忍経 / 王龍舒勸誡・六度萬行は忍を第一と為す
佛曰:「我得無諍三昧,最為人中第一。」又曰:「六度萬行,忍為第一。」 《涅盤經》云:昔有一人,讚佛為大福德,相聞者,乃大怒,曰:「生才七日,母便命中,何者為大福德?」相讚者曰:「年志俱盛而為卒,暴打而不瞋,罵亦不報,非大福德相乎?」怒者心服。
新字:仏曰:「我得無諍三昧,最為人中第一。」又曰:「六度万行,忍為第一。」 《涅盤経》云:昔有一人,讃仏為大福徳,相聞者,乃大怒,曰:「生才七日,母便命中,何者為大福徳?」相讃者曰:「年志倶盛而為卒,暴打而不瞋,罵亦不報,非大福徳相乎?」怒者心服。
書き下し
佛曰く「我無諍三昧を得て、最も人中の第一と為る」と。又曰く「六度萬行、忍を第一と為す」と。 『涅盤經』に云ふ、昔一人有り、佛を讚めて大福德の相と為す。聞く者乃ち大いに怒りて、曰く「生まれて才かに七日にして、母便ち命中す。何者か大福德と為さん」と。相讚むる者曰く「年志俱に盛んにして卒暴の打つ為と為るも瞋らず、罵らるるも亦報いず、大福德の相に非ずや」と。怒る者心服す。
現代語訳
仏は言いました。「私は争いのない三昧(心の静まり)を得て、人の中で最も第一の者となった」。また「六度(六つの修行)とあらゆる行いの中で、忍を第一とする」とも言いました。 『涅槃経』にはこうあります。昔ある人が、仏を大いなる福徳の相を備えた方だと讃えました。それを聞いた者がひどく怒って言いました。「生まれてわずか七日で母が亡くなったのだぞ。何が大いなる福徳なものか」。讃えた者は言いました。「年も若く意気盛んなのに、乱暴者に殴られても怒らず、ののしられても言い返さない。これこそ大いなる福徳の相ではないか」。怒っていた者は心から納得しました。
解説
仏の言葉と『涅槃経』の問答を引いて、忍を仏道の第一に置く一章です。六度とは、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という菩薩の六つの修行で、ここではその中でも忍を第一と言っています。後半の問答は、福徳を生まれや境遇の幸運で測る人に対して、殴られても怒らず、ののしられても言い返さないことこそ福徳の相だと答えるものです。そして、この問答の中で、怒っていた人自身が心服したという結びが、話そのものを忍の実演にしています。幸せを外の条件ではなく、自分の心の構えに見いだす考え方は、今も色あせません。
この章句が説くこと
忍辱忍福徳仏教涅槃経
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