二宮翁夜話 / 巻之二
翁又曰、論語に大舜の政治を論じて、己を恭くして正しく南面するのみ、とあり。汝国に帰り温泉宿を渡世とせば、又己を恭くして正しく温泉宿をするのみと読で、生涯忘るゝ事なかれ。此の如くせば利益多からん、箇様になさば利徳あらんなどゝ、世の流弊に流れて本業の本理を誤るべからず。己を恭くするとは、己が身の品行を敬んで堕さゞるを云ふ。其上に又業務の本理を誤らず、正しく温泉宿をするのみ、正しく旅籠屋をするのみと決定して肝に銘ぜよ。此道理は人々皆同じ。農家は己を恭くして正しく農業をするのみ、商家は己を恭くして正しく商法をするのみ、工人は己を恭くして正しく工事をするのみ。此の如くなれば必ず過なし。夫れ南面するのみとは、国政一途に心を傾けて外事を思はず外事を為さゞるを云ふなり、只南を向て坐して居ると云ふ事にあらず。此理深遠なり、能々思考して能く心得よ。身を修るも家を斉ふるも国を治るも此一つにあり。忘るゝ事勿れ、怠る事なかれ。
書き下し
翁又曰く、論語に大舜(たいしゅん)の政治を論じて、己(おのれ)を恭(うやうや)しくして正しく南面(なんめん)するのみ、とあり。汝(なんじ)国に帰り温泉(ゆ)宿(やど)を渡世とせば、又己を恭しくして正しく温泉宿をするのみと読(よん)で、生涯忘るゝ事なかれ。此の如くせば利益多からん、箇様(かよう)になさば利徳あらんなどゝ、世の流弊(りゅうへい)に流れて本業の本理を誤るべからず。己を恭しくするとは、己が身の品行を敬(つつし)んで堕(おと)さゞるを云ふ。其上に又業務の本理を誤らず、正しく温泉宿をするのみ、正しく旅籠屋(はたごや)をするのみと決定して肝(きも)に銘(めい)ぜよ。此道理は人々皆同じ。農家は己を恭しくして正しく農業をするのみ、商家は己を恭しくして正しく商法をするのみ、工人は己を恭しくして正しく工事をするのみ。此の如くなれば必ず過(あやまち)なし。夫れ南面するのみとは、国政一途に心を傾けて外事を思はず外事を為さゞるを云ふなり、只南を向て坐して居ると云ふ事にあらず。此理深遠(しんえん)なり、能々(よくよく)思考して能く心得よ。身を修るも家を斉(ととの)ふるも国を治るも此一つにあり。忘るゝ事勿れ、怠(おこた)る事なかれ。
現代語訳
翁がまた言われた。『論語』に、名君・舜の政治を論じて「わが身を慎み敬い、正しく南面する(王座に就く)だけだ」とある。おまえは国へ帰って温泉宿を生業とするなら、同じく「わが身を慎み、正しく温泉宿を営むだけだ」と読み替えて、生涯忘れてはならない。こうすれば儲かる、ああすれば得だなどと、世間の悪い流行に流されて本業の本筋を誤ってはいけない。「己を恭しくする」とは、自分の品行を慎んで落とさないことをいう。その上で業務の本筋を誤らず、「正しく温泉宿を営むだけ、正しく旅籠屋を営むだけ」と心に決めて肝に銘じよ。この道理は誰も同じで、農家は身を慎んで正しく農業をするだけ、商家は正しく商売をするだけ、職人は正しく仕事をするだけ。こうすれば必ず過ちはない。「南面するだけ」とは、国政一筋に心を傾けて余計なことを思わず、しないことをいうのであって、ただ南を向いて座っているという意味ではない。この道理は深遠だ、よくよく考えてよく心得よ。身を修めるも、家を整えるも、国を治めるも、すべてこの一点にある。忘れるな、怠るな。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、君子は、食(しょく)飽(あ)かん事を求むる事なく、居(きょ)安(やす)からん事を求むる事なし。仕事は骨(ほね)を折り、無益(むえき)の言(げん)は云はず、其(そ)の上に有道(ゆうどう)に就(つ)いて正す。余程(よほど)誉(ほ)むるならんと思ひしに、学(がく)を好むと云ふべきのみとあり。聖人の学は厳(げん)なる物なり。今日(こんにち)の上にいはば、酒は呑(の)まず仕事は稼(かせ)ぎ、無益の事は為(な)さず、是(これ)通常の人なり、と云へるが如し。
