二宮翁夜話 / 巻之三
伊東発身、斎藤高行、斎藤松蔵、紺野織衛、荒専八等、侍坐す、皆中村藩士なり、翁諭して曰、草を刈らんと欲する者は、草に相談するに及ばず、己が鎌を能く研ぐべし、髭を剃らんと欲する者は、髭に相談はいらず、己が剃刀を能く研ぐべし、砥に当りて、刃の付ざる刃物が、仕舞置て刃の付し例なし、古語に、教るに孝を以てするは、天下の人の父たる者を敬する所以なり、教るに悌を以てするは、天下の人の兄たる者を敬する所以なり、といへり、教るに鋸の目を立るは、天下の木たる物を伐る所以なり、教るに鎌の刃を研ぐは、天下の草たる物を刈る所以也、鋸の目を能立れば天下に伐れざる木なく、鎌の刃を能研げば、天下に刈れざる草なし、故に鋸の目を能立れば、天下の木は伐れたると一般、鎌の刃を能研げば、天下の草は刈れたるに同じ、秤あれば、天下の物の軽重は知れざる事なく、桝あれば天下の物の数量は知れざる事なし、故に我教の大本、分度を定る事を知らば、天下の荒地は、皆開拓出来たるに同じ、天下の借財は、皆済成りたるに同じ、是富国の基本なればなり、予往年貴藩の為に、此基本を確乎と定む、能守らば其成る処量るべからず、卿等能学んで能勤めよ。
書き下し
伊東発身、斎藤高行、斎藤松蔵、紺野織衛、荒専八ら、侍坐す、皆中村藩士なり。翁諭(さと)して曰(いわ)く、草を刈らんと欲する者は、草に相談するに及ばず、己が鎌(かま)を能(よ)く研(と)ぐべし。髭(ひげ)を剃(そ)らんと欲する者は、髭に相談はいらず、己が剃刀(かみそり)を能く研ぐべし。砥(と)に当りて、刃(は)の付かざる刃物が、仕舞(しま)ひ置きて刃の付きし例(ためし)なし。古語に、教(おし)ふるに孝を以てするは、天下の人の父たる者を敬(けい)する所以(ゆえん)なり、教ふるに悌(てい)を以てするは、天下の人の兄たる者を敬する所以なり、といへり。教ふるに鋸(のこぎり)の目を立つるは、天下の木たる物を伐(き)る所以なり、教ふるに鎌の刃を研ぐは、天下の草たる物を刈る所以なり。鋸の目を能く立つれば天下に伐れざる木なく、鎌の刃を能く研げば、天下に刈れざる草なし。故に鋸の目を能く立つれば、天下の木は伐れたると一般、鎌の刃を能く研げば、天下の草は刈れたるに同じ。秤(はかり)あれば、天下の物の軽重(けいじゅう)は知れざる事なく、桝(ます)あれば天下の物の数量は知れざる事なし。故に我が教の大本(たいほん)、分度を定むる事を知らば、天下の荒地は、皆開拓出来(しゅったい)たるに同じ、天下の借財は、皆済(かいさい)成りたるに同じ、是(これ)富国の基本なればなり。予(よ)往年貴藩の為に、此の基本を確乎(かっこ)と定む。能く守らば其の成る処量(はか)るべからず。卿(けい)等能く学んで能く勤めよ。
現代語訳
伊東発身、斎藤高行、斎藤松蔵、紺野織衛、荒専八らが侍坐していた。みな中村藩の藩士である。翁(二宮尊徳)が諭して言われた。草を刈ろうとする者は、草に相談する必要はない、自分の鎌をよく研ぐべきだ。髭を剃ろうとする者は、髭に相談はいらない、自分の剃刀をよく研ぐべきだ。砥石に当てて刃を付けない刃物が、しまい込んだままで刃が付いた例はない。古語に、孝をもって教えるのは天下の人の父たる者を敬うためであり、悌をもって教えるのは天下の人の兄たる者を敬うためだ、とある。鋸の目立てを教えるのは天下の木を伐るためであり、鎌の刃研ぎを教えるのは天下の草を刈るためだ。鋸の目をよく立てれば天下に伐れない木はなく、鎌の刃をよく研げば天下に刈れない草はない。だから鋸の目をよく立てれば天下の木は伐れたも同然、鎌の刃をよく研げば天下の草は刈れたも同然だ。秤があれば天下の物の軽重は知れないことがなく、桝があれば天下の物の数量は知れないことがない。だから我が教えの根本である分度を定めることを知れば、天下の荒地はみな開拓できたも同然、天下の借財はみな返済できたも同然だ。これが富国の基本だからである。私はかつて貴藩のためにこの基本をしっかりと定めた。よく守れば、その成果は計り知れない。諸君、よく学んでよく勤めよ。