仏遺教経 / 忍の徳
汝等比丘!若有人來節節支解、當自攝心、無令瞋恨、亦當護口、勿出惡言。若縱恚心、即自妨道、失功德利。忍之為德、持戒苦行所不能及。能行忍者、乃可名為有力大人。若其不能歡喜忍受惡罵之毒如飲甘露者、不名入道智慧人也。所以者何?瞋恚之害、則破諸善法、壞好名聞、今世後世、人不喜見。當知瞋心、甚於猛火、常當防護、無令得入。劫功德賊、無過瞋恚。白衣受欲、非行道人、無法自制、瞋猶可恕、出家行道、無欲之人、而懷瞋恚、甚不可也。譬如清冷雲中、霹靂起火、非所應也。
新字:汝等比丘!若有人来節節支解、当自摂心、無令瞋恨、亦当護口、勿出悪言。若縦恚心、即自妨道、失功徳利。忍之為徳、持戒苦行所不能及。能行忍者、乃可名為有力大人。若其不能歓喜忍受悪罵之毒如飲甘露者、不名入道智慧人也。所以者何?瞋恚之害、則破諸善法、壊好名聞、今世後世、人不喜見。当知瞋心、甚於猛火、常当防護、無令得入。劫功徳賊、無過瞋恚。白衣受欲、非行道人、無法自制、瞋猶可恕、出家行道、無欲之人、而懐瞋恚、甚不可也。譬如清冷雲中、霹靂起火、非所応也。
書き下し
汝等比丘、若し人有りて来たりて節節に支解するも、当に自ら心を摂めて、瞋恨せしむること無かるべし。亦た当に口を護りて、悪言を出すこと勿かるべし。若し恚心を縦にせば、即ち自ら道を妨げ、功徳の利を失う。忍の徳たる、持戒苦行も及ぶ能わざる所なり。能く忍を行ずる者は、乃ち名づけて有力の大人と為すべし。若し其れ能く歓喜して悪罵の毒を忍受すること甘露を飲むが如くならざれば、入道の智慧人と名づけざるなり。所以は何ん。瞋恚の害は、則ち諸の善法を破り、好き名聞を壊り、今世後世、人喜び見ず。当に知るべし、瞋心は猛火よりも甚だし。常に当に防護して、入るを得しむること無かるべし。功徳を劫かす賊は、瞋恚に過ぐる無し。
現代語訳
比丘たちよ、もし人が来て身体を節々から切り離すようなことがあっても、自ら心を収めて怒りを起こさせてはならない。口を守って悪い言葉を出してはならない。怒りの心を放てば、自ら道を妨げ、功徳の利を失う。忍という徳は、持戒や苦行でさえ及ばない。よく忍ぶことができる者こそ、力ある大人と呼ぶべきである。もし罵りの毒を、甘露を飲むように喜んで受け入れられないなら、道に入った智慧の人とは呼べない。なぜか。怒りの害は、あらゆる善き法を破り、良い評判を壊し、今の世でも後の世でも人に喜ばれない。知るべきである、怒りの心は猛火よりも甚だしい。常に防いで、入り込ませてはならない。功徳を奪う賊で、怒りに勝るものはない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之四一忍といふこと、亦善行なり。忍とは、こらふるなり、堪忍するをいふ。忍に二事あり。一には、わが心に嫌ふことをこらへて忿らず、又、一には、わが心に好む物をこらへて貪らず。これ、忿と慾との二を堪ふるなり。忿をしのぶは、人のしわざ、吾が心に合はざるをこらふるなり。忿は、わが心を乱し人を妨ぐ。心は、万事の本なり。いかりて心みだれては、言ふこと行ふこと、道理にかなはず。いかる時、まづ物をいふべからず。いかる時物いへば、必ず誤る。これ忿を忍ぶ一の手立なり。もし、言はずしてかなはざることありとも、言に忿を顕すべからず。たとひ、心の内にいかり釈けずとも、言に出さずして忿やみ、本心にかへるまで、堪へぬれば、大なる誤なし。
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『忍経』王龍舒勸誡・六度萬行は忍を第一と為す佛曰く「我無諍三昧を得て、最も人中の第一と為る」と。又曰く「六度萬行、忍を第一と為す」と。 『涅盤經』に云ふ、昔一人有り、佛を讚めて大福德の相と為す。聞く者乃ち大いに怒りて、曰く「生まれて才かに七日にして、母便ち命中す。何者か大福德と為さん」と。相讚むる者曰く「年志俱に盛んにして卒暴の打つ為と為るも瞋らず、罵らるるも亦報いず、大福德の相に非ずや」と。怒る者心服す。
