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二宮翁夜話 / 巻之三

翁曰、才智勝れたる者は、大凡道徳に遠き物なり。文学あれば申韓を唱へ、文学なければ三国志太閤記を引く。論語中庸などには一言も及ばざる物なり。如何となれば、道徳の本理は才智にては解せぬものなればなるべし。此の流の人は必ず行ひ安き中庸を難しと為る物なり。中庸に、賢者は之に過ぐ、とあり、うべなり。凡そ世人は、太閤記三国志等の俗書を好めども、甚だ宜しからず。さらでだに争気盛んに、偽心萌し初むる若輩の者に、かかる書を読ましむるは悪し。世人太閤記三国志等を能く読めば、怜利になるなどと云ふは誤なり。心すべし。

書き下し

翁(おきな)曰(いわ)く、才智(さいち)勝(すぐ)れたる者は、大凡(おおよそ)道徳に遠き物なり。文学あれば申韓(しんかん)を唱(とな)へ、文学なければ三国志太閤記(たいこうき)を引く。論語中庸(ちゅうよう)などには一言も及ばざる物なり。如何(いか)となれば、道徳の本理(ほんり)は才智にては解(げ)せぬものなればなるべし。此の流の人は必ず行ひ安(やす)き中庸を難(かた)しと為(す)る物なり。中庸に、賢者は之に過(す)ぐ、とあり、うべなり。凡(およ)そ世人は、太閤記三国志等の俗書(ぞくしょ)を好(この)めども、甚(はなは)だ宜(よろ)しからず。さらでだに争気(そうき)盛(さか)んに、偽心(ぎしん)萌(きざ)し初(そ)むる若輩(じゃくはい)の者に、かかる書を読ましむるは悪(あ)し。世人太閤記三国志等を能く読めば、怜利(れいり)になるなどと云ふは誤(あやま)りなり。心すべし。

現代語訳

翁(二宮尊徳)が言われた。才知にすぐれた者は、たいてい道徳から遠いものだ。学問があれば申不害・韓非子の権謀術数を唱え、学問がなければ『三国志』や『太閤記』を引き合いに出す。『論語』や『中庸』にはひと言も触れない。なぜなら、道徳の根本の理は、才知では理解できないものだからだろう。この手の人はきまって、行いやすいはずの中庸を難しいと言う。『中庸』に「賢者はこれ(中庸)を過ぎる(行き過ぎる)」とあるが、もっともなことだ。おおよそ世間の人は『太閤記』『三国志』などの俗書を好むが、まことによくない。ただでさえ競争心が盛んで、偽りの心が芽生え始める若者に、こうした書を読ませるのはよくない。世間で『太閤記』『三国志』をよく読めば利口になるなどと言うのは誤りだ。心すべきである。

解説

才知と道徳を切り分け、権謀術数の書物に頼る風潮を戒めた一条です。頭の切れる者ほど『論語』『中庸』の説く実直な道から遠ざかり、権謀の書や英雄譚を引いて自分を飾りがちだ、と尊徳は言います。道徳の根本は小才では捉えられず、むしろ「行いやすい中庸」を難しがるのが才子の常だというのです。とりわけ競争心と虚栄の芽生える若者に、権謀や覇道を描く俗書を読ませることを強く戒めます。ここには、至誠と実直を重んじる報徳思想の姿勢が明確に表れています。知恵は使い方を誤れば身を滅ぼす。何を学び、どんな心で知を用いるかこそ大切だという、現代の教育にも響く警句です。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳才智と道徳中庸至誠俗書

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