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二宮翁夜話 / 巻之二

翁曰、学問は活用を尊ぶ、万巻の書を読むといへ共、活用せざれば用はなさぬものなり、論語に、里は仁をよしとす、撰んで仁に居らずんば焉ぞ智を得ん、とあり、誠に名言なり、然といへども、遊歴人や店借人などならば、撰んで仁の村に居る事も出来べし、されど田畑山林家蔵を所有する何村の何某なる者、如何なる仁義の村があればとて、其村に引越す事出来べきや、さりとて其不仁の村に不快ながら住居ては、智者とは云はれざる勿論なり、扨断然不仁の村を捨て、仁義の村に引越す者ありとも我は是を智者とは云ず、書を読んで活用を知らざる愚者と云べし、如何となれば、何村の何某と云るゝ程の者、全戸を他村に引移す事容易にあらず、其費用も莫大なるべし、此莫大の費金を捨、住馴し古郷を捨る、愚にあらずして何ぞ、夫人に道あり、道は蛮貊の邦といへども行はるゝ物なれば、如何なる不仁の村里といへ共道の行れざる事あるべからず、自此道を行ひて、不仁の村を仁義の村に為して、先祖代々其処に永住するをこそ、智といふべけれ、此の如くならざれば、決して智者といふべからず、然して其不仁の村を、仁義の村にする、甚難からず、先自分道を蹈で、己が家を仁にするにあるなり、己が家仁にならずして、村里を仁にせんとするは、白砂を炊で飯にせんとするに同じ、己が家誠に仁になれば、村里仁にならざる事なし、古語に曰、一家仁なれば一国仁に興り、一家譲あれば一国譲に興る、又曰、誠に仁に志せば悪なし、とある通り、決して疑ひなき物なり、夫爰に竹木など本末入交り、竪横に入乱れたるあり、是を一本づゝ本を本にし、末を末にして止ざる時は、終に皆本末揃ひて整然となるが如し、古語に、直を挙て諸の曲れるを措く時はよく曲れる者をして直からしむ、とある通り、善人を挙げ直人を挙て、厚賞誉して怠らざる時は必四五ヶ年間を出ずして、整然たる仁義の村となる事、疑ひなき物なり、世間の富者、此理に闇く書を読んで活用を知らず、我家を仁義にする事を知らず、徒らに迷を取て、村里の不仁なるを悪み村人義を知らず、人気悪し風儀悪しと詈り、他方に移らんとする者往々あり、愚と云べし、扨村里の人気を一新し風俗を一洗すると云事、尤難き事なれども、誠心を以てし、其法方を得れば、左程難き事にはあらざるなり、先衰貧を挽回し、頽廃を興復するより手を下し方法の如くして漸次、人気風儀を一洗すべし、扨人気風儀を一新なすに機会あり、譬ば今爰に戸数一百の邑あり、其中四十戸は衣食不足なく、六十戸は窮乏なれば、一邑其貧を恥とせず、貧を恥とせざれば租税を納ざるを恥ず、借財を返さゞるを恥ず、夫役を怠るを恥ず、質を入るを恥ず、暴を云を恥ず、此の如くなれば、上の法令も里正の権も行れず、法令行れざる時は悪行至らざる処なし、何を以て之を導ん、爰に到ては法令も教諭も皆益なきなり、又百戸の中、六十戸は衣食不足なく、四十戸は貧窮なる時は、教ずして自恥を生ず、恥を生ずれば、義心を生ず、義心生ずれば、租税を納めざるを恥ぢ、借財を返さゞるを恥ぢ、夫役を怠るを恥ぢ、質を入るを恥ぢ、暴を云を恥るに至る、爰に至て法令も行れ、教導も行れ、善道に導くべく、勉強にも趣しむべし、其機斯の如し、譬ば権衡の釣合の如し、左重ければ左に傾き、右重ければ右に傾くが如く、村内貧多き時は貧に傾き、悪多き時は悪に傾く、故に相共に恥なし、富多き時は富に傾き、善多き時は善に傾く、故に恥を生ずれば義心を生ず、汚俗を一洗し、一村を興復するの業、只此機あるのみ、知らずばあるべからず、如何なる良法仁術と云とも、村中一戸も貧者無からしむるは難しとす、如何となれば、人に勤惰あり強弱あり智愚あり、家に積善あり不積善あり、加之前世の宿因もあり、是を如何とも為べからず、此の如きの貧者は、只其時々の不足を補ふて、覆墜せざらしむるにあり。

