二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、夫日月清明、風雨順時を祈るの念は、天下の祈願所の神官僧侶は、忘るゝ時多かるべし、入作小作の作徳を頼みに、生活を立る、賤女賤男に至ては、苗代の時より刈収る日までは、片時も忘るゝ暇あるべからず、其情、実に憐むべし、予此情を、歌に述んと思へども、意を尽す事あたはず、言葉足らざれば、聞え難からんか、「諸共に無事をぞ祈る年毎に種かす里の賤女賤の男」
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、夫(それ)日月(じつげつ)清明(せいめい)、風雨(ふうう)順時(じゅんじ)を祈(いの)るの念(ねん)は、天下の祈願所(きがんじょ)の神官僧侶(そうりょ)は、忘(わす)るる時多かるべし、入作(いりさく)小作(こさく)の作徳(さくとく)を頼(たの)みに、生活(せいかつ)を立(たつ)る、賤女(しずのめ)賤男(しずのお)に至(いた)っては、苗代(なわしろ)の時より刈収(かりおさ)むる日までは、片時(かたとき)も忘るる暇(ひま)あるべからず、其情(そのじょう)、実(じつ)に憐(あわ)れむべし、予(よ)此情を、歌に述(の)べんと思へども、意(い)を尽(つく)す事あたはず、言葉(ことば)足(た)らざれば、聞(きこ)え難(がた)からんか、「諸共(もろとも)に無事(ぶじ)をぞ祈る年毎(としごと)に種(たね)かす里の賤女(しずめ)賤(しず)の男(お)」
現代語訳
翁が言われた。そもそも日月が清く明るく照り、風雨が時に順って恵むことを祈る心は、天下の祈願所の神官や僧侶にはむしろ忘れるときが多いだろう。だが、入作・小作の収穫を頼りに生活を立てている賤しい身分の女や男に至っては、苗代を作るときから刈り収める日まで、片時も忘れる暇があるはずもない。その心情は、まことに憐れむべきものだ。私はこの心情を歌に述べようと思うけれども、意を尽くすことができない。言葉が足りないので、うまく伝わらないだろうか。「ともに無事を祈るのだ、年ごとに種を貸す里の、賤しい女よ賤しい男よ」。
解説
天候の順調を祈る心は、祈願を職とする神官僧侶よりも、収穫に生活のかかった小作の農民にこそ切実に宿る、と説いた一条です。苗代から刈り取りまで片時も気を抜けない百姓の祈りを尊徳は「まことに憐れむべし」と深く共感し、うまく詠めないと断りつつ一首を添えます。ここには、机上の信仰より現場の切実な営みに真実を見る、実学に徹した尊徳の眼差しが表れています。報徳思想の勤労と至誠は、まさにこうした名もなき働き手の真剣な日々に根ざしています。立場や肩書きではなく、生活を背負って真剣に働く人の中にこそ本物の祈りと誠がある——この視点は、現場で汗する人々への敬意を忘れがちな現代にも、静かで温かな示唆を与えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳勤労至誠農民祈り