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『忍経』將憤忍過片時,心便清涼彭令君曰く「一朝の憤りは以て身を亡ぼし親に及ぶべく、錐刀の利は以て家を破り業を蕩かすべし。故に紛爭は戒めざるべからず。大抵憤爭の起るや、其の初めは甚だ微にして、其の禍は甚だ大なり。所謂涓涓として壅がざれば、將に江河と為らんとし、綿綿として流れざれば、或いは網羅と成る。人能く其の初めに於て堅く忍びて之を制伏すれば、則ち便ち事無し。性は猶ほ火のごときなり。方に發するの初めは、之を戒むること甚だ易し。既已に焰熾んなれば、則ち山を焚き原を燎きて、撲滅すべからず。豈に甚だ畏るべからずや。俗語に云ふ有り『忍ぶを得ば且く忍び、誡むるを得ば且く誡めよ。忍ばず誡めざれば、小事も大と成る』と。試みに今人の憤爭して訟を致し、以て身を亡ぼし親に及び、家を破り產を蕩かすに致る者を觀るに、其の初め亦豈に大故有らんや。人に少しく觸擊せらるる有りて及べば必ず憤り、人に少しく侵淩せらるる所有れば則ち必ず爭ふ。忍ぶこと能はざるや、則ち人を罟りて、人も亦之を罵り、人を毆りて、人も亦之を毆り、人を訟へて、人も亦之を訟ふ。相怨み相仇し、各おの相勝たんことを務む。勝心既に熾んなれば、遏むべき緣無し。此れ身を亡ぼし親に及び、家を破り業を蕩かすの由なり。將に憤らんとするの初めに於て則ち便ち之を忍ぶに若くは莫し。才かに片時を過ぐれば、則ち心必ず清涼ならん。其の爭はんと欲するの初めに且く之を忍ばんことを欲す。果して侵す所の利害有らば、徐ろに禮を以て懇ろに之を問ひ、從はずして後に徐ろに之を官に訟ふるも可なり。若し官司を蒙りて、直を見て之を行ふこと稍峻なるも、亦當に委曲して以て鄰里の義を全うすべし。此くの如くすれば則ち財を傷らず、神を勞せず、身心安寧にして、人も亦信服す。此れ人世中の安樂の法なり。之を爭鬥憤競して、心を喪ひ財を費し、公庭に伺侯し、胥吏に俯仰し、囹圄に拘係せられ、本業を荒廢して以て身を亡ぼし親に及び、家を破り產を蕩かすを事とする者に比ぶれば、亦遠からずや」と。
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『忍経』王龍舒勸誡・忍辱の中より來る『人趣經』に云ふ「人の端正にして、顏色潔白、姿容第一と為るは、忍辱の中より來る」と。 『朝天懺』に曰く「人と為りて富貴昌熾なる者は、忍辱の中より來る」と。 紫虛元君曰く「饒せ、饒せ、饒せ、萬禍千災一旦に消ゆ。忍べ、忍べ、忍べ、債主冤家此より盡く」と。 赤松子の誡に曰く「忍べば則ち辱無し」と。 許真君曰く「忍び難き事を忍び、自ら強きの人に順ふ」と。 孫真人曰く「忍べば則ち百惡自ら滅し、省みれば則ち禍身に及ばず」と。
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『忍経』事貴能忍耐能く忍ぶを以てすれば、事は習熟するを以て易く、終に人の非理を以て相加ふる忍ぶべからざる者に至るも、亦之に處すること常の如し。忍ぶ能はざれば、事も亦習熟するを以て易く、終に睚眥の怨みの深く較ぶるに足らざる者に至るも、亦交ごも罟りて爭訟し、期するに勝ちを取るを以てして後に已むに至る。其の失ふ所の甚だ多きを知らず。人能く定見有りて、客氣の使ふ所と為らざれば、則ち身心豈に大いに安寧ならざらんや。 『蕭朝散家法』に曰く「常に忍の字を持せば災殃を免る」と。
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『仏遺教経』不忘念汝等比丘、善知識を求め、善護助を求むるは、不忘念に如くは無し。若し不忘念有る者は、諸の煩悩の賊は則ち入る能わず。是の故に汝等、常に当に念を摂めて心に在らしむべし。若し念を失う者は、則ち諸の功徳を失う。若し念力堅強ならば、五欲の賊中に入ると雖も、害せらるる所と為らず。譬えば鎧を著けて陣に入れば、則ち畏るる所無きが如し。是を不忘念と名づく。

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