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二宮翁夜話 / 巻之一

翁曰く、夫れ人道は人造なり。されば自然に行はるる処の天理とは格別なり。天理とは、春は生じ秋は枯れ、火は燥けるに付き、水は卑に流る、昼夜運動して万古易らざる是なり。人道は日々夜々人力を尽し、保護して成る。故に天道の自然に任すれば、忽に廃れて行はれず。故に人道は、情欲の侭にする時は、立たざるなり。譬ば漫々たる海上道なきが如きも、船道を定め是によらざれば、岩にふるるなり。道路も同じく、己が思ふ侭にゆく時は突当り、言語も同じく、思ふまゝに言葉を発する時は忽ち争を生ずるなり。是に仍て人道は、欲を押へ情を制し勤め々々て成る物なり。夫れ美食美服を欲するは天性の自然、是をため是を忍びて家産の分内に随はしむ。身体の安逸奢侈を願ふも又同じ。好む処の酒を扣へ、安逸を戒め、欲する処の美食美服を押へ、分限の内を省て有余を生じ、他に譲り向来に譲るべし。是を人道といふなり。

書き下し

翁(おきな)曰(いわ)く、夫(そ)れ人道は人造(じんぞう)なり。されば自然に行はるる処の天理とは格別(かくべつ)なり。天理とは、春は生じ秋は枯れ、火は燥(かわ)けるに付き、水は卑(ひく)きに流る、昼夜運動して万古(ばんこ)易(かわ)らざる是(これ)なり。人道は日々夜々人力を尽し、保護(ほうご)して成る。故に天道の自然に任(まか)すれば、忽(たちま)ちに廃(すた)れて行はれず。故に人道は、情欲の侭(まま)にする時は、立たざるなり。譬(たと)へば漫々(まんまん)たる海上道なきが如きも、船道(ふなみち)を定め是によらざれば、岩にふるるなり。道路も同じく、己(おの)が思ふ侭にゆく時は突当り、言語(げんぎょ)も同じく、思ふままに言葉を発する時は忽ち争(あらそ)ひを生ずるなり。是に仍(よ)りて人道は、欲を押へ情を制し勤め勤めて成る物なり。夫れ美食美服を欲するは天性の自然、是をため是を忍びて家産の分内(ぶんない)に随(したが)はしむ。身体(しんたい)の安逸奢侈(あんいつしゃし)を願ふも又同じ。好む処の酒を扣(ひか)へ、安逸を戒め、欲する処の美食美服を押へ、分限(ぶんげん)の内を省(はぶ)きて有余(ゆうよ)を生じ、他に譲り向来(こうらい)に譲るべし。是を人道といふなり。

現代語訳

翁が言われた。そもそも人の道は人が造ったものである。だから自然に行われる天理とはまったく別のものだ。天理とは、春に生じ秋に枯れ、火は乾いたものにつき、水は低い方へ流れ、昼夜運動してとこしえに変わらない――これである。人道は日夜、人が力を尽くして手入れをすることで成り立つ。だから天のなりゆきに任せてしまえば、たちまち廃れて行われなくなる。ゆえに人道は、情欲のままにすれば立たない。たとえば果てしない海上には道がないようでも、航路を定めてそれに従わなければ岩にぶつかる。道路も同じで、自分の思うままに進めば突き当たる。言葉も同じで、思うままに口にすればたちまち争いが生じる。だから人道は、欲を抑え情を制し、努めに努めて成るものだ。そもそも美食や美服を欲するのは生まれつきの自然だが、それをためて堪え忍び、家産の分限の内に収めさせる。体の安楽やぜいたくを願うのも同じである。好きな酒を控え、安楽を戒め、欲する美食美服を抑え、分限の内を切り詰めて余りを生み出し、それを他人に譲り、将来に譲るべきだ。これを人道というのである。

解説

人道は「人造」、すなわち人が努力して造り維持するものだと説く一条です。天理は放っておいても春夏秋冬めぐりますが、人道は日夜手入れを怠れば廃れてしまう。航路を外れれば岩に当たり、言葉を思うままに発すれば争いになるように、欲や情のままに生きれば人の道は立たないと尊徳は言います。そこで求められるのが自己抑制です。美食美服やぜいたくを望むのは自然な欲だが、それを堪えて分限(自分の身の丈)の内に収め、切り詰めて生まれた余りを他人に譲り、将来に譲る――ここに報徳思想の核心である「分度」と「推譲」が示されています。欲を抑えて余剰を生み、それを他者と未来に回すという発想は、持続可能な家計や社会を考える現代にも通じる知恵です。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳人道分度推譲克己

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