二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、暴風に倒れし松は、雨露入にて既に、倒れんと為る処の木なり、大風に破れし籬も、杭朽繩腐れて、将に破れんとする処の籬なり、夫風は平等均一に吹く物にして、松を倒さんと殊更に吹にあらず、籬を破らんと、分て吹に非らねば、風なくとも倒るべきを、風を待て倒れ破れたるなり、天下の事皆然り、鎌倉の滅亡も、室町の亡滅も、人の家の滅却も皆同じ
新字:翁曰、暴風に倒れし松は、雨露入にて既に、倒れんと為る処の木なり、大風に破れし籬も、杭朽縄腐れて、将に破れんとする処の籬なり、夫風は平等均一に吹く物にして、松を倒さんと殊更に吹にあらず、籬を破らんと、分て吹に非らねば、風なくとも倒るべきを、風を待て倒れ破れたるなり、天下の事皆然り、鎌倉の滅亡も、室町の亡滅も、人の家の滅却も皆同じ
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、暴風(ぼうふう)に倒(たお)れし松は、雨露(うろ)入(いり)にて既(すで)に、倒れんと為(す)る処(ところ)の木なり、大風に破(やぶ)れし籬(まがき)も、杭(くい)朽(く)ち繩(なわ)腐(くさ)れて、将(まさ)に破れんとする処の籬なり、夫(それ)風は平等均一(きんいつ)に吹く物にして、松を倒さんと殊更(ことさら)に吹(ふく)にあらず、籬を破らんと、分(わけ)て吹に非(あら)ねば、風なくとも倒るべきを、風を待て倒れ破れたるなり、天下の事皆然(しか)り、鎌倉(かまくら)の滅亡(めつぼう)も、室町(むろまち)の亡滅(ぼうめつ)も、人の家の滅却(めっきゃく)も皆同じ
現代語訳
翁が言われた。暴風で倒れた松は、雨露がしみ込んですでに倒れかけていた木である。大風で壊れた籬も、杭が朽ち縄が腐って、まさに壊れかけていた籬である。そもそも風は平等に均一に吹くものであって、松を倒そうとことさらに吹くのでもなく、籬を壊そうと区別して吹くのでもない。風がなくてもいずれ倒れるはずのものが、風を待って倒れ壊れたのだ。天下の事はみなこの通りである。鎌倉幕府の滅亡も、室町幕府の滅亡も、人の家の没落も、みな同じである。
解説
災いや崩壊の本当の原因は外の力ではなく内の腐りにある、と説く一条です。松を倒すのも籬を壊すのも風のせいに見えるが、実は雨露で朽ち、杭が腐っていたからこそ倒れた。風は平等に吹くだけで、特定のものを狙って吹くわけではない。鎌倉・室町幕府の滅亡や家の没落も同じで、崩れるべき内的要因が先にあったのだと尊徳は喝破します。報徳思想では、日々の勤労と至誠によって内側を健やかに保ち続けることを重んじます。うまくいかない原因を外部や運のせいにせず、自らの土台の腐りを点検し繕う姿勢が、家や事業を永く保つ道だと教えてくれます。現代の組織運営や自己管理にも通じる洞察です。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳内因勤労至誠自己点検
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