二宮翁夜話 / 巻之一
川久保民次郎と云者あり、翁の親戚なれども、貧にして翁の僕たり、国に帰らんとして暇を乞ふ、翁曰、夫空腹なる時、他にゆきて一飯をたまはれ、予庭をはかんと云とも、決して一飯を振舞ふ者あるべからず、空腹をこらへて、まづ庭をはかば或は一飯にありつく事あるべし、是己を捨て人に随ふの道にして、百事行はれ難き時に立至るも、行はるべき道なり、我若年初て家を持し時、一枚の鍬損じたり、隣家に行て鍬をかし呉よといふ、隣翁曰、今此畑を耕し菜を蒔かんとする処なり、蒔終らざれば貸し難しといへり、我家に帰るも別に為すべき業なし、予此畑を耕して進ずべしと云て耕し、菜の種を出されよ、序に蒔て進ぜんと云て、耕し且蒔て、後に鍬をかりし事あり、隣翁曰、鍬に限らず何にても差支の事あらば、遠慮なく申されよ、必用達べしといへる事ありき、斯の如くすれば、百事差支なきものなり、汝国に帰り、新に一家を持たば、必此心得あるべし、夫汝未壮年なり、終夜いねざるも障りなかるべし、夜々寝る暇を励し勤て、草鞋壱足或は二足を作り、明日開拓場に持出し、草鞋の切れ破れたる者に与んに、受る人礼せずといへども、元寝る暇にて作りたるなれば其分なり、礼を云人あれば、夫丈けの徳なり、又一銭半銭を以て応ずる者あれば是又夫丈の益なり、能此理を感銘し、連日おこたらずば、何ぞ志の貫かざる理あらんや、何事か成ざるの理あらんや、われ幼少の時の勤此外にあらず、肝に銘じて忘るべからず、又損料を出して、差支の物品を用弁するを甚損なりと云人あれど、しからず、夫は事足る人の上の事なり、新に一家を持つ時は百事差支へあり、皆損料にて用弁すべし、世に損料ほど弁理なる物はなし、且安き物はなし、決して損料を高き物、損なる物とおもふ事なかれ。
書き下し
川久保民次郎と云(いう)者あり、翁(おきな)の親戚なれども、貧にして翁の僕(ぼく)たり、国に帰らんとして暇(いとま)を乞(こ)ふ、翁曰(いわ)く、夫(それ)空腹なる時、他(た)にゆきて一飯をたまはれ、予(われ)庭をはかんと云(いう)とも、決して一飯を振舞ふ者あるべからず、空腹をこらへて、まづ庭をはかば或(あるい)は一飯にありつく事あるべし、是(これ)己(おのれ)を捨(す)てて人に随ふの道にして、百事行はれ難き時に立至るも、行はるべき道なり、我(われ)若年初(はじ)めて家を持(もち)し時、一枚の鍬(くわ)損じたり、隣家に行(ゆき)て鍬をかし呉(く)れよといふ、隣翁曰く、今此(この)畑を耕し菜を蒔(ま)かんとする処なり、蒔終(まきおわ)らざれば貸し難しといへり、我家に帰るも別に為すべき業(わざ)なし、予此畑を耕して進ずべしと云て耕し、菜の種を出されよ、序(ついで)に蒔て進ぜんと云て、耕し且(かつ)蒔て、後に鍬をかりし事あり、隣翁曰く、鍬に限らず何にても差支(さしつかえ)の事あらば、遠慮なく申されよ、必(かならず)用達(ようたつ)べしといへる事ありき、斯(かく)の如くすれば、百事差支なきものなり、汝(なんじ)国に帰り、新(あらた)に一家を持たば、必此心得あるべし、夫汝未(いま)だ壮年なり、終夜(よもすがら)いねざるも障(さわ)りなかるべし、夜々(よよ)寝る暇(ひま)を励(はげ)まし勤(つと)めて、草鞋(わらじ)壱足或は二足を作り、明日開拓場に持出し、草鞋の切れ破れたる者に与(あた)へんに、受(う)くる人礼せずといへども、元寝る暇にて作りたるなれば其分(そのぶん)なり、礼を云(いう)人あれば、夫丈(それだ)けの徳なり、又一銭半銭を以て応ずる者あれば是又(これまた)夫丈の益なり、能(よく)此理を感銘し、連日おこたらずば、何ぞ志の貫かざる理あらんや、何事か成らざるの理あらんや、われ幼少の時の勤(つとめ)此外(このほか)にあらず、肝に銘じて忘るべからず、又損料(そんりょう)を出して、差支の物品を用弁するを甚(はなは)だ損なりと云人あれど、しからず、夫は事足る人の上の事なり、新に一家を持つ時は百事差支へあり、皆損料にて用弁すべし、世に損料ほど弁理(べんり)なる物はなし、且(かつ)安き物はなし、決して損料を高き物、損なる物とおもふ事なかれ。
