忍経 / 王龍舒勸誡・我佛と作る時先づ此の人を度せん
釋伽佛初在山中修行,時國王出獵,問獸所在。若實告之則害獸,不實告之則妄語,沉吟未對,國王怒,斫去一臂。又問,亦沉吟,又斫去一臂。乃發願云:「我作佛時,先度此人,不使天下人效彼為惡。」存心如此,安得不為佛。後出世果成,佛先度憍陳如者,乃當時國王也。
新字:釈伽仏初在山中修行,時国王出猟,問獣所在。若実告之則害獣,不実告之則妄語,沈吟未対,国王怒,斫去一臂。又問,亦沈吟,又斫去一臂。乃発願云:「我作仏時,先度此人,不使天下人効彼為悪。」存心如此,安得不為仏。後出世果成,仏先度憍陳如者,乃当時国王也。
書き下し
釋伽佛初め山中に在りて修行す。時に國王出でて獵し、獸の在る所を問ふ。若し實もて之に告ぐれば則ち獸を害し、實もて之に告げざれば則ち妄語なり。沈吟して未だ對へず。國王怒りて、一臂を斫り去る。又問ふも、亦沈吟す。又一臂を斫り去る。乃ち願を發して云ふ「我佛と作る時、先づ此の人を度し、天下の人をして彼に效ひて惡を為さしめざらん」と。心を存すること此くの如し、安んぞ佛と為らざるを得ん。後に出世して果して成り、佛の先づ度せし憍陳如なる者は、乃ち當時の國王なり。
現代語訳
お釈迦さまがはじめ山中で修行していたときのことです。そのとき国王が狩りに出て、獣の居場所を尋ねました。本当のことを告げれば獣を殺させることになり、本当のことを告げなければうそをつくことになります。考え込んでまだ答えずにいると、国王は怒って片腕を切り落としました。また尋ねられても、やはり考え込んでいると、もう片方の腕も切り落とされました。そこで願を立てて言いました。「私が仏となったときには、真っ先にこの人を救い、天下の人々が彼を見習って悪を行わないようにしよう」。このような心を持っていたのですから、どうして仏にならずにいられましょう。のちに世に出て果たして仏となり、仏が真っ先に救った憍陳如という人は、なんと当時の国王だったのです。
解説
仏典に見える釈迦の前世の物語を、忍の手本として引いたものです。獣の居場所を教えれば殺生に加担し、教えなければ嘘になる。その板挟みで黙っていた修行者は、怒った国王に両腕を切られても恨まず、仏になったら真っ先にこの人を救おうと願いました。のちに仏が最初に教えを授けた五人の弟子の一人、憍陳如がその国王だった、という結びです。仏教で忍辱を修行の柱に数える背景がよく表れています。これは極端な物語で、今日の暮らしで暴力を受け入れよという意味に読むべきではありません。害を加えた相手の行く末まで案じるという、恨みを越えた心の広さを示す寓話として味わうものです。
この章句が説くこと
忍辱忍慈悲仏教釈迦
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