二宮翁夜話 / 巻之三
矢野定直来りて、僕今日存じ寄らず結構の仰を蒙り有難しと云へり。翁曰、卿今の一言を忘れざる事、生涯一日の如くならば、益々貴く益々繁栄せん事疑あらじ。卿が今日の心を以て分度と定めて土台とし、此土台を蹈違へず生涯を終らば、仁なり忠なり孝なり、其成る処計るべからず。大凡人々事就りて忽ち過つは、結構に仰付けられたるを有内の事にして、其結構を土台として踏行ふが故なり。其始の違ひ此の如し、其末千里の違に至る必然なり。人々の身代も又同じ。分限の外に入る物を分内に入れずして別に貯へ置く時は、臨時物入不慮の入用などに差支ると云ふ事は無き物なり。又売買の道も、分外の利益を分外として分内に入れざれば、分外の損失は無かるべし。分外の損と云ふは分外の益を分内に入るればなり。故に我道は分度を定るを以て大本とするは是を以てなり。分度一たび定らば、譲施の徳功勤めずして成るべし。卿今日存じ寄らず結構に仰付られ有難しとの一言、生涯忘る事勿れ。是れ予が卿の為に懇祈する処なり。
書き下し
矢野定直(さだなお)来りて、僕(ぼく)今日存じ寄らず結構(けっこう)の仰(おおせ)を蒙(こうむ)り有難しと云へり。翁曰く、卿(けい)今の一言を忘れざる事、生涯一日の如くならば、益々貴く益々繁栄せん事疑あらじ。卿が今日の心を以て分度と定めて土台とし、此土台を蹈違(ふみたが)へず生涯を終らば、仁なり忠なり孝なり、其成る処計(はか)るべからず。大凡人々事就(な)りて忽ち過(あやま)つは、結構に仰付けられたるを有内(ありうち)の事にして、其結構を土台として踏行ふが故なり。其始の違ひ此の如し、其末千里の違に至る必然なり。人々の身代も又同じ。分限の外に入る物を分内に入れずして別に貯へ置く時は、臨時物入(りんじものいり)不慮(ふりょ)の入用などに差支(さしつか)ると云ふ事は無き物なり。又売買の道も、分外の利益を分外として分内に入れざれば、分外の損失は無かるべし。分外の損と云ふは分外の益を分内に入るればなり。故に我道は分度を定るを以て大本とするは是を以てなり。分度一たび定らば、譲施(じょうせ)の徳功勤めずして成るべし。卿今日存じ寄らず結構に仰付られ有難しとの一言、生涯忘る事勿れ。是れ予が卿の為に懇祈(こんき)する処なり。
現代語訳
矢野定直がやって来て、「私は今日思いがけず結構なお言葉(お取り立て)をいただき、ありがたく存じます」と言った。翁が言われた。あなたが今の一言を、生涯を一日のように忘れずにいられれば、ますます貴く、ますます繁栄することは疑いない。あなたの今日の(ありがたく思う)心を分度と定めて土台とし、この土台を踏み外さずに生涯を終えれば、仁も忠も孝も、その成るところは計り知れない。だいたい人が事を成し遂げてたちまち過ちを犯すのは、結構なお取り立てを当たり前のことと思い、その待遇を土台にして振る舞うからだ。始めのわずかな食い違いがこれで、その果ては千里の隔たりに至るのは必然だ。人の身代(財産)も同じこと。分限を超えて入ってくる物を分内に入れず別に蓄えておけば、臨時の出費や不意の入用にも差し支えることはない。商売の道も、分外の利益を分外のものとして分内に入れなければ、分外の損失はないはずだ。分外の損とは、分外の利益を分内に入れてしまうから起こるのだ。だから私の道が分度を定めることを根本とするのは、この理由による。分度がひとたび定まれば、人に譲り施す徳の働きは、努めずとも自然に成る。「今日思いがけず結構なお取り立てをいただきありがたい」というあの一言を、生涯忘れてはならない。これが私があなたのために心から祈るところだ。
解説
この章句が説くこと
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、我が教(おしえ)は、徳を以て徳に報(むく)うの道なり、天地の徳より、君の徳、親の徳、祖先の徳、其(その)蒙(こうむ)る処(ところ)人々皆広太(こうだい)也、之に報うに我が徳行(とっこう)を以てするを云ふ、扨(さて)此(この)徳行を立てんとするには、先(ま)づ己々(おのおの)が天禄(てんろく)の分(ぶん)を明(あきら)かにして、之を守るを先とす、故に予(よ)は入門の初めに、分限(ぶげん)を取調(とりしら)べて能(よ)く弁(わきま)へさするなり、如何(いか)となれば、大凡(おおよそ)富家(ふうか)の子孫は、我家(わがや)の財産は何程(いかほど)ありや、知らぬ者多ければなり、論語に、師冕(しべん)見(まみ)ゆ、皆坐す、子の曰く、某(それがし)は斯(ここ)にありと、師冕出づ、子張(しちょう)問ひて曰く、師と言ふの道か、子の曰く、然(しか)り、固(もと)より師を助くるの道なり、とあり、予が人を教ふる、先づ分限を明細に調べ、汝(なんじ)が家株(いえかぶ)田畑何町何反歩(なんちょうなんたんぶ)、此作益金(さくえききん)何円、内借金の利子何程を引き、残り何程なり、是汝が暮すべき、一年の天禄なり、此外に取る処なく、入る処なし、此内にて勤倹(きんけん)を尽(つく)して、暮しを立て、何程か余財(よざい)を譲る事を勤むべし、是道なり、是汝が天命にして、汝が天禄なりと、皆此の如く教ふるなり、是又心盲(しんもう)の者を助くるの道なり、夫(それ)入るを計(はか)りて天分を定め、音信贈答(いんしんぞうとう)も、義理も礼義(れいぎ)も、皆此内にて為すべし、出来ざれば、皆止むべし、或は之を吝嗇(りんしょく)と云ふ者あり共(とも)、夫は言ふ方の誤(あやまり)なれば、意(い)とする事勿(なか)れ、何となれば此外に取る処なく、入る物なければなり、されば義理も交際も出来ざれば為さざるが、則(すなわ)ち礼なり義なり道なり、此理を能々(よくよく)弁へて、惑(まど)ふ事勿れ、是徳行を立つる初めなり、己(おのれ)が分度(ぶんど)立たざれば徳行は立たざる物と知るべし
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二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、凡(およ)そ事を成さんと欲せば、始に其(その)終を詳(つまびらか)にすべし、譬(たと)へば木を伐(き)るが如き、未(いま)だ伐らぬ前に、木の倒(たお)るゝ処を、詳に定めざれば、倒れんとする時に臨(のぞ)んで、如何(いか)共仕方無し、故に、予印旛沼(いんばぬま)を見分(けんぶん)する時も、仕上げ見分をも、一度にせんと云て、如何なる異変にても、失敗なき方法を工夫せり、相馬侯(そうまこう)、興国の方法依頼(いらい)の時も、着手より以前に百八十年の収納を調(しら)べて、分度(ぶんど)の基礎(きそ)を立たり、是(これ)荒地開拓、出来上りたる時の用心なり、我方法は分度を定むるを以て本とす、此分度を確乎(かっこ)と立て、之を守る事厳(げん)なれば、荒地何程あるも借財何程あるも、何をか懼(おそ)れ何をか患(うれ)へん、我(わが)富国安民の法は、分度を定むるの一ツなればなり、夫(それ)皇国は、皇国丈(だけ)にて限れり、此外へ広(ひろ)くする事は決してならず、然れば十石は十石、百石は百石、其分を守るの外に道はなし、百石を二百石に増し、千石を二千石に増す事は、一家にて相談はすべけれ共、一村一同に為る事は、決して出来ざるなり、是(これ)安きに似て甚(はなは)だ難事なり、故に分度を守るを我道の第一とす、能此理を明にして、分を守れば、誠に安穏(あんのん)にして、杉の実を取り、苗を仕立、山に植て、其成木を待て楽(たの)しむ事を得る也、分度を守らざれば先祖より譲(ゆず)られし大木の林を、一時に伐払(きりはら)ひても、間に合ぬ様に成行く事、眼前(がんぜん)なり、分度を越(こ)ゆるの過(あやまち)恐るべし、財産ある者は、一年の衣食、是にて足ると云処を定めて、分度として多少を論ぜず、分外を譲(ゆず)り、世の為をして年を積(つ)まば、其功徳無量なるべし、釈氏(しゃくし)は世を救(すく)はんが為に、国家をも妻子をも捨(す)てたり、世を救ふに志あらば、何ぞ我分度外を、譲る事のならざらんや。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、哀公(あいこう)問ふ、年饑(う)ゑて用足らず是(これ)を如何(いかん)、有若(ゆうじゃく)答(こた)へて曰く、何ぞ徹(てっ)せざるやと。是(これ)面白(おもしろ)き道理なり。予(よ)常に人を諭(さと)す、一日十銭取て足らずんば、九銭取るべし、九銭取て足らずんば、八銭取るべしと。夫(そ)れ人の身代(しんだい)は、多く取れば益々(ますます)不足を生じ、少(すく)く取りても、不足なき物なり。