二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、哀公問ふ、年饑て用足らず是を如何、有若答て曰、何ぞ徹せざるやと、是面白き道理なり。予常に人を諭す、一日十銭取て足らずんば、九銭取るべし、九銭取て足らずんば、八銭取るべしと。夫れ人の身代は、多く取れば益々不足を生じ、少く取りても、不足なき物なり。是理外の理なり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、哀公(あいこう)問ふ、年饑(う)ゑて用足らず是(これ)を如何(いかん)、有若(ゆうじゃく)答(こた)へて曰く、何ぞ徹(てっ)せざるやと。是(これ)面白(おもしろ)き道理なり。予(よ)常に人を諭(さと)す、一日十銭取て足らずんば、九銭取るべし、九銭取て足らずんば、八銭取るべしと。夫(そ)れ人の身代(しんだい)は、多く取れば益々(ますます)不足を生じ、少(すく)く取りても、不足なき物なり。是(これ)理外(りがい)の理なり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。魯の哀公が「凶作の年で財政が足りない、どうすればよいか」と問うと、有若は「なぜ徹(十分の一の軽い税)にしないのですか」と答えた。これは面白い道理である。私はいつも人を諭してこう言う――一日に十銭取って足りなければ、九銭取れ。九銭取って足りなければ、八銭取れ、と。そもそも人の暮らしというものは、多く取ればますます不足を生じ、少なく取っても不足しないものだ。これは理屈を超えた理屈である。
解説
足りないからもっと取る、という常識を逆転させた一条です。『論語』の有若の言葉を引き、収入不足のときこそ取り分を減らせと説きます。多く取ろうとすれば人心が離れ支出も膨らんで、かえって不足を招く。逆に取り分を控えれば余りが生まれ、それを分け与える推譲へとつながります。これは報徳思想の核心である「分度」――収入に応じた生活の限度を定め、その内で暮らす教えそのものです。目先の帳尻合わせで負担を増やすほど泥沼にはまる構図は、家計や事業の経営にも通じます。まず身の丈を切り下げる勇気が、結果として安定と余裕を生むことを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳分度推譲節度二宮尊徳
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