二宮翁夜話 / 巻之三
翁曰、君子は、食飽かん事を求むる事なく、居安からん事を求むる事なし。仕事は骨を折り、無益の言は云はず、其上に有道に就て正す。余程誉るならんと思ひしに、学を好むと云ふべきのみとあり。聖人の学は厳なる物なり。今日の上にいはば、酒は呑まず仕事は稼ぎ、無益の事は為さず、是通常の人なり、と云へるが如し。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、君子は、食(しょく)飽(あ)かん事を求むる事なく、居(きょ)安(やす)からん事を求むる事なし。仕事は骨(ほね)を折り、無益(むえき)の言(げん)は云はず、其(そ)の上に有道(ゆうどう)に就(つ)いて正す。余程(よほど)誉(ほ)むるならんと思ひしに、学(がく)を好むと云ふべきのみとあり。聖人の学は厳(げん)なる物なり。今日(こんにち)の上にいはば、酒は呑(の)まず仕事は稼(かせ)ぎ、無益の事は為(な)さず、是(これ)通常の人なり、と云へるが如し。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。『論語』に「君子は、腹いっぱい食べることを求めず、住まいの安楽を求めない。仕事に骨身を惜しまず、無駄口をきかず、そのうえで道ある人に就いて自分を正す」とある。よほど褒めるのかと思いきや、「学を好むと言えるだけだ」とあるにすぎない。聖人の学問は厳しいものだ。これを今日の言い方にすれば、「酒は飲まず仕事に励み、無駄なことはしない、それでもまだ普通の人だ」と言っているようなものである。
解説
『論語』学而篇の一節を引き、聖人の学問の厳しさを説く一条です。飽食や安逸を求めず、勤勉に働き、無駄口を慎み、なお道ある人に学んで自らを正す――これほど立派に見える人でも、孔子はやっと「学を好む」と認めるだけだといいます。尊徳はこれを、酒を控え仕事に励み無駄をしないのは「まだ普通の人」だと言い換え、報徳の実践に高い基準を置きました。勤労を尊ぶ報徳思想において、努力は誇るものではなく当たり前の出発点なのです。自分の頑張りを過大評価せず、さらに上を目指す謙虚さは、現代の学びや仕事にも通じる姿勢だと教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳勤労論語聖人の学謙虚
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