現代語訳
川久保民次郎という者がいた。翁(二宮尊徳)の親戚だが、貧しくて翁の下僕として仕えていた。故郷へ帰ろうとして暇乞いをした。翁は言われた。空腹のとき、よそへ行って一飯を恵んでくれ、その代わり庭を掃こうと言っても、決して一飯を振る舞う者はいない。だが空腹をこらえて、まず黙って庭を掃けば、あるいは一飯にありつけることもある。これは自分を捨てて人に随う道であり、何事もうまく運ばない苦しい時に立ち至っても、なお通用する道である。私が若い頃、初めて一家を構えたとき、一枚の鍬が壊れた。隣家に行って鍬を貸してくれと頼むと、隣家の主人は「今この畑を耕して菜を蒔こうとしているところだ。蒔き終わらなければ貸せない」と言う。私は家に帰っても別にすべき仕事もない。そこで「この畑を私が耕して差し上げましょう」と言って耕し、「菜の種を出してください、ついでに蒔いて差し上げましょう」と言って耕しかつ蒔いて、そのあとで鍬を借りたことがある。すると隣家の主人は「鍬に限らず何でも困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ、必ず用立てよう」と言ってくれたものだ。このようにすれば、何事も差し支えなく運ぶものである。お前は故郷に帰って新たに一家を構えたら、必ずこの心得を持つがよい。お前はまだ若い。夜通し寝ずにいても差し支えあるまい。毎晩、寝る時間を割いて励み、草鞋を一足か二足作り、翌日開墾の場へ持って行き、草鞋の切れ破れた者に与えるがよい。受け取る人が礼を言わなくても、もともと寝る時間で作ったものだからそれでよい。礼を言う人があれば、それだけの徳になる。また一銭半銭でも払う者があれば、それはまたそれだけの利益になる。よくこの道理を心に刻み、毎日怠らなければ、どうして志が貫けないことがあろうか、どうして成らないことがあろうか。私が幼少の頃の勤めもこれよりほかにはなかった。肝に銘じて忘れてはならない。また、損料(レンタル料)を払って必要な物を間に合わせるのをたいそう損だと言う人がいるが、そうではない。それは十分に事足りている人の話だ。新たに一家を構えるときは何もかも足りない。すべて損料で間に合わせるがよい。世に損料ほど便利なものはなく、しかも安いものはない。決して損料を高いもの、損なものと思ってはならない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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二宮翁夜話・巻之三某村(ぼうそん)に貧人の若者あり、困窮(こんきゅう)甚(はなは)だしといへども、心掛宜(よろ)し。曰(いわ)く、我が貧窮は宿世(すくせ)の因なるべし、是(これ)余儀(よぎ)なき事なり、何卒(なにとぞ)して、田禄(でんろく)を復古し、老父母を安(やす)んぜんと云ひて、昼夜農事を勉強せり。或る人両親の意なりとて、嫁(よめ)を迎へん事を勧む。某(それがし)曰く、予(よ)至愚(しぐ)且つ無能無芸、金を得るの方を知らず、只農業を勉強するのみ。仍(よっ)て考ふるに、只妻を持つ事を遅くするの外、他に良策無しと決定(けつじょう)せりと云ひて、固辞す。翁是を聞きて曰く、善(よ)い哉(かな)其の志や。