二宮翁夜話 / 巻之二
翁某村を巡回せられたる時、惰弱にして掃除をもせぬ者あり、曰、汚穢を窮る、此の如くなれば、汝が家永く貧乏神の住所となるべし、貧乏を免れんと欲せば、先庭の草を取り、家屋を掃除せよ、不潔斯の如くなる時は、又疫病神も宿るべし、能心掛けて、貧乏神や疫病神は居られざる様に掃除せよ、家に汚物あれば汚蠅の集るが如く、庭に草あれば蛇蝎所を得て住むなり、肉腐れて蛆生じ、水腐れて孑孒生ず、されば、心身穢れて罪咎生じ、家穢れて疾病生ず、恐るべしと諭さる、又一戸家小にして内外清潔の家あり、翁曰、彼は遊惰無頼博徒の類か、家内を見るに俵なく好農機具なし、農家の罪人なるべしと、村吏其明察に驚けり。
書き下し
翁某村(ぼうそん)を巡回せられたる時、惰弱(だじゃく)にして掃除(そうじ)をもせぬ者あり。曰く、汚穢(おわい)を窮(きわ)むる、此の如くなれば、汝が家永く貧乏(びんぼう)神の住所となるべし。貧乏を免(まぬが)れんと欲せば、先(ま)づ庭(にわ)の草を取り、家屋を掃除せよ。不潔(ふけつ)斯(かく)の如くなる時は、又疫病(やくびょう)神も宿(やど)るべし。能(よく)心掛けて、貧乏神や疫病神は居られざる様に掃除せよ。家に汚物あれば汚蠅(くそばえ)の集(あつま)るが如く、庭に草あれば蛇蝎(じゃかつ)所を得て住むなり。肉腐(くさ)れて蛆(うじ)生じ、水腐れて孑孒(ぼうふり)生ず。されば、心身穢(けが)れて罪咎(つみとが)生じ、家穢(けが)れて疾病生ず。恐(おそ)るべしと諭(さと)さる。又一戸家小にして内外清潔(せいけつ)の家あり。翁曰く、彼は遊惰(ゆうだ)無頼(ぶらい)博徒(ばくと)の類か、家内を見るに俵なく好(よ)き農機具なし、農家の罪人なるべしと。村吏(そんり)其明察(めいさつ)に驚(おどろ)けり。
現代語訳
翁がある村を巡回されたとき、なまけて掃除もしない者がいた。翁は言われた。汚れがこれほど極まっていては、おまえの家は末永く貧乏神の住処になるだろう。貧乏を免れたければ、まず庭の草を取り、家屋を掃除せよ。これほど不潔では、疫病神も宿るだろう。よく心がけて、貧乏神や疫病神が居られないように掃除せよ。家に汚物があれば蠅が集まり、庭に草があれば蛇や蝎が住み着く。肉が腐れば蛆がわき、水が腐れば孑孒(ぼうふら)がわく。だから心身が穢れれば罪咎が生じ、家が穢れれば病気が生じる。恐るべきことだと諭された。また、一戸、家は小さいが内も外も清潔な家があった。翁は言われた。あれは遊び怠け者か無頼の博打打ちの類ではないか。家の中を見ると米俵もなく、良い農機具もない。農家の罪人だろう、と。村役人はその明察に驚いた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、農家は作物の為とのみ勤めて朝夕力を尽し、心を尽す時は、自然願はずして穀物蔵に満(みつ)るなり。穀物蔵にあれば呼ばずして魚売りも来り、小間物屋(こまものや)も来り、何もかも安楽自在なり。又村里を見るに籬(まがき)丈夫に住居の掃除も届き、積肥(つみごえ)沢山積重ねたるは、何となく福々(ふくぶく)しき。其家の田畑は隅々まで行届き出来、平(たいら)に穂先揃ひて見事なるものなり。又之に反して出来不平(ふびょう)にして穂先揃はず、稗(ひえ)あり艸(くさ)あり、何となく見苦しき田畑の作主(つくりぬし)の家は、籬も破れ、家居(いえい)不潔なるものなり。又一種不精者(ぶしょうもの)の困窮ながらも家居は清潔に住むあり、是は籬其外も行き届きたれど、家に俵(たわら)なく、農具なく、庭に積肥なく、何となくさみしきものなり。又人気(じんき)和せざる村里は四壁の竹木も不揃(ふぞろ)ひにて、道路悪敷(あしく)堰(せき)用水路に笹茂るなど見苦しきものなり、大凡(おおよそ)違はじ。
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、若き者は、毎日能(よ)く勤めよ、是(これ)我が身に徳を積むなり。怠りなまけるを以て得と思ふは大なる誤なり。徳をつめば天より恵あること眼前なり。今雇人(やといにん)を以て譬(たと)へん、彼の男は能く働きて貞実(ていじつ)なり、来年は我が家に頼むべしといひ、能く勤むれば聟(むこ)に貰ふべしと云ふに至るものなり。是に反する者は、本年は取り極めたれば是非なし、来年は断るべしと云ふ様になるは眼前の事なり。無智短才(むちたんさい)なりとも能く謹み、能く顧み、身に過(あやまち)無き様にすべし。過ちは則(すなわ)ち身の疵(きず)なり。古語に「身体髪膚(しんたいはっぷ)之を父母に受く、敢(あえ)て毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」とあり。人過てば身の疵となる事を知らず、傷さへせざればよしと思ふは違へり。且(かつ)過ちは身の疵なるのみならず、父母兄弟の顔をも汚すなり。慎まざるべけんや。
