二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、大学に、安じて而て后能く慮り、慮りて而て后能く得、とあり。真に然るべし。世人は大体苦し紛れに、種々の事を思ひ謀る故に、皆成らざるなり。安じて而て后に能く慮りて、事を為さば、過なかるべし。而て后に能く得ると云へる、真に妙なり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、大学に、安(やす)じて而(しか)して后(のち)能(よ)く慮(おもんぱか)り、慮りて而して后能く得(う)、とあり。真(まこと)に然(しか)るべし。世人(せじん)は大体苦し紛(まぎ)れに、種々(しゅじゅ)の事を思ひ謀(はか)る故(ゆえ)に、皆成らざるなり。安じて而して后に能く慮りて、事を為(な)さば、過(あやま)ちなかるべし。而して后に能く得(う)ると云へる、真に妙(みょう)なり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。『大学』に「心が安定して後によく考えることができ、よく考えて後に得るところがある」とある。まことにそのとおりだ。世間の人はたいてい苦し紛れにあれこれ思い巡らすから、みな物事が成就しないのである。心を落ち着けたうえでよく熟慮して事に当たれば、過ちはないはずだ。そうして後によく得られるとあるのは、実に見事な教えである。
解説
『大学』の「安んじて而る后に能く慮り、慮りて而る后に能く得」を引き、心の落ち着きが成功の前提だと説く一条です。世間の人が失敗するのは、追い詰められた苦し紛れの中で思いつきの手を打つからだと尊徳は指摘します。まず心を静め、次に十分に熟慮し、そのうえで行動してこそ過ちなく結果を得られる――この順序こそが肝心なのです。荒廃した村々の再建という難事業を、焦らず順を追って成し遂げた尊徳らしい実践的な知恵です。問題に直面したときほど、まず心を鎮めて筋道を立てる。その落ち着きが最善の判断を生むことを、現代の私たちにも教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳大学熟慮平常心実践
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