事を為さんと欲する者は勿論、一芸に志す者といへども、是を良策とすべし。如何(いか)となれば人の生涯は限りあり、年月は延(のば)すべからず。然(しか)らば妻を持つを遅くするの外、益を得るの策はあらざるべし。誠に善き志なり。神君の遺訓にも、己が好む処を避けて、嫌ふ処を専ら勤むべし、とあり。我が道は尤(もっと)も此の如き者を賞すべし、等閑(なおざり)に置くべからず、世話掛りたる者心得あるべし。夫(それ)世の中好む事を先にすれば、嫌ふ処忽(たちま)ちに来る、嫌ふ処を先にすれば、好む処求めずして来る。盗(ぬすみ)をなせば追手(おって)が来り、物を買へば代銀を取りに来る、金を借用すれば返済の期が来り、返さざれば差紙(さしがみ)が来る、是眼前の事なり。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、予(よ)不幸にして、十四歳の時父に別れ、十六歳の折(おり)母に別れ、所有の田地は、洪水の為に残らず流失し、幼年の困窮(こんきゅう)艱難(かんなん)実に心魂(しんこん)に徹(てっ)し、骨髄(こつずい)に染(し)み、今日猶(なお)忘るゝ事能(あた)はず、何卒(なにとぞ)して世を救ひ国を富(とま)し、憂(う)き瀬(せ)に沈む者を助けたく思ひて、勉強せしに、斗(はか)らずも又天保両度の飢饉に遭遇(そうぐう)せり、是に於て心魂を砕(くだ)き、身体を粉(こ)にして、弘(ひろ)く此の飢饉を救はんと勤めたり、其の方法は本年は季候悪(あ)し、凶歳ならんと、思ひ定めたる日より、一同申合せ、非常に勤倹(きんけん)を行ひ、堅く飲酒を禁じ、断然(だんぜん)百事を抛(なげう)ちて、其の用意をなしたり、其の順序は先(ま)づ申合せて、明地(あきち)空地を開き、木綿畑を潰(つぶ)して瓜哇薯(じゃがたらいも)蕎麦(そば)菜種(なたね)大根蕪菜(かぶな)等の食料になるべき物を、蒔付(まきつ)くる手配を尽し、土用明け迄は隠元(いんげん)豆も遅からねば、奥の種を求めて多く蒔(ま)かせ、夫(それ)より早稲(わせ)を刈取り、干田は耕(たがや)して麦を蒔き、金銭を惜(お)しまず、元肥(もとごえ)を入れて培養(ばいよう)し、夫より畑の菜種の苗を抜きて田に移し植ゑて、食料の助(たすけ)とせり、此の如く其の土地土地に於て油断なく勉強せば、意外に食料を得べし、凶荒(きょうこう)の兆(きざし)あらば油断なく食料を求むる工夫を尽すべし。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、財を惜(おし)む者は、如何程(いかほど)愍然(びんぜん)の者を見るも扱(あつか)ふ事能(あた)はず。命を惜む者は、君の不能を見て強諫(きょうかん)すること能はず、又馬前(ばぜん)に死する事も能はず。此(か)くの如き者は農事も十分にする事は出来ざるべし。夫(そ)れ農は天変凶歳(きょうさい)風雨を恐れては、十分に肥(こやし)を用ひ、力を尽す事は出来ぬなり。損害は天に任せて、天下の農人(のうにん)は農をするなり。然(しか)るを況(いわ)んや仕官して君に仕ふる者をや、況(ま)して累代(るいだい)仕官の者をや。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、若き者は、毎日能(よ)く勤めよ、是(これ)我が身に徳を積むなり。怠りなまけるを以て得と思ふは大なる誤なり。徳をつめば天より恵あること眼前なり。今雇人(やといにん)を以て譬(たと)へん、彼の男は能く働きて貞実(ていじつ)なり、来年は我が家に頼むべしといひ、能く勤むれば聟(むこ)に貰ふべしと云ふに至るものなり。