是(これ)理外(りがい)の理なり。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、貧(ひん)となり富(とみ)となる、偶然(ぐうぜん)にあらず、富も因(よ)て来る処あり、貧も因て来る処あり、人皆貨財(かざい)は富者(ふうしゃ)の処に集ると思へ共(ども)然(しか)らず、節倹(せっけん)なる処と勉強(べんきょう)する処に集るなり、百円の身代(しんだい)の者、百円にて暮す時は、富の来る事なく貧の来る事なし、百円の身代を八十円にて暮し、七十円にて暮す時は、富是(これ)に帰(き)し財是に集る、百円の身代を百廿円(ひゃくにじゅうえん)にて暮し、百三拾円にて暮す時は、貧是に来り財是を去る、只(ただ)分外(ぶんがい)に進むと、分内(ぶんない)に退くとの違ひのみ、或歌(あるうた)に「有といへば有とや人の思ふらむ呼(よ)ば答ふる山彦(やまびこ)の声」と云(いえ)る如し、夫(そ)れ今有る物は今に無くなり、今無きものは今にあり、譬(たと)へば今有し銭のなくなりしは、物を買へば也、今無き銭の今あるは、勤(つと)むればなり、繩(なわ)一房(ひとふさ)なへば五厘(ごりん)手に入り、一日働けば十銭(じっせん)手に入る也、今手に入る十銭も、酒を呑めば直(じき)になし、明白疑(うたが)ひなき世の中なり、中庸(ちゅうよう)に曰く、誠なれば則(すなわ)ち明なり、明なれば則ち誠なりと、繩一房なへば五厘となり、五厘遣(や)れば繩一房来る、晴天白日(せいてんはくじつ)の世の中なり
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二宮翁夜話・巻之三伊東発身、斎藤高行、斎藤松蔵、紺野織衛、荒専八ら、侍坐す、皆中村藩士なり。翁諭(さと)して曰(いわ)く、草を刈らんと欲する者は、草に相談するに及ばず、己が鎌(かま)を能(よ)く研(と)ぐべし。髭(ひげ)を剃(そ)らんと欲する者は、髭に相談はいらず、己が剃刀(かみそり)を能く研ぐべし。砥(と)に当りて、刃(は)の付かざる刃物が、仕舞(しま)ひ置きて刃の付きし例(ためし)なし。古語に、教(おし)ふるに孝を以てするは、天下の人の父たる者を敬(けい)する所以(ゆえん)なり、教ふるに悌(てい)を以てするは、天下の人の兄たる者を敬する所以なり、といへり。教ふるに鋸(のこぎり)の目を立つるは、天下の木たる物を伐(き)る所以なり、教ふるに鎌の刃を研ぐは、天下の草たる物を刈る所以なり。鋸の目を能く立つれば天下に伐れざる木なく、鎌の刃を能く研げば、天下に刈れざる草なし。故に鋸の目を能く立つれば、天下の木は伐れたると一般、鎌の刃を能く研げば、天下の草は刈れたるに同じ。秤(はかり)あれば、天下の物の軽重(けいじゅう)は知れざる事なく、桝(ます)あれば天下の物の数量は知れざる事なし。故に我が教の大本(たいほん)、分度を定むる事を知らば、天下の荒地は、皆開拓出来(しゅったい)たるに同じ、天下の借財は、皆済(かいさい)成りたるに同じ、是(これ)富国の基本なればなり。予(よ)往年貴藩の為に、此の基本を確乎(かっこ)と定む。能く守らば其の成る処量(はか)るべからず。卿(けい)等能く学んで能く勤めよ。
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二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)高野某(こうのそれがし)を諭して曰(いわ)く、物各(おのおの)命(めい)あり数(すう)あり、猛火の近づくべからざるも、薪(たきぎ)尽(つ)くれば火は随(したがっ)てきゆるなり、矢玉の勢(いきおい)、あたる処必(かなら)ず破り必ず殺すも、弓勢(きゅうぜい)つき、薬力(やくりょく)尽くれば叢(くさむら)の間に落ちて、人に拾はるゝにいたる、人も其如し、おのれが勢、世に行はるゝとも、己(おのれ)が力と思ふべからず、親先祖より伝へ受けたる位禄(いろく)の力と、拝命したる官職の威光とによるが故なり、夫(そ)れ先祖伝来の位禄の力か、職の威光がなければ、いかなる人も、弓勢の尽(つき)たる矢、薬力の尽たる鉄炮玉(てっぽうだま)に異ならず、草間に落て、人に愚弄(ぐろう)さるゝに至るべし、思はずばあるべからず。