-
二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、富と貧とは、元(もと)遠(とお)く隔(へだ)つ物にあらず、只(ただ)少しの隔(へだたり)なり、其本源(ほんげん)只一つの心得(こころえ)にあり、貧者は昨日の為に今日勤め、昨年の為に今年勤む、故に終身(しゅうしん)苦(くる)しんで其功なし、富者は明日の為に今日勤め、来年の為に今年勤め、安楽自在(あんらくじざい)にして、成す事成就(じょうじゅ)せずと云ふ事なし、然(しか)るを世の人、今日飲む酒無き時は、借りて飲み、今日食ふ米なき時は、又借りて食ふ、是(これ)貧窮(ひんきゅう)すべき元因(もといん)なり、今日薪(たきぎ)を取りて、明朝(みょうちょう)飯(めし)を炊(た)き、今夜繩(なわ)を索(な)ふて、明日籬(まがき)を結(むす)ばば、安心にして、差支(さしつか)へなし、然るを貧者の仕方は、明日取る薪にて、今夕(こんせき)の飯を炊かんとし、明夜索ふ繩を以て、今日籬を結ばんとするが如し、故に苦しんで功成らず、故に予(よ)常に曰く、貧者草を刈らんとする時、鎌(かま)なし、之を隣(となり)に借りて、草を刈る常の事なり、是貧窮を免(まぬか)るる事能(あた)はざるの元因なり、鎌なくば先(ま)づ日雇取(ひやといと)りを為すべし、此賃銭(ちんせん)を以て、鎌を買ひ求(もと)め、然る後に草を刈るべし、此道は則(すなわ)ち開闢元始(かいびゃくげんし)の大道に基(もとづ)く物なるが故に、卑怯(ひきょう)卑劣(ひれつ)の心なし、是神代(かみよ)の古(いにしえ)、豊芦原(とよあしはら)に天降(あまくだ)りし時の、神の御心(みこころ)なり、故に此心ある者は、富貴(ふうき)を得、此心無き者は、富貴を得る事能はず
-
二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、財を惜(おし)む者は、如何程(いかほど)愍然(びんぜん)の者を見るも扱(あつか)ふ事能(あた)はず。命を惜む者は、君の不能を見て強諫(きょうかん)すること能はず、又馬前(ばぜん)に死する事も能はず。此(か)くの如き者は農事も十分にする事は出来ざるべし。夫(そ)れ農は天変凶歳(きょうさい)風雨を恐れては、十分に肥(こやし)を用ひ、力を尽す事は出来ぬなり。損害は天に任せて、天下の農人(のうにん)は農をするなり。然(しか)るを況(いわ)んや仕官して君に仕ふる者をや、況(ま)して累代(るいだい)仕官の者をや。
-
二宮翁夜話・巻之四翁(おきな)曰(いわ)く、富人(ふうじん)小道具を好む者は、大事は成し得ぬ物なり、貧人(ひんじん)履物(はきもの)足袋(たび)等を飾(かざ)る者は立身(りっしん)は出来ぬものなり、又(また)人の多く集り雑踏(ざっとう)する処には、好き履物をはく事勿(なか)れ、よき履物は紛失(ふんしつ)する事あり、悪(あ)しきをはきて紛失したる時は尋(たず)ねずして、更(さら)に買求(かいもと)めて履(は)きて帰るべし、混雑(こんざつ)の中にて、是(これ)を尋ねて人を煩(わずら)はすは、麁悪(そあく)なる履物をはきたるよりも見苦(みぐる)し。
-
二宮翁夜話・巻之一翁(おきな)曰(いわ)く、一言を聞ても人の勤惰(きんだ)は分る者なり、東京(えど)は水さへ銭が出ると云ふは、懶惰者(らんだもの)なり、水を売(う)りても銭が取れるといふは勉強人なり、夜は未(いま)だ九時なるに十時だと云ふ者は、寝たがる奴(やつ)なり、未だ九時前也と云ふは、勉強心のある奴なり、すべての事、下に目を付け、下に比較(ひこう)する者は、必(かなら)ず下り向(さがりむき)の懶惰者也、たとへば碁を打て遊ぶは酒を飲(の)むよりよろし、酒を呑むは博奕(ばくえき)よりよろしと云ふが如し、上に目を付け上に比較する者は、必ず上り向(あがりむき)なり、古語に、一言以て知とし一言以て不知(ふち)とす、とあり、うべなるかな。