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、凡(およ)そ事を成さんと欲せば、始に其(その)終を詳(つまびらか)にすべし、譬(たと)へば木を伐(き)るが如き、未(いま)だ伐らぬ前に、木の倒(たお)るゝ処を、詳に定めざれば、倒れんとする時に臨(のぞ)んで、如何(いか)共仕方無し、故に、予印旛沼(いんばぬま)を見分(けんぶん)する時も、仕上げ見分をも、一度にせんと云て、如何なる異変にても、失敗なき方法を工夫せり、相馬侯(そうまこう)、興国の方法依頼(いらい)の時も、着手より以前に百八十年の収納を調(しら)べて、分度(ぶんど)の基礎(きそ)を立たり、是(これ)荒地開拓、出来上りたる時の用心なり、我方法は分度を定むるを以て本とす、此分度を確乎(かっこ)と立て、之を守る事厳(げん)なれば、荒地何程あるも借財何程あるも、何をか懼(おそ)れ何をか患(うれ)へん、我(わが)富国安民の法は、分度を定むるの一ツなればなり、夫(それ)皇国は、皇国丈(だけ)にて限れり、此外へ広(ひろ)くする事は決してならず、然れば十石は十石、百石は百石、其分を守るの外に道はなし、百石を二百石に増し、千石を二千石に増す事は、一家にて相談はすべけれ共、一村一同に為る事は、決して出来ざるなり、是(これ)安きに似て甚(はなは)だ難事なり、故に分度を守るを我道の第一とす、能此理を明にして、分を守れば、誠に安穏(あんのん)にして、杉の実を取り、苗を仕立、山に植て、其成木を待て楽(たの)しむ事を得る也、分度を守らざれば先祖より譲(ゆず)られし大木の林を、一時に伐払(きりはら)ひても、間に合ぬ様に成行く事、眼前(がんぜん)なり、分度を越(こ)ゆるの過(あやまち)恐るべし、財産ある者は、一年の衣食、是にて足ると云処を定めて、分度として多少を論ぜず、分外を譲(ゆず)り、世の為をして年を積(つ)まば、其功徳無量なるべし、釈氏(しゃくし)は世を救(すく)はんが為に、国家をも妻子をも捨(す)てたり、世を救ふに志あらば、何ぞ我分度外を、譲る事のならざらんや。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、我が教(おしえ)は、徳を以て徳に報(むく)うの道なり、天地の徳より、君の徳、親の徳、祖先の徳、其(その)蒙(こうむ)る処(ところ)人々皆広太(こうだい)也、之に報うに我が徳行(とっこう)を以てするを云ふ、扨(さて)此(この)徳行を立てんとするには、先(ま)づ己々(おのおの)が天禄(てんろく)の分(ぶん)を明(あきら)かにして、之を守るを先とす、故に予(よ)は入門の初めに、分限(ぶげん)を取調(とりしら)べて能(よ)く弁(わきま)へさするなり、如何(いか)となれば、大凡(おおよそ)富家(ふうか)の子孫は、我家(わがや)の財産は何程(いかほど)ありや、知らぬ者多ければなり、論語に、師冕(しべん)見(まみ)ゆ、皆坐す、子の曰く、某(それがし)は斯(ここ)にありと、師冕出づ、子張(しちょう)問ひて曰く、師と言ふの道か、子の曰く、然(しか)り、固(もと)より師を助くるの道なり、とあり、予が人を教ふる、先づ分限を明細に調べ、汝(なんじ)が家株(いえかぶ)田畑何町何反歩(なんちょうなんたんぶ)、此作益金(さくえききん)何円、内借金の利子何程を引き、残り何程なり、是汝が暮すべき、一年の天禄なり、此外に取る処なく、入る処なし、此内にて勤倹(きんけん)を尽(つく)して、暮しを立て、何程か余財(よざい)を譲る事を勤むべし、是道なり、是汝が天命にして、汝が天禄なりと、皆此の如く教ふるなり、是又心盲(しんもう)の者を助くるの道なり、夫(それ)入るを計(はか)りて天分を定め、音信贈答(いんしんぞうとう)も、義理も礼義(れいぎ)も、皆此内にて為すべし、出来ざれば、皆止むべし、或は之を吝嗇(りんしょく)と云ふ者あり共(とも)、夫は言ふ方の誤(あやまり)なれば、意(い)とする事勿(なか)れ、何となれば此外に取る処なく、入る物なければなり、されば義理も交際も出来ざれば為さざるが、則(すなわ)ち礼なり義なり道なり、此理を能々(よくよく)弁へて、惑(まど)ふ事勿れ、是徳行を立つる初めなり、己(おのれ)が分度(ぶんど)立たざれば徳行は立たざる物と知るべし
