二宮翁夜話 / 巻之三
宮原瀛洲、問曰、一休の歌に「坐禅する祖師の姿は加茂川にころび流るゝ瓜か茄子か」とあり、歌の意如何、翁曰、是は盆祭済て精霊棚を川に流すを見てよめるなるべし、歌の意は、坐禅する僧を嘲るに似たれども、実は大に誉たるなり、瓜茄子の川に流れゆくを見よ、石に当り岩に触れても、障りなく痛みなく、沈むといへ共、忽浮み出で沈む事なし、是を如何なる世の変遷に遭遇するも、仏者の障りなく滞りなきを誉て、世上の人の、世変の為に浮瀬に沈むを賤しめ、且此世のみならず、来世の事をも含ませたるなるべし、夫鎌倉を見よ、源家も亡び、北条も上杉も亡びて、今跡形もなけれど、其代に建立せる建長円覚光明の諸寺は、現に今存在せり、則此意なり、仏は元より世外の物なるが故に、世の海の風波には浮沈せず、と云道理をよめる歌にして別の意あるにはあらざるべし
書き下し
宮原瀛洲(えいしゅう)、問(とう)て曰(いわ)く、一休の歌に「坐禅(ざぜん)する祖師(そし)の姿は加茂川にころび流るる瓜(うり)か茄子(なす)か」とあり、歌の意如何(いかん)、翁(おきな)曰く、是(これ)は盆祭(ぼんまつり)済(すみ)て精霊棚(しょうりょうだな)を川に流すを見てよめるなるべし、歌の意は、坐禅する僧を嘲(あざけ)るに似たれども、実(じつ)は大に誉(ほめ)たるなり、瓜茄子(うりなす)の川に流れゆくを見よ、石に当り岩に触(ふ)れても、障(さわ)りなく痛(いた)みなく、沈(しず)むといへども、忽(たちまち)浮(うか)み出で沈む事なし、是を如何なる世の変遷(へんせん)に遭遇(そうぐう)するも、仏者の障りなく滞(とどこお)りなきを誉て、世上(せじょう)の人の、世変(せへん)の為に浮瀬(うきせ)に沈むを賤(いや)しめ、且(かつ)此世のみならず、来世の事をも含(ふく)ませたるなるべし、夫(それ)鎌倉(かまくら)を見よ、源家(げんけ)も亡び、北条も上杉も亡びて、今跡形(あとかた)もなけれど、其代(そのよ)に建立(こんりゅう)せる建長(けんちょう)円覚(えんかく)光明の諸寺は、現に今存在せり、則(すなわ)ち此意なり、仏は元より世外(せがい)の物なるが故に、世の海の風波(ふうは)には浮沈(ふちん)せず、と云ふ道理をよめる歌にして別の意あるにはあらざるべし
現代語訳
宮原瀛洲が問うて言った。一休の歌に「坐禅する祖師の姿は、加茂川に転がり流れていく瓜か茄子か」とあります。この歌の意味はどういうことでしょうか。翁が言われた。これは盆祭りが済んで精霊棚を川に流すのを見て詠んだものだろう。歌の意味は、坐禅する僧を嘲っているように見えるが、実は大いに誉めているのだ。瓜や茄子が川に流れていく様子を見よ。石に当たり岩に触れても、障りなく痛みもなく、沈んでもたちまち浮かび出て沈むことがない。これを、どんな世の移り変わりに出遭っても、仏者が障りなく滞りないさまを誉め、世間の人が世の変化のために浮き瀬に沈んでいくのを賤しめ、しかもこの世だけでなく来世のことまで含ませたものだろう。あの鎌倉を見よ。源氏も滅び、北条も上杉も滅んで、今は跡形もないけれど、その時代に建立された建長寺・円覚寺・光明寺などの諸寺は、現に今も存在している。つまりこの意味だ。仏はもともと世の外のものであるから、世の海の風波には浮き沈みしない、という道理を詠んだ歌であって、別の意味があるのではないだろう。