二宮翁夜話 / 巻之一
翁曰、万巻の書物ありといへども、無学の者に詮なし、隣家に金貸しありといへども、我に借る力なきを如何せん、向ひに米屋ありといへども、銭なければ買ふ事はならぬ也、されば書物を読んと思はゞ、いろはより習ひ初むべし、家を興さんと思はゞ、小より積初むべし、此外に術はあらざるなり。
書き下し
翁(おきな)曰(いわ)く、万巻(ばんかん)の書物ありといへども、無学の者に詮(せん)なし、隣家に金貸しありといへども、我に借(か)る力なきを如何(いかん)せん、向ひに米屋ありといへども、銭(ぜに)なければ買ふ事はならぬ也(なり)、されば書物を読(よ)まんと思はゞ、いろはより習ひ初(はじ)むべし、家を興さんと思はゞ、小(しょう)より積(つみ)初むべし、此外(このほか)に術(じゅつ)はあらざるなり。
現代語訳
翁(二宮尊徳)が言われた。万巻の書物があっても、無学の者には何の役にも立たない。隣家に金貸しがいても、自分に借りる力がなければどうしようもない。向かいに米屋があっても、銭がなければ買うことはできない。だから書物を読もうと思うなら、いろはから習い始めるべきだ。家を興そうと思うなら、小さなところから積み始めるべきだ。これよりほかに方法はないのである。
解説
前条の「積小為大」を、学問と家業の両面から言い換えた一条です。どれほど立派な書物や金貸しや米屋が身近にあっても、それを活かす力――学ぶ力、借りる信用、買う銭――が自分になければ意味がない、と尊徳は説きます。ではどうするか。答えは至ってシンプルで、書物を読みたければ「いろは」から始め、家を興したければ小さなことから積み始めよ、それ以外に道はない、と言い切ります。近道や特別な秘訣を求める心を退け、誰にでもできる基本の一歩を今すぐ踏み出せと促す、実学者らしい教えです。現代でも、条件や環境の不足を嘆く前に、自分の足元から始めることの大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
二宮翁夜話報徳積小為大基本学問勤労
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