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二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、米は多く蔵につんで少しづゝ炊き、薪(たきぎ)は多く小屋に積んで焚く事は成る丈(たけ)少くし、衣服は着らるるやうに扱(こしら)へて、なる丈着ずして仕舞ひおくこそ、家を富(と)ますの術(じゅつ)なれ、則(すなわち)国家経済の根元なり、天下を富有にするの大道も、其実(そのじつ)この外にはあらぬなり。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、富と貧とは、元(もと)遠(とお)く隔(へだ)つ物にあらず、只(ただ)少しの隔(へだたり)なり、其本源(ほんげん)只一つの心得(こころえ)にあり、貧者は昨日の為に今日勤め、昨年の為に今年勤む、故に終身(しゅうしん)苦(くる)しんで其功なし、富者は明日の為に今日勤め、来年の為に今年勤め、安楽自在(あんらくじざい)にして、成す事成就(じょうじゅ)せずと云ふ事なし、然(しか)るを世の人、今日飲む酒無き時は、借りて飲み、今日食ふ米なき時は、又借りて食ふ、是(これ)貧窮(ひんきゅう)すべき元因(もといん)なり、今日薪(たきぎ)を取りて、明朝(みょうちょう)飯(めし)を炊(た)き、今夜繩(なわ)を索(な)ふて、明日籬(まがき)を結(むす)ばば、安心にして、差支(さしつか)へなし、然るを貧者の仕方は、明日取る薪にて、今夕(こんせき)の飯を炊かんとし、明夜索ふ繩を以て、今日籬を結ばんとするが如し、故に苦しんで功成らず、故に予(よ)常に曰く、貧者草を刈らんとする時、鎌(かま)なし、之を隣(となり)に借りて、草を刈る常の事なり、是貧窮を免(まぬか)るる事能(あた)はざるの元因なり、鎌なくば先(ま)づ日雇取(ひやといと)りを為すべし、此賃銭(ちんせん)を以て、鎌を買ひ求(もと)め、然る後に草を刈るべし、此道は則(すなわ)ち開闢元始(かいびゃくげんし)の大道に基(もとづ)く物なるが故に、卑怯(ひきょう)卑劣(ひれつ)の心なし、是神代(かみよ)の古(いにしえ)、豊芦原(とよあしはら)に天降(あまくだ)りし時の、神の御心(みこころ)なり、故に此心ある者は、富貴(ふうき)を得、此心無き者は、富貴を得る事能はず
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二宮翁夜話・巻之三矢野定直(さだなお)来りて、僕(ぼく)今日存じ寄らず結構(けっこう)の仰(おおせ)を蒙(こうむ)り有難しと云へり。翁曰く、卿(けい)今の一言を忘れざる事、生涯一日の如くならば、益々貴く益々繁栄せん事疑あらじ。卿が今日の心を以て分度と定めて土台とし、此土台を蹈違(ふみたが)へず生涯を終らば、仁なり忠なり孝なり、其成る処計(はか)るべからず。大凡人々事就(な)りて忽ち過(あやま)つは、結構に仰付けられたるを有内(ありうち)の事にして、其結構を土台として踏行ふが故なり。其始の違ひ此の如し、其末千里の違に至る必然なり。人々の身代も又同じ。分限の外に入る物を分内に入れずして別に貯へ置く時は、臨時物入(りんじものいり)不慮(ふりょ)の入用などに差支(さしつか)ると云ふ事は無き物なり。又売買の道も、分外の利益を分外として分内に入れざれば、分外の損失は無かるべし。分外の損と云ふは分外の益を分内に入るればなり。故に我道は分度を定るを以て大本とするは是を以てなり。分度一たび定らば、譲施(じょうせ)の徳功勤めずして成るべし。卿今日存じ寄らず結構に仰付られ有難しとの一言、生涯忘る事勿れ。是れ予が卿の為に懇祈(こんき)する処なり。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、学者書を講ずる悉(くわ)しといへども、活(かつ)用する事を知らず、徒(いたず)らに仁は云々義は云々と云へり、故に社会の用を成さず、只本読みにて、道心法師の誦経(じゅきょう)するに同じ、古語に、権量(けんりょう)を謹(つつし)み法度(はっと)を審(つまびら)かにす、とあり、是大切の事なり、之を天下の事とのみ思ふ故に用をなさぬなり、天下の事などは差置(さしお)きて、銘々(めいめい)己(おの)が家の権量を謹み、法度を審かにするこそ肝要なれ、是道徳経済の元なり、家々の権量とは、農家なれば家株田畑、何町何反歩、此作徳(さくとく)何拾円と取調べて分限(ぶんげん)を定め、商法家なれば前年の売徳金を取調べて、本年の分限の予算(よさん)を立つる、是己が家の権量、己が家の法度なり、是を審かにし、之を慎んで越(こ)えざるこそ、家を斉(ととの)ふるの元なれ、家に権量なく法度なき、能(よ)く久しきを保(たも)たんや。