二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、太古交際の道、互に信義を通ずるに心力を尽し四体を労して交を結びしなり。如何となれば金銀貨幣少きが故なり。後世金銀の通用盛んに成りて、交際の上音信贈答皆金銀を用るより、通信自在にして便利極れり。是より賄賂と云ふ事起り、礼を行ふといひ信を通ずるといひ、終に賄賂に陥り、是が為に曲直明ならず法度正からず、信義廃れて賄賂盛んに行はれ、百事賄賂にあらざれば弁ぜざるに至る。予始て桜町に至る、彼の地の奸民争ふて我に賄賂す、予塵芥だも受けず。是より善悪邪正判然として、信義貞実の者初て顕れたり。尤も恐るべきは此賄賂なり。卿等誓て此物に汚さるゝ事なかれ。
書き下し
翁曰く、太古交際の道、互に信義を通ずるに心力を尽し四体(したい)を労(ろう)して交を結びしなり。如何となれば金銀貨幣(かへい)少きが故なり。後世金銀の通用盛んに成りて、交際の上音信贈答(おんしんぞうとう)皆金銀を用ゐるより、通信自在にして便利極れり。是より賄賂(わいろ)と云ふ事起り、礼を行ふといひ信を通ずるといひ、終に賄賂に陥り、是が為に曲直(きょくちょく)明ならず法度(はっと)正からず、信義廃(すた)れて賄賂盛んに行はれ、百事賄賂にあらざれば弁ぜざるに至る。予始めて桜町に至る、彼の地の奸民(かんみん)争ふて我に賄賂す、予塵芥(じんかい)だも受けず。是より善悪邪正判然として、信義貞実(ていじつ)の者初めて顕(あらわ)れたり。尤も恐るべきは此賄賂なり。卿等(けいら)誓(ちか)ひて此物に汚(けが)さるゝ事なかれ。
現代語訳
翁が言われた。大昔の交際の道は、互いに信義を通わせるのに心を尽くし体を働かせて交わりを結んだものだ。なぜなら金銀貨幣が乏しかったからだ。後世、金銀の流通が盛んになり、交際での便りや贈答にみな金銀を用いるようになって、やり取りは自由で便利この上なくなった。しかしここから賄賂ということが起こり、礼を行う、信を通わせると言いながら、ついには賄賂に陥り、そのために是非曲直が明らかでなくなり、法も正しく行われず、信義がすたれて賄賂ばかり盛んになり、何事も賄賂なしには片づかないまでになった。私が初めて桜町に赴任したとき、その地の悪賢い民たちは争って私に賄賂を贈った。私はちり一つほども受け取らなかった。すると善悪邪正がはっきり分かれて、信義に厚く誠実な者が初めて姿を現した。最も恐るべきはこの賄賂だ。諸君、誓って、この賄賂に汚されることのないように。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公二十七年 范献子、賄を取る秋、扈に會す。周を戍(まも)らしめ、且つ公を納るるを謀るなり。宋・衛皆公を納るるを利とし、固く之を請ふ。范獻子、貨を季孫に取り、司城子梁と北宮貞子とに謂ひて曰く、「季孫未だ其の罪を知らずして、君之を伐つ。囚へられんことを請ひ、亡げんことを請ふも、是に於いてか獲ず。君又克たずして、自ら出づ。夫れ豈に備へ無くして能く君を出ださんや。季氏の復するは、天之を救ふなり。公徒の怒りを休め、叔孫氏の心を啟く。然らずんば、豈に其れ人を伐ちて甲を說(と)き冰を執りて以って游ばんや。叔孫氏、禍の濫(ひろ)がらんことを懼れて、自ら季氏に同じくす。天の道なり。魯君、齊に守ること三年にして成る無し。季氏甚だ其の民を得、淮夷之に與す。十年の備へ有り、齊・楚の援有り、天の贊有り、民の助け有り、堅守の心有り、列國の權有り。而も敢へて宣べず。
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『春秋左氏伝』昭公二十六年 子猶、賄を受く二十六年春、王の正月、庚申、齊侯鄆を取る。宋の元公を葬ること、先君の如くす、禮なり。三月、公齊より至り、鄆に處る。魯の地を言ふなり。夏、齊侯將に公を納れんとし、魯の貨を受くること無かれと命ず。申豐、女賈に從ひ、幣錦二兩を以って、縛りて一にすること瑱(てん)の如くし、齊の師に適く。子猶の人高齮(こうき)に謂ふ、「能く子猶に貨せば、高氏の後と為さん、粟五千庾(ゆ)あらん」と。高齮錦を以って子猶に示す。子猶之を欲す。齮曰く、「魯人之を買ふこと、百兩一布なり。道の通ぜざるを以って、先づ幣財を入るるのみ」と。子猶之を受く。齊侯に言ひて曰く、「群臣の力を魯君に盡くさざるは、君に事ふる能はざるに非ざるなり。然れども據(きょ)異とする有り。宋の元公魯君の為に晉に如き、曲棘に卒す。叔孫昭子其の君を納れんことを求め、疾無くして死す。知らず天の魯を棄つるか、抑も魯君鬼神に罪有るか。
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『秘本玉くしげ』下 手抜きと賄それゆゑに下なる者もそこを計りて、為べき事をば多く手ぬきをして、賄をつかひて其事のすむやうにし、又法度にそむきたる事をする者も、賄をつかへば見ぬふりをして是を咎めざる故に、賄を行ふて悪事をなす者も世に多し。猶此外も此すぢに付ては、種々さまざまの正しからざる事多くして、ことごとくは挙るにいとまあらず。余はおしはかりて知るべき也。
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『論語と算盤』仁義と富貴・金力悪用の実例あるいは取り扱い上の面倒があるので、正当なる売買の以外に、ごく軽微な何らかのことはあるかも知れないけれども、さきに発現した海軍収賄事件のような大仕掛けの罪悪は、いやしくも双方悪い考えが一致しなければ出来ぬ筈である。よし一方から賄賂を贈って来ても、一方がこれを受けぬと言えば仕方がない。また役人に不心得な者があって、婉曲にあるいは露骨に贈賄を促したとて、御用商人たる実業家が、自己の良心に省みて面目信用を大切に思う者ならば、必ずそんな要請には応じない筈である。やむを得ずばその取引を断っても、そんな罪悪は成立せぬようにすることが出来る筈である。私どもはしかあるべきものと固く信じている。
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