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二宮翁夜話・巻之五或ひと曰く、毛利元就(もうりもとなり)曰く、百事思ふ半分も、成就せぬ物なり、中国の主たらんと思ふて、漸(ようや)く一国の主たるべし、天下の主たらんと願ひて、漸く中国の主たるべしと、実に然るべし、翁曰く、理或は然らん、然りといへ共、是れ乱世大将の志にして、我が門の称せざる処なり、夫れ舜禹(しゅんう)の帝王たるや、其の帝王たらん事を願はず、只一途に勤むべき事を、勤めしのみ、親に事(つか)へては、親の為に尽し、君に事へては、君の為に尽し、耕稼陶漁(こうかとうぎょ)、皆其の事に就きて尽せるのみ、舜の歴山(れきざん)にある、禹の舜に事ふる時、何ぞ帝王たる事を願ひて然らんや、己の身ある事を知らず、只君親ある事を知るのみ、古書に舜禹の事を述ぶるを、見て知るべし、此の如くならざれば、一家一村といへ共、歓心(かんしん)を得る事難し、平治する事難し、譬へば家を取らん事を願ひて、家を取り、村長とならん事を願ひて、村長となるの類(るい)、其の家其の村必ず治らず、如何となれば、斯くせんと欲して為せば、謀計機巧(ぼうけいきこう)を用ふればなり、謀計機巧は、衆恨(しゅうこん)の聚(あつ)まる処なれば、一旦勢(いきおい)に乗じ智力を用ひ、是を為すといへ共、焉(いずく)んぞ能く久しきを保たんや、焉んぞ能く治平を得んや、是れ我が門の戒むる処なり、夫れ東照公(とうしょうこう)は国を治め民を安んずるの天理なる事を知りて、一途に勤めたりと宣(のたま)へり、乱世にしてすら此の如し、敬服せざるべけんや、富商の番頭、忠実を其の主家に尽して、終に婿(むこ)となり、主人となる者多し、夫れ商法家は家を愛する事、堯舜(ぎょうしゅん)の天下を愛するが如くなる、故に然るなり。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、予(よ)飢饉救済の為、野常相駿豆(やじょうそうすんず)の諸村を巡行して、見聞せしに、凶歳といへども、平日出精人(しゅっせいにん)の田畑は、実法(みの)り相応にありて、飢渇(きかつ)に及ぶに到らず、予が歌に「丹精は誰(たれ)しらねどもおのづから秋の実法(みの)りのまさる数々」といへるが如し、論語に、苟(まこと)に仁に志さば悪なし、と云へり、至理(しり)なり、此の道理を押すに苟に農業に志せば、凶歳なしと言ひて可なる物なり、されば苟に商法に志せば、不景気なしと云ひて可ならん、汝等(なんじら)能(よ)く勤めよ。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、世人(せじん)家業(かぎょう)と欲とを混じて其(そ)の弁別を知らざるものあり、故に家業を出精(しゅっせい)するを欲深しと思ふなり、大なる誤と云ふべし。家業は出精せねばならぬ物なり、怠りては済まぬものなり。欲は夫(それ)とは違ひ、押へねばならぬものなり。夫(そ)れ人皆家の業あり、官吏(かんり)の国家の為に尽力するは家業出精なり、教師の教育に勉強(べんきょう)するも家業出精なり、僧侶の戒律を能(よ)く守るも家業出精なり、医師の病者に心力を尽すも家業出精なり、農工商皆同じ。能く心得て思ひ混(まが)ふべからず。
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二宮翁夜話・巻之一浦賀の人、飯高六蔵、多弁の癖(くせ)あり、暇(いとま)を乞ふて国に帰らんとす。翁諭して云く、汝国に帰らば決して人に説く事を止(とど)めよ。人に説く事を止めて、おのれが心にて、己が心に異見せよ。己が心にて己が心に異見するは、柯(か)を取て、柯を伐(き)るよりも近し、元(もと)己が心なればなり。夫(それ)異見する心は、汝が道心なり、異見せらるゝ心は、汝が人心なり。寝ても覚ても坐しても歩行(あるい)ても、離るゝ事なき故、行住坐臥油断なく異見すべし。若(もし)己(おのれ)酒を好まば、多く飲む事を止めよと異見すべし。速(すみやか)に止(や)めばよし、止めざる時は幾度(いくたび)も異見せよ。其外驕奢の念起る時も、安逸の欲起る時も皆同じ。百事此(かく)の如くみづから戒めば、是(これ)無上の工夫なり。此工夫を積んで、己が身修(おさま)り家斉(ととの)ひなば、是己が心己が心の異見を聞(きき)しなり。此時に至らば、人汝が説(せつ)を聞く者あるべし、己修(おさまり)て人に及ぶが故なり。己が心にて己が心を戒しめ、己聞(きか)ずば必(かならず)人に説く事なかれ。且(かつ)汝家に帰らば、商法に従事するならん、土地柄といひ、累代の家業といひ至当なり。去(さり)ながら、汝売買(ばいばい)をなすとも、必金を設(もうけ)んなどゝ思ふべからず、只商道の本意を勤めよ。商人たる者、商道の本意を忘るゝ時は、眼前は利を得(う)るとも詰(つま)り滅亡を招くべし。能(よく)商道の本意を守りて勉強せば、財宝は求(もとめ)ずして集り、富栄繁昌量(はか)るべからず。必(かならず)忘るゝ事なかれ。