二宮翁夜話 / 巻之三
高野丹吾帰国せんとす、翁曰、伊勢の国鳥羽の湊より、相模国浦賀の湊までの間に、大風雨の時、船の掛るべき湊は、只伊豆国の下田湊のみ、故に燈明台あり、大風雨の時は、この燈台の明りを目的として、往来の船は下田湊に入るなり、此脇に妻良子浦と云処あり、岸巌高く大岩多く、船路なき処なり、此辺に悪民有て風雨の夜、此処の岸上に焚きて、下田の燈台と、見違ふ様にしければ、難風を凌がんと、燈台を見当に走り来る船、燈台の火と見紛ひ入り来る勢ひに、大岩に当り破船すること数度なり、この破船の積荷物品を奪ひ、取隠し置て分配せし事、度々有りし由、終には発覚し皆刑せられたりと聞けり、己が聊の欲心の為に、船を破り人命を損じ、物品を流失せしむ、悪き仕業ならずや、我仕法にも又是に似たる事あり、烏山の燈台は菅谷氏なり、細川家の燈台は中村氏なるに、二氏の精神半途に変じ、前の居処と違へるが為に、二藩の仕法目的を失ひ今困難に陥れり、仮初にも、人の師表たらん者、恐れざるべけんや、慎まざるべけんや、貴藩の如きは、草野氏池田氏の如き、大燈明上にあれば、安心なりといへども、卿も又成田坪田二村の為には大燈明なり、万一心を動かし、居処を移すが如き事あらば、二村の仕法の破れん事、船の岩に当れるが如し、されば二村の盛衰安危、卿が一身にあり、能々感銘せらるべし、二村の為卿が為、此上もなき大事なり、卿能く此決心を定め、不動仏の、猛火背を焼くといへども、動かざる如くならば、二村の成業に於ては袋中の物を探るよりも安し、卿が心さへ動かざれば、村民は卿を目的となし、船頭の船路を見て、おも柁取柁と呼が如く、驕奢に流れぬ様おも柁と呼で直し、遊惰に流ぬ様取り柁と呼で漕ぐのみ、然る時は興国安民の宝船、卿が所有の成田丸坪田丸は、成就の岸に、安着せん事疑ひなし、此時君公の御悦びは如何計りぞや、草野池田の二氏の満足も如何計ならんや、勤めよや勤めよや
新字:高野丹吾帰国せんとす、翁曰、伊勢の国鳥羽の湊より、相模国浦賀の湊までの間に、大風雨の時、船の掛るべき湊は、只伊豆国の下田湊のみ、故に灯明台あり、大風雨の時は、この灯台の明りを目的として、往来の船は下田湊に入るなり、此脇に妻良子浦と云処あり、岸巌高く大岩多く、船路なき処なり、此辺に悪民有て風雨の夜、此処の岸上に焚きて、下田の灯台と、見違ふ様にしければ、難風を凌がんと、灯台を見当に走り来る船、灯台の火と見紛ひ入り来る勢ひに、大岩に当り破船すること数度なり、この破船の積荷物品を奪ひ、取隠し置て分配せし事、度々有りし由、終には発覚し皆刑せられたりと聞けり、己が聊の欲心の為に、船を破り人命を損じ、物品を流失せしむ、悪き仕業ならずや、我仕法にも又是に似たる事あり、烏山の灯台は菅谷氏なり、細川家の灯台は中村氏なるに、二氏の精神半途に変じ、前の居処と違へるが為に、二藩の仕法目的を失ひ今困難に陥れり、仮初にも、人の師表たらん者、恐れざるべけんや、慎まざるべけんや、貴藩の如きは、草野氏池田氏の如き、大灯明上にあれば、安心なりといへども、卿も又成田坪田二村の為には大灯明なり、万一心を動かし、居処を移すが如き事あらば、二村の仕法の破れん事、船の岩に当れるが如し、されば二村の盛衰安危、卿が一身にあり、能々感銘せらるべし、二村の為卿が為、此上もなき大事なり、卿能く此決心を定め、不動仏の、猛火背を焼くといへども、動かざる如くならば、二村の成業に於ては袋中の物を探るよりも安し、卿が心さへ動かざれば、村民は卿を目的となし、船頭の船路を見て、おも柁取柁と呼が如く、驕奢に流れぬ様おも柁と呼で直し、遊惰に流ぬ様取り柁と呼で漕ぐのみ、然る時は興国安民の宝船、卿が所有の成田丸坪田丸は、成就の岸に、安着せん事疑ひなし、此時君公の御悦びは如何計りぞや、草野池田の二氏の満足も如何計ならんや、勤めよや勤めよや
書き下し
高野丹吾(たかのたんご)帰国せんとす、翁(おきな)曰(いわ)く、伊勢(いせ)の国鳥羽(とば)の湊(みなと)より、相模(さがみ)国浦賀(うらが)の湊までの間に、大風雨の時、船の掛(かか)るべき湊は、只(ただ)伊豆(いず)国の下田湊(しもだみなと)のみ、故に燈明台(とうみょうだい)あり、大風雨の時は、この燈台(とうだい)の明りを目的(めあて)として、往来の船は下田湊に入るなり、此脇(このわき)に妻良子浦(めらこうら)と云ふ処あり、岸巌(がんがん)高く大岩多く、船路なき処なり、此辺に悪民有りて風雨の夜、此処の岸上に焚(た)きて、下田の燈台と、見違(みちが)ふ様にしければ、難風(なんぷう)を凌(しの)がんと、燈台を見当(みあて)に走(はし)り来る船、燈台の