)えば鉢植(はちうえ)の松の如し、鉢の大小に依(よ)りて、松にも大小あり、緑(みどり)を延(の)び次第にする時は、忽(たちま)ち枯気(かれぎ)付く物なり、年々に緑をつみ、枝をすかしてこそ美(うるわ)しく栄(さか)ゆるなれ、是(これ)心得べき事なり、此の理をしらず、春は遊山(ゆさん)に緑を延ばし、秋は月見に緑を延ばし、斯(か)くの如く、拠(よりどころ)なき交際と云いては枝を出し、親類の付合と云いては梢(こずえ)を出し、分外(ぶんがい)に延び過ぎ、枝葉次第に殖(ふ)えゆくを、伐(き)り捨てざる時は、身代の松の根、漸々(ぜんぜん)に衰(おとろ)えて、枯れ果(は)つべし、されば其の鉢に応じたる枝葉を残し、不相応の枝葉をば年々伐(き)りすかすべし、尤(もっと)も肝要(かんよう)の事なり。
現代語訳
翁が言われた。人の身代にはおおよそ限度というものがある。たとえば鉢植えの松のようなものだ。鉢の大小によって松にも大小がある。緑(若枝)を伸びるにまかせておくと、たちまち枯れかかるものだ。毎年、緑を摘み枝をすかしてこそ、美しく栄えるのである。これは心得ておくべきことだ。この道理を知らず、春は遊山に緑を伸ばし、秋は月見に緑を伸ばし、このようによりどころのない付き合いといっては枝を出し、親類の付き合いといっては梢を出して、分をこえて伸びすぎ、枝葉が次第に増えていくのを切り捨てないでいると、身代という松の根はしだいに衰えて、ついには枯れ果ててしまう。だから、その鉢に応じた枝葉を残し、不相応な枝葉は毎年切りすかすべきである。これが最も肝要なことなのだ。
解説
家の財産を鉢植えの松にたとえた、分度の教えを説く一条です。鉢の大きさに応じて松の大きさが決まるように、身代には限度がある。若枝を伸ばし放題にすれば松は枯れてしまうから、毎年枝を摘みすかしてこそ美しく栄える――尊徳はこれを暮らしの戒めとします。遊興や不要な交際、見栄の付き合いに支出を広げ、分に過ぎた枝葉を切り捨てなければ、財産の根はやがて枯れてしまう。だからこそ身の丈(鉢)に応じた支出を残し、不相応なものは毎年切り詰めよというのです。これはまさに報徳思想の「分度」――収入の限度を定めて分相応に暮らす知恵そのものです。消費を煽られがちな現代の家計管理にも、そのまま生きる実践的な教えといえます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳分度身代倹約分相応
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