書き下し

翁曰く、学問は活用を尊(たっと)ぶ。万巻の書を読むといへ共、活用せざれば用はなさぬものなり。論語に、里は仁をよしとす、撰(えら)んで仁に居らずんば焉(いずく)んぞ智を得ん、とあり、誠に名言なり。然(しか)りといへども、遊歴人(ゆうれきじん)や店借人(たながりにん)などならば、撰んで仁の村に居る事も出来べし。されど田畑山林家蔵を所有する何村の何某(なにがし)なる者、如何なる仁義の村があればとて、其村に引越す事出来べきや。さりとて其不仁の村に不快ながら住居ては、智者とは云はれざる勿論なり。扨(さて)断然(だんぜん)不仁の村を捨て、仁義の村に引越す者ありとも、我は是を智者とは云はず、書を読んで活用を知らざる愚者と云ふべし。如何となれば、何村の何某と云はるゝ程の者、全戸を他村に引移す事容易にあらず、其費用も莫大なるべし。此莫大の費金を捨(すて)、住馴(すみなれ)し古郷を捨(すつ)る、愚にあらずして何ぞ。夫(それ)人に道あり、道は蛮貊(ばんぱく)の邦といへども行はるゝ物なれば、如何なる不仁の村里といへ共道の行はれざる事あるべからず。自(みずか)ら此道を行ひて、不仁の村を仁義の村に為して、先祖代々其処に永住するをこそ、智といふべけれ。此の如くならざれば、決して智者といふべからず。然して其不仁の村を、仁義の村にする、甚(はなは)だ難からず。先(ま)づ自分道を蹈(ふん)で、己が家を仁にするにあるなり。己が家仁にならずして、村里を仁にせんとするは、白砂を炊(かし)いで飯(めし)にせんとするに同じ。己が家誠に仁になれば、村里仁にならざる事なし。古語に曰く、一家仁なれば一国仁に興(おこ)り、一家譲(ゆず)りあれば一国譲に興る。又曰く、誠に仁に志せば悪なし、とある通り、決して疑(うたが)ひなき物なり。夫(それ)爰(ここ)に竹木など本末入交り、竪横(たてよこ)に入乱れたるあり。是を一本づゝ本を本にし、末を末にして止(や)まざる時は、終に皆本末揃(そろ)ひて整然となるが如し。古語に、直(なおき)を挙(あげ)て諸(もろもろ)の曲(まが)れるを措(お)く時はよく曲れる者をして直からしむ、とある通り、善人を挙げ直人を挙げて、厚(あつ)く賞誉(しょうよ)して怠(おこた)らざる時は、必ず四五ヶ年間を出でずして、整然たる仁義の村となる事、疑(うたが)ひなき物なり。世間の富者、此理に闇(くら)く書を読んで活用を知らず、我家を仁義にする事を知らず、徒(いたず)らに迷(まよ)ひを取りて、村里の不仁なるを悪(にく)み、村人義を知らず、人気悪し風儀悪しと詈(ののし)り、他方に移(うつ)らんとする者往々あり、愚と云ふべし。扨(さて)村里の人気を一新し風俗を一洗すると云ふ事、尤(もっと)も難(かた)き事なれども、誠心を以てし、其法方を得れば、左程難(かた)き事にはあらざるなり。先(ま)づ衰貧(すいひん)を挽回(ばんかい)し、頽廃(たいはい)を興復するより手を下し、方法の如くして漸次(ぜんじ)、人気風儀を一洗すべし。扨人気風儀を一新なすに機会(きかい)あり。譬(たと)へば今爰(ここ)に戸数一百の邑(むら)あり、其中四十戸は衣食不足なく、六十戸は窮乏なれば、一邑其貧を恥(はじ)とせず。貧を恥とせざれば租税を納(おさ)めざるを恥ぢず、借財を返さゞるを恥ぢず、夫役を怠るを恥ぢず、質(しち)を入るを恥ぢず、暴(ぼう)を云ふを恥ぢず。此の如くなれば、上の法令も里正(りせい)の権(けん)も行はれず。法令行はれざる時は悪行至らざる処なし。何を以て之を導(みちび)かん。爰(ここ)に到りては法令も教諭(きょうゆ)も皆益なきなり。又百戸の中、六十戸は衣食不足なく、四十戸は貧窮なる時は、教(おし)へずして自(おのづか)ら恥を生ず。恥を生ずれば義心を生ず。義心生ずれば、租税を納めざるを恥ぢ、借財を返さゞるを恥ぢ、夫役を怠るを恥ぢ、質を入るを恥ぢ、暴(ぼう)を云ふを恥づるに至る。爰(ここ)に至りて法令も行はれ、教導も行はれ、善道に導(みちび)くべく、勉強にも趣(おもむ)かしむべし。其機(き)斯(かく)の如し。譬(たと)へば権衡(はかり)の釣合の如し。左重ければ左に傾(かたむ)き、右重ければ右に傾くが如く、村内貧多き時は貧に傾き、悪多き時は悪に傾く。故に相共に恥なし。富多き時は富に傾き、善多き時は善に傾く。故に恥を生ずれば義心を生ず。汚俗を一洗し、一村を興復するの業、只此機あるのみ。知らずばあるべからず。如何なる良法仁術と云ふとも、村中一戸も貧者無からしむるは難しとす。如何となれば、人に勤惰(きんだ)あり強弱(きょうじゃく)あり智愚あり、家に積善あり不積善あり、加之(しかのみならず)前世の宿因もあり、是を如何とも為すべからず。此の如きの貧者は、只其時々の不足を補(おぎな)ふて、覆墜(ふくつい)せざらしむるにあり。