火と見紛(みまが)ひ入り来る勢ひに、大岩に当り破船(はせん)すること数度なり、この破船の積荷物品を奪(うば)ひ、取隠(とりかく)し置きて分配せし事、度々(たびたび)有りし由(よし)、終(つい)には発覚(はっかく)し皆刑(けい)せられたりと聞けり、己(おのれ)が聊(いささ)かの欲心の為に、船を破り人命を損じ、物品を流失(りゅうしつ)せしむ、悪(あ)しき仕業(しわざ)ならずや、我仕法(しほう)にも又是(これ)に似(に)たる事あり、烏山(からすやま)の燈台は菅谷氏(すがやし)なり、細川家の燈台は中村氏なるに、二氏の精神半途(はんと)に変(へん)じ、前の居処(いどころ)と違(たが)へるが為に、二藩(にはん)の仕法目的(もくてき)を失(うしな)ひ今困難に陥(おちい)れり、仮初(かりそめ)にも、人の師表(しひょう)たらん者、恐(おそ)れざるべけんや、慎(つつし)まざるべけんや、貴藩(きはん)の如きは、草野氏池田氏の如き、大燈明上にあれば、安心なりといへども、卿(けい)も又成田(なりた)坪田(つぼた)二村の為には大燈明なり、万一心を動(うご)かし、居処を移(うつ)すが如き事あらば、二村の仕法の破(やぶ)れん事、船の岩に当れるが如し、されば二村の盛衰(せいすい)安危(あんき)、卿が一身にあり、能々(よくよく)感銘(かんめい)せらるべし、二村の為卿が為、此上もなき大事なり、卿能く此決心を定め、不動仏(ふどうぶつ)の、猛火(もうか)背(せ)を焼(や)くといへども、動かざる如くならば、二村の成業(せいぎょう)に於ては袋中(のうちゅう)の物を探(さぐ)るよりも安(やす)し、卿が心さへ動かざれば、村民は卿を目的(めあて)となし、船頭の船路を見て、おも柁(かじ)取柁(とりかじ)と呼ぶが如く、驕奢(きょうしゃ)に流れぬ様(よう)おも柁と呼びて直し、遊惰(ゆうだ)に流れぬ様取り柁と呼びて漕(こ)ぐのみ、然(しか)る時は興国安民(こうこくあんみん)の宝船(たからぶね)、卿が所有の成田丸坪田丸は、成就の岸に、安着(あんちゃく)せん事疑ひなし、此時君公(くんこう)の御悦(およろこ)びは如何計(いかばか)りぞや、草野池田の二氏の満足も如何計ならんや、勤めよや勤めよや
現代語訳
高野丹吾が国元へ帰ろうとした。翁が言われた。伊勢の国の鳥羽の港から相模の国の浦賀の港までの間に、大風雨の時に船が停泊できる港は、伊豆の国の下田港だけである。だから灯明台(灯台)がある。大風雨の時は、この灯台の明かりを目印に、行き交う船は下田港に入る。その脇に妻良子浦という所があり、岸壁が高く大岩が多く、船の通れない所だ。この辺りに悪い民がいて、風雨の夜にこの岸の上で火を焚き、下田の灯台と見違えるようにしたので、難風をしのごうと灯台を目当てに走ってくる船が、灯台の火と見誤って入ってくる勢いのまま大岩に当たって難破することが幾度もあった。この難破船の積荷を奪い、隠しておいて分配したことがたびたびあったそうで、ついには発覚して皆処刑されたと聞いた。自分のわずかな欲心のために船を壊し人命を損ない、物品を失わせる。悪い所業ではないか。私の仕法にもこれに似たことがある。烏山藩の灯台は菅谷氏であり、細川家の灯台は中村氏だったが、二人の心が途中で変わり、以前の立場と違ってしまったために、二藩の仕法は目的を失って今困難に陥っている。かりそめにも人の手本となるべき者が、恐れずにいられようか、慎まずにいられようか。あなたの藩などは、草野氏・池田氏という大きな灯明が上にあるから安心だとはいえ、あなたもまた成田・坪田の二村にとっては大きな灯明である。万一心を動かし、立場を移すようなことがあれば、二村の仕法が破れることは、船が岩に当たるようなものだ。だから二村の盛衰安危はあなた一身にかかっている。よくよく心に刻むべきだ。二村のため、あなた自身のため、この上もない大事である。あなたがよくこの決心を定め、不動明王が猛火に背を焼かれても動じないようであれば、二村の事業成就は袋の中の物を探るより易しい。あなたの心さえ動かなければ、村民はあなたを目印とし、船頭が航路を見て「面舵、取舵」と呼ぶように、奢りに流れぬよう面舵と呼んで直し、怠惰に流れぬよう取舵と呼んで漕ぐだけだ。そうすれば国を興し民を安んずる宝船、あなたの持ち船である成田丸・坪田丸は、成就の岸に無事着くことは疑いない。その時の殿様のお喜びはどれほどか。草野・池田両氏の満足もどれほどであろうか。努めよ、努めよ。
解説
この章句が説くこと
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