是に反する者は、本年は取り極めたれば是非なし、来年は断るべしと云ふ様になるは眼前の事なり。無智短才(むちたんさい)なりとも能く謹み、能く顧み、身に過(あやまち)無き様にすべし。過ちは則(すなわ)ち身の疵(きず)なり。古語に「身体髪膚(しんたいはっぷ)之を父母に受く、敢(あえ)て毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」とあり。人過てば身の疵となる事を知らず、傷さへせざればよしと思ふは違へり。且(かつ)過ちは身の疵なるのみならず、父母兄弟の顔をも汚すなり。慎まざるべけんや。
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二宮翁夜話・続篇翁(おきな)曰(いわ)く、農家は作物の為とのみ勤めて朝夕力を尽し、心を尽す時は、自然願はずして穀物蔵に満(みつ)るなり。穀物蔵にあれば呼ばずして魚売りも来り、小間物屋(こまものや)も来り、何もかも安楽自在なり。又村里を見るに籬(まがき)丈夫に住居の掃除も届き、積肥(つみごえ)沢山積重ねたるは、何となく福々(ふくぶく)しき。其家の田畑は隅々まで行届き出来、平(たいら)に穂先揃ひて見事なるものなり。又之に反して出来不平(ふびょう)にして穂先揃はず、稗(ひえ)あり艸(くさ)あり、何となく見苦しき田畑の作主(つくりぬし)の家は、籬も破れ、家居(いえい)不潔なるものなり。又一種不精者(ぶしょうもの)の困窮ながらも家居は清潔に住むあり、是は籬其外も行き届きたれど、家に俵(たわら)なく、農具なく、庭に積肥なく、何となくさみしきものなり。又人気(じんき)和せざる村里は四壁の竹木も不揃(ふぞろ)ひにて、道路悪敷(あしく)堰(せき)用水路に笹茂るなど見苦しきものなり、大凡(おおよそ)違はじ。
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二宮翁夜話・巻之三翁(おきな)曰(いわ)く、富と貧とは、元(もと)遠(とお)く隔(へだ)つ物にあらず、只(ただ)少しの隔(へだたり)なり、其本源(ほんげん)只一つの心得(こころえ)にあり、貧者は昨日の為に今日勤め、昨年の為に今年勤む、故に終身(しゅうしん)苦(くる)しんで其功なし、富者は明日の為に今日勤め、来年の為に今年勤め、安楽自在(あんらくじざい)にして、成す事成就(じょうじゅ)せずと云ふ事なし、然(しか)るを世の人、今日飲む酒無き時は、借りて飲み、今日食ふ米なき時は、又借りて食ふ、是(これ)貧窮(ひんきゅう)すべき元因(もといん)なり、今日薪(たきぎ)を取りて、明朝(みょうちょう)飯(めし)を炊(た)き、今夜繩(なわ)を索(な)ふて、明日籬(まがき)を結(むす)ばば、安心にして、差支(さしつか)へなし、然るを貧者の仕方は、明日取る薪にて、今夕(こんせき)の飯を炊かんとし、明夜索ふ繩を以て、今日籬を結ばんとするが如し、故に苦しんで功成らず、故に予(よ)常に曰く、貧者草を刈らんとする時、鎌(かま)なし、之を隣(となり)に借りて、草を刈る常の事なり、是貧窮を免(まぬか)るる事能(あた)はざるの元因なり、鎌なくば先(ま)づ日雇取(ひやといと)りを為すべし、此賃銭(ちんせん)を以て、鎌を買ひ求(もと)め、然る後に草を刈るべし、此道は則(すなわ)ち開闢元始(かいびゃくげんし)の大道に基(もとづ)く物なるが故に、卑怯(ひきょう)卑劣(ひれつ)の心なし、是神代(かみよ)の古(いにしえ)、豊芦原(とよあしはら)に天降(あまくだ)りし時の、神の御心(みこころ)なり、故に此心ある者は、富貴(ふうき)を得、此心無き者は、富貴を得る事能はず