現代語訳

翁が言われた。学問は活用してこそ尊い。万巻の書を読んでも、活用しなければ役に立たない。論語に「里は仁があるのを良しとする。選んで仁のある所に住まなければ、どうして智者といえよう」とあり、まことに名言だ。とはいえ、旅暮らしの者や借家住まいなら、選んで仁のある村に住むこともできよう。だが田畑・山林・家蔵を持つ何村の何某という者が、どんなに仁義の村があるからといって、その村へ引っ越せるだろうか。かといって不仁の村に不快なまま住み続けては、智者と呼ばれないのはもちろんだ。さて、思い切って不仁の村を捨て仁義の村へ引っ越す者がいても、私はこれを智者とはいわず、書を読んで活用を知らぬ愚者というべきだ。なぜなら、何村の何某と呼ばれるほどの者が全戸を他村へ移すのは容易でなく、費用も莫大だ。この莫大な費用を捨て、住み慣れた故郷を捨てる――愚でなくて何だろう。そもそも人には道があり、道は未開の異国でも行われるものだから、どんな不仁の村里でも道が行われないことはない。自らこの道を行い、不仁の村を仁義の村にして、先祖代々そこに永住してこそ、智というべきだ。そうでなければ決して智者とはいえない。さて、その不仁の村を仁義の村にするのはさほど難しくない。まず自分が道を踏んで、自分の家を仁にすることにある。自分の家が仁にならないうちに村里を仁にしようとするのは、白砂を炊いて飯にしようとするのと同じだ。自分の家がまことに仁になれば、村里が仁にならないことはない。古語に「一家が仁なら一国が仁に興り、一家に譲りがあれば一国に譲りが興る」とあり、また「まことに仁を志せば悪はない」とある通り、決して疑いない。ここに竹や木が根元と先が入り交じり縦横に乱れているとする。これを一本ずつ根元を根元、先を先と揃えてやめずにいれば、ついにはみな整然となる。古語に「まっすぐな者を挙げて曲がった者の上に据えれば、曲がった者もまっすぐになる」とある通り、善人・正直者を挙げて厚く賞め怠らなければ、必ず四、五年のうちに整然とした仁義の村になることは疑いない。世間の富者はこの理に暗く、書を読んでも活用を知らず、自分の家を仁義にすることを知らず、いたずらに迷って、村里の不仁を憎み、村人が義を知らず人情も風儀も悪いとののしり、よそへ移ろうとする者がしばしばいる。愚というべきだ。さて、村里の人情を一新し風俗を洗い清めるのは最も難しいことだが、誠心をもって正しい方法を得れば、さほど難しくはない。まず衰えと貧しさを立て直し、荒廃を復興することから手をつけ、方法どおりに進めれば、次第に人情も風儀も洗い清められる。さて人情・風儀を一新するには機会がある。たとえば戸数百の村があり、そのうち四十戸は衣食に不足なく、六十戸が窮乏していれば、村は貧しさを恥としない。貧しさを恥としなければ、税を納めないのも、借金を返さないのも、夫役を怠るのも、質入れも、乱暴な物言いも恥じない。こうなると上の法令も村役人の権威も行われず、悪行が至らぬところはない。何によって導けよう。ここに至っては法令も教諭もみな無益だ。逆に百戸のうち六十戸が衣食に不足なく、四十戸が貧窮なら、教えなくても自然に恥が生じる。恥が生じれば義心が生じ、税を納めないのも借金を返さないのも夫役を怠るのも質入れも乱暴も恥じるに至る。ここに至って法令も教導も行われ、善道へ導き、勉励させられる。その機はこのようだ。たとえば秤の釣り合いのようなもので、左が重ければ左に傾き右が重ければ右に傾くように、村に貧が多ければ貧に傾き、悪が多ければ悪に傾く。だから互いに恥がない。富が多ければ富に傾き、善が多ければ善に傾く。だから恥が生じれば義心が生じる。悪しき風俗を洗い清め一村を復興する業は、ただこの機があるだけだ。知らずにはいられない。どんな良法・仁術でも、村中に一戸も貧者をなくすのは難しい。なぜなら人には勤勉と怠惰、強弱、賢愚があり、家には善行の積み重ねの有無があり、そのうえ前世の因縁もあって、どうにもできないからだ。こうした貧者には、ただその時々の不足を補って、破滅させないようにするのである。

解説

学問は活用してこそ尊いという実学の立場から、村の再建法を説いた一条です。論語の「仁に居る」を引きつつ、不仁の村を捨てて移るのは智ではなく、自ら道を行って村を仁義に変え永住することこそ智だと諭します。その出発点は「まず己が家を仁にする」こと――積小為大の順序であり、乱れた竹木を一本ずつ揃える地道な作業にたとえられます。後半では、貧が多数を占めれば恥が消えて村全体が悪へ傾き、富が多数になれば恥が生じて義心が興るという「機」を秤の釣り合いで説き、衰貧を立て直すことが風俗刷新の鍵だとします。現代でも、環境を嘆いて逃げるより自らの足元を正して周囲を変えていく姿勢、そして立て直しには順序と機があるという洞察は示唆に富みます。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳実学積小為大興復一家仁なれば一国仁に興る

この一句を、